2003/10/11

Their Room
(by aleximoon)

Translation by Nessa F.



第 1 章 席替え

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 ハーマイオニーは息を詰まらせた。マルフォイですって?
(でも、そもそもマルフォイは、この授業は取ってさえいないんじゃないの?)
 身体の奥から、吐き気がこみあげてきた。
(あいつはこの授業を取ってない、聞きまちがえたんだ、あいつはこの授業を取ってない)
 繰り返し、自分に言い聞かせる。席に着いたまま、ゆっくりと見まわすと、案の定。一番うしろの列にドラコ・マルフォイが座っており、こちらを睨みつけていた。


「ベ……ベクトル先生?」
 震える声で、ハーマイオニーは呼びかけた。ベクトル先生は振り向いてこちらを見た。
「先生、マルフォイとわたしが一緒に勉強できるとは思えません」
 先生は驚いたように眉を上げた。ハーマイオニーは今まで、先生の決定に異議を唱えたことはなかったのだ。


「とにかくただ……あのう、わたしたちは、しょっちゅう……意見が対立しているんです」
 胃の中でむかむかする感触がうずまくのを意識しつつも、ハーマイオニーは先生に愛想よく微笑みかけようとした。


「何を馬鹿なことを、ミス・グレンジャー。数占いが一番よくできる生徒たち二人にペアを組んでもらったんですもの、成果が楽しみだわ。それにね、相反するもの同士は、引かれ合うのよ」
 ハーマイオニーは、この言葉を聞いて青ざめた。信じられない不運だ。大好きな授業だったのに。肩越しに振り返ってマルフォイのほうを見ると、向こうも暗い表情でこちらを見ていた。そしてとうとう、口を開いた。


「どうする」
 けだるい声で言う。
「ぼくはそちらに行く気はないぞ、グレンジャー」
 ハーマイオニーは冷たい視線を投げかけて、自分の教科書をまとめ始めた。教室のうしろへ歩いていくときにディーンと目が合うと、彼は同情の意を込めて微笑みかけてきた。


「分かったような顔しちゃって」
 ハーマイオニーはぶつぶつと言った。
(彼のパートナーはレイブンクロー生じゃないの。わたしはスリザリン生と一緒なのよ。それも、ただのスリザリン生じゃないわ)
 苛々とそう考えながら、マルフォイのいる机のところにたどりつく。大きなため息とともに、ハーマイオニーはできるだけマルフォイから離れたところに自分の荷物を置き、羽根ペンを取り出してせっせとノートを取り始めた。そして数分後には、大嫌いな宿敵の隣に座っているという事実を心の中から追い出すことができた。しかしやがて、開いた窓から吹き込んだ強い風で羊皮紙が一枚、机の上を飛ばされてゆき、マルフォイの腕にあたって止まった。無造作に手を伸ばして羊皮紙を取ろうとしたハーマイオニーは、うっかり指先でマルフォイをかすってしまった。


「触るなよ、穢れた血」
 マルフォイは侮蔑を込めてささやき、ハーマイオニーからさらに離れたところに座りなおした。ハーマイオニーはぎょっとして顔を上げ、これ以上ないというほどの嫌悪感でいっぱいになって相手を睨みつけた。


「マルフォイ、わたしがあなたに、触れたくて手を触れるなんてことは、あり得ないわ。わたしをデスイーターにするために、頭に蝶結びのリボンをくっつけてヴォルデモートのところに送りつけるなんてことが不可能なのと同じよ」
 怒りっぽく言い返して、勝手に飛ばされていった羊皮紙をバッグにしまい込む。


 ドラコは妙な感慨を覚えた。闇の帝王の名前を口に出す勇気のある者は、そう多くはいない。彼の父親もその名を言うことをできるだけ避けていたはずだ。ドラコは自分のノートに注意を戻した。ハーマイオニーのものと比べてもほとんど遜色のない、きれいに整理されたノートだ。しかしドラコは、段々と退屈してきていた。ベクトル先生はあの頭の悪いハップルパフの女生徒に何かを説明しているところだ。ドラコがもうとっくのむかしに理解してしまったような内容。グレンジャーのほうに顔を向けると、彼女も先生の話を聞き流していることが見てとれた。
(ちょうどいい、ちょっとつついてやろう)
 悪質な笑みとともに、ドラコは考えた。


「なあ、グレンジャー。ポッティーのいかれポンチとウィーゼルのコソコソくんはどうした?」
 ハーマイオニーは顔を上げなかった。
「まるまる授業一回分のあいだ、彼氏と離れ離れでいるのは、耐えがたいことだろうね。ところで、どっちがきみの彼氏なんだったかな? いや、彼ら二人は、単に交代できみのことを?」
 ドラコにとっては嬉しいことに、ハーマイオニーは段々と怒りで顔を赤くし始めていた。
「きみのせいじゃないさ。きみはたしかに、汚い穢れた血かもしれないけど。でもポッティーやウィーゼルがどちらも、一人では女の子を満足させられないほどの甲斐性なしだということは理解できるよ。まあ、きみが自分のことを女の子だと思っ……」


 マルフォイが最後まで言わないうちに、ハーマイオニーはほかの教科書と比べて四倍はある数占いの本を振り上げ、相手の肩をがつんと殴った。虚をつかれたマルフォイが、そのまま椅子からずり落ちるには充分な、とても力強い一撃だった。


「ミス・グレンジャー!」
 ベクトル先生が目をむいた。ハーマイオニーはまだ教科書を手にしたままマルフォイに向かって、それ以上何か喋ってみなさい――という意思表示をしていた。しかしそのとき突然、教室中の人々がこちらに視線を向けていることに気付いた。


「えーと、ごめんなさい、先生。手がすべってしまって」
 ハーマイオニーは声を抑えて十まで数えながら、教科書を机の上に戻した。マルフォイはまだ肩をさすりながら立ち上がり、用心深く着席した。


「あらそうなの。今後は気を付けてくださるわよね、ミス・グレンジャー?」
 ベクトル先生は尋ねた。


「はい、先生。もちろんです」
 ハーマイオニーは可愛らしく微笑んで無邪気を装い、ふたたびノートを取り始めた。うつむいたままでいるよう心がける。ベクトル先生が、勝ち誇った笑顔に気付くといけないから。でもディーンが気付いたことはたしかだ。彼はベクトル先生が見ていないときを狙ってこちらを振りかえり、親指を立てて合図してきた。


 ハーマイオニーとマルフォイは、その後は授業が終わるまで、わざとらしく互いを無視しながら、じっと黙って座っていた。ただしマルフォイのほうは、警戒するような視線を向けてきていたが。ベクトル先生は、宿題用の数占い表を何枚か配布した。驚いたことに、これらは今までに手がけたことのあるどの数表よりも細部にわたっており、しかもずっと長かった。


「さて、心配しなくてよろしいのよ、皆さん。たしかにちょっと長いけれど、今回はパートナーがいるのですからね。この宿題は、協力して仕上げていただくことが前提になっています」
 先生はハーマイオニーに向かって微笑んだ。明らかに、ハーマイオニーの顔に浮かんだ、絶対に信じたくないという表情には気付いていない。


「一緒に宿題をやれだなんて、先生はどうしてそんなことを……こんな、こんな自己中心的で、わがままで、陰険で、極悪人で……」
 そのまま放っておかれたら、ハーマイオニーはマルフォイを形容する言葉を際限なく低い声でつぶやき続けただろう。しかしそのときマルフォイが手を伸ばしてきて、彼女の手から数表をもぎ取った。
「ちょっと返しなさいよ。それ、わたしの宿題よ!」
 ハーマイオニーは怒ってそれを奪い返そうとした。


「ぼくの宿題でもあるんだ」
 マルフォイは鋭く言い返した。
「ぼくにやらせろよ」


「まあ、当たり前のこと言わせないで、マルフォイ。あなたみたいな人に、わたしの成績を任せられるはずないでしょ! こっちに寄越しなさいよ。わたしがやるわ!」
 ハーマイオニーはふたたび前に突進して、マルフォイの手から羊皮紙をもぎ取ろうとした。


「そうだな、ぼくが自分のすばらしい成績の維持を、きみのそのとんでもなくお節介な手に委ねたくてたまらないとでも思うか? 何があろうと、きみになんか任せられるものか」
 マルフォイは数表に伸ばされたハーマイオニーの手をかわして、一歩うしろに下がった。


「仕方ない。じゃあ、一緒にやるしかないわ」
 ハーマイオニーは不平がましく、ぼそぼそと言った。


「仕方ない。図書館で落ち合おう」
 マルフォイもとうとう同意して、その言葉を口にすると痛みを感じるとでも言わんばかりに、吐き捨てるような態度で言った。


「いいわ。今晩、七時ね」
 ハーマイオニーも吐き捨てるように応じ、それから隙を見て前に出て、数表の何枚かをマルフォイの手から奪い返した。
「それからこれは、そのときまでわたしが預かっておくわ」
 相手が反応することすらできないでいるあいだに、ハーマイオニーはバッグの奥深くに数表を押し込んだ。そして急いで教室を出て、ほかの生徒たちでごった返している廊下の人ごみに紛れ込んでしまった。