2004/12/20


Be Of Good Cheer (4)



 ジニーを待たせておいて、ドラコは屋敷に戻るとドレス・ローブに着替えた。黒地にグリーンの裾飾りが入った正装でふたたび魔法省に姿現わしをすると、ジニーは爪先立ちで小さく身体を弾ませていた。ドラコを目にした彼女は、輝くような笑顔になって両手をぱちんと合わせた。
「すっごく素敵! ああ、今夜はとっても楽しくなりそう!」


「それはどうも」
 ドラコは皮肉っぽく言うとジニーに腕を差し出し、魔法省の廊下を抜けて外のひんやりとした夜の空気の中へと彼女を連れ出した。雪の匂いが重くしっとりと立ち込めたダイアゴン横丁に沿って、点々と街灯がともり、通りを覆い尽くす霧の中で、そこだけがかすかに穴を穿たれたように見える。ダンス・ホールはオフィスからそう遠くはなかった。ジニーとドラコが会場にたどり着くと、同じように階段を上ってくるカップルたちがほかにも数組いた。入り口を抜けたドラコは、怪しむように横目でこちらを見ている人々を睨み返し、顎を上げた。行く先々で、好奇心と猜疑心がちょうど半分ずつ含まれた視線をじろじろと浴びせかけられるのには、もう慣れっこだ。


 会場はブルーとシルバーを基調にした飾りつけを施され、さしずめ冬の楽園といった風情だった。パチルらとブラウンの普段の好みを考えると、意外に感じるほど趣味がいい。パチル姉妹とブラウンは、「PP & B Inc.」という室内装飾の会社を共同経営しており、俗悪なけばけばしいものを提供していることが多かった。予想どおり、ジニーはこの飾りつけを見事だと褒めたたえ、何を見ても感じ入ったようにきゃあきゃあと喜んだ。部屋の真ん中に据えつけられた巨大なツリー、窓に吊るされた小さな豆電球、ダンス・フロアの上空にぶら下がって、魔法で銀色にされた炎で床を照らし出しているキャンドルなどなど。彼女はその小さな暖かい手でドラコの手をきゅっと握り、嬉々として特に気に入ったものを指し示しながら、ドラコを引きずって広間じゅうを行ったり来たりした。


 息を弾ませながら室内を一周し、二重扉のある入り口付近に戻ってきたとき、お馴染みの声が背後から聞こえた。


「ジニー! 来て大丈夫だったの?」
 グレンジャーは驚きに声を弾ませて、慌ただしく近寄ってきた。


「来て大丈夫だったのって、どういうことよ? 大丈夫じゃない理由でもあるの?」
 ジニーは尋ねた。
「コリンがフローラと一緒に来ることにしたからって、わたしが突然、招待を取り消されたってことにはならないでしょ……何?」
 グレンジャーが眉をひそめたので、ジニーはいぶかしげな声になった。


「コリンは、あなたが体調を崩したって言ってたの」
 グレンジャーが言った。
「だから、従妹を連れて来たんだって」


 ジニーはぽかんと口を開けた。
「なんですって?」


 グレンジャーの表情は、困惑から怒りへと急速に変化していった。
「コリンは、あなたが病気で、直前になって欠席することにしたんだって言ったの。どうやら、違ったみたいね」


「ええ、違うわ」
 ジニーは顔を赤くして、きつい声で言った。
彼のほうが、わたしにさっきフクロウ便をよこして、フローラが来たがってるからわたしを連れて行けないって伝えてきたのよ。信じられない!」


「言っただろう、やつは大馬鹿だって」
 ドラコは、けだるげに口を挟んだ。


 グレンジャーはドラコを見て眉を上げた。
「どうして、あなたがここにいるのよ、マルフォイ?」


 ドラコはゆっくりと冷笑を浮かべて見せ、どうでもよさそうに肩をすくめた。ジニーが咳払いをした。
「実はね、彼、わたしのパートナーなの」


 グレンジャーはジニーとドラコを見比べると、首を振ってため息をついた。
「まあ、ジニー」


 ジニーは大変に淑女らしくない声を出すと、グレンジャーのあばら骨のあたりを肘でつついた。
「ハーマイオニー!」
 ジニーの顔は、どんどんピンク色になっていった。


 グレンジャーはただ、もう一度首を振っただけだった。在学中にもしょっちゅう浮かべていた、微妙に不賛成を主張する表情だ。
「まあ、自分が何をやってるのか、あなたがちゃんと分かっているならいいんだけどね」
 個人的には疑わしいと思っているのだと、ほのめかす声音だった。ドラコはぼんやりと、今まで彼女の顔からこの表情を叩き落としてやろうと思った人間が誰もいないとは不思議なことだ……と考えていた。ドラコは今、そうしたくてたまらないのだが。ジニーもどうやら、同じ思いをつのらせ始めているのではないか、とドラコには思えた。実行に移すことは決してないだろうけれど。


「ロンはどうしたの?」
 そうする代わりに、ジニーは質問をした。
「あなたと一緒だと思った」


「ああ、ついさっき、ハリーとシェーマスと連れ立ってどこかへ行ったわ」
 グレンジャーは、話題が変わって、いくぶんホッとしたようすだった。
「シェーマスが、新型の箒の試作品を持ってきたから見てほしいんですって」


「なるほどね。男の人って箒に弱いのよね」
 ジニーはやさしい顔つきのまま、呆れた表情をして見せた。


 ドラコは、ポッターとフィネガンと箒に関して表明しそうになった辛辣な意見をぐっと呑み込んで会場を見回し、誰が来ていて誰が来ていないのかをチェックしていった。グリフィンドール出身者が大勢、これは当然だ。一方、ドラコのような人間の数はあまり多くなかった。そもそも、戦いが終わって以来、どこに行ったってドラコのような人間は少数派なのだ。


 グレンジャーは何やら弁解の言葉を述べると、足早に離れて行った。おそらくジニーの兄を探しに行ったのだろう。ジニーはドラコのほうに注意を戻した。
「さて、これからどうする? 食べ物がすごく美味しいって聞いてるけど。もちろん、バンドも評判いいのよ。それから裏に氷の宮殿があるんですって。きれいらしいわ」


「ん……お、見ろよ。パンチボウルのところにクリービーがいるぞ」
 ドラコはぼんやりと言った。傍らのジニーが身体をこわばらせるのが感じられた。瞬間、ドラコは考えなしの自分を呪ったが、ジニーはすぐに立ち直って、肩越しに振り返るとビュッフェのテーブルを見やった。


「彼の隣にいるあれがフローラよ。金髪の女の子」


 ドラコはクリービーの横に立っている脱色したような金髪の女性をじっと見た。たしかに美人ではあるかもしれない。ガリガリで青白い不健康そうなタイプが好みなら。しかしここから見ただけでも、活気というものがまるでないことが分かる。彼女の周りには濡れた毛布みたいな雰囲気がはっきりとただよっていた。


「あいつ、あんなののためにきみを振ったのか?」


 ジニーは楽しげに笑った。顔全体が晴れ晴れとしていた。
「彼、フローラとはずっと昔からの知り合いだもの。あの二人、すごく気が合うのよ」


 ドラコは鼻を鳴らした。
「あいつにはぴったりお似合いだ」
 冷笑とともに言う。


「わたしは、そうじゃなかったってこと?」
 ジニーが尋ねた。ちらりと見下ろすと、彼女は片方の手を腰に当て、からかうような光をその瞳に浮かべていた。ジニーになら、活気はいくらでも備わっている。


「きみは絶対、あいつにはもったいなかった」
 ドラコは本心から言った。


 この言葉で、ジニーの唇の端が上に向き、満足げな微笑をかすかに形づくった。
「それを聞いて嬉しいわ」


 ドラコは、クリービーがこちらに振り向いてパーティ会場を見回すさまを観察した。隣にいる顔色が悪く影が薄い小柄な女性に、何かをつぶやいている。ドラコと目が合うと、クリービーは滑稽なほどの驚きをあらわにし、その傍らにいるジニーが目に入ると、あからさまに血の気を失った。突然、ドラコはあることを思いついた。


「あいつを殴って来てもいいか?」


「いいえ、殴るなんて駄目よ! 馬鹿言わないで」
 ジニーはすげなく返答した。


 ドラコはクリービーのほうに睨みを利かせ、年下の男がその視線を受けて蒼白になるのを見て溜飲を下げた。
「いい考えだと思うんだがなあ」


「いいえ、よくないわ。だからさっさとそんなこと忘れなさい」
 ジニーはドラコの腕を引っ張った。
「本気で言ってるんだから」
 彼女はもう一度、肩越しにクリービーを見た。ジニーの存在に気付いたクリービーは、こちらに来て何か言うべきか、それともドラコの意地悪い表情に怖気づいて逃げるべきかを、決めかねているような顔だった。
「まったくもう。あなたのこと、みんなが思うほど悪い人じゃないってわたしが言っても誰も信じてくれないの、無理ないわ。踊りましょう」


 ドラコは、ジニーが腕を引っ張るのに逆らった。
「みんなが、ぼくを悪人だと思っているって?」


「世間の人たちは、あなたのことを、ろくでなしだと思ってるわ。言っとくけど、そうじゃないってみんなを説得しようとするのは、けっこう大変なのよ」
 ジニーはドラコを引っ張るのを諦めて、手を離した。
「もうわたし、諦めの境地になりかけてる」


「そもそも、なぜわざわざそんなことを?」
 純粋な好奇心で、ドラコは質問した。他人になんと思われようと、ドラコとしてはどうでもいいのに。なぜジニーが気にするのか、さっぱり理解できなかったのだ。


 一方ジニーのほうは、ドラコが気にしていないことが、信じられないようだった。
「だって、あなた悪い人じゃないんだもの、本当は。みんなに悪人だって思われてるのは、間違ってる」
 きっぱりと断言する。


「ぼくがそういうふうに思われているのは、日々接している馬鹿ども相手にわざわざ愛想を振りまいてやるほどの暇人ではないからじゃないだろうか」
 ドラコは言った。


「わたしの相手はちゃんとしてくれるわ」
 ジニーは指摘した。その指摘は、正しかった――ほかの誰かを相手にしているときと比べると、ジニーに接しているときのドラコは、人当たりがよかった。


「それはまた別の問題だ」
 ドラコはぶっきらぼうに言った。


「そうなの?」
 ジニーの眉が上がった。
「どんなふうに? どう別なの?」


 ドラコは咳払いをした。
「ダンスがしたいんじゃなかったのか」
 口早に言うと、大きく歩を進めてダンスフロアに向かう。ジニーはすまし顔でクスクス笑いながらついてきた。ドラコの腕の中に、彼女はもとからそこにいたかのように、ぴったりと収まった。小さな手の片方を軽くドラコの肩に置き、もう片方の手をドラコに握られて。フロアの上を旋回しながら、楽しそうに微笑み、折に触れて知り合いに手を振っている。気がつくと、ドラコもかすかに微笑んでいた。彼女は驚くほどダンスが上手い。ドラコの腕の中で、しなやかかつ優美に踊っている。


「本当に、殴ってきては駄目か?」
 二曲目の途中で、ドラコはもう一度尋ねた。


 ジニーは嘆息した。
「ええ、ほんとに駄目よ」


「ちょっと早目のクリスマス・プレゼント代わりだと思えばいい。ぼくには何もくれないんだろう」
 ドラコは言った。


 ジニーは赤面してうつむいた。
「実はね」
 小さな声で言う。
「プレゼント、あるの」


「そうなのか?」


 まだこちらを見ないまま、ジニーはうなずいた。
「今晩、あなたの机の上に置いておくつもりだったの」


「そうか」
 この事実を吟味しながら、ドラコはきれいな円を描くように彼女の身体をスピンさせた。
「なるほど。じゃあ、ぼくからきみへのプレゼントだと考えよう。ぼくはきみに何も用意していないから」


「ドラコ!」


「ぼくからぼくへのプレゼントなら?」


「駄目」
 ジニーはきっぱりと言った。
「殴るのは駄目よ」


「ふーむ」
 ドラコはダンスを続けながら、少しのあいだ周囲の人々を見回した。
「たとえば、もし向こうから先に殴りかかってきたとしたら?」


 ジニーはびっくりするほどの力を込めてドラコの手を握りしめた。
「駄目って言ったでしょ」


「あいつのほうから殴ってきた場合は、ぼくのせいじゃない。正当防衛をしないわけにはいかないからな」


「もしわたしがそれならいいって言ったら、あなた彼のところに行って、向こうから殴りかかってくるように挑発するつもりなんでしょ。ドラコ、わたし、たとえどんな理由ででも、あなたがコリンと喧嘩をするのは絶対許さないわ」
 ジニーはドラコの肩に置いていた手を上に持ってきてドラコの顎を捕らえ、互いの顔を向き合わせた。ものすごく怖い顔でじっと見つめてくる。
「分かった?」


 束の間、ドラコは目をしばたいていた。頬に触れるきゃしゃな指先に気を取られていた。
「許してくれたら、ぼくのクリスマス気分も盛り上がるんだがなあ」
 ようやく返事をする。それに対するジニーの反応は、断固として首を振ることだった。ドラコはため息をついた。
「面白いことは何もさせてもらえないんだな」


 ジニーはただ、笑った。