2004/12/20


Be Of Good Cheer (5)



 ジニーは、パーティの最後までドラコとクリービーを引き離しておくことに、なんとか成功していた。なかなか大した偉業だ。ドラコは本気で、あのボンクラ男を挑発して喧嘩に持ち込めるかどうか、試してみたくてたまらなかったのに。どうも、ジニーには自分を見抜かれすぎているような気がしてきていた。ドラコをあの卑劣漢に近づけすぎないようにするための第六感が、彼女には備わっているようだ。


 にもかかわらず、ほぼ文句のつけようのない夕べだった。ドラコとジニーは、ほとんどずっと、一緒に踊っていた。ジニーの友人たちとの社交的なつきあいに取られた時間が多すぎはしたが、それでも預けていたマントを引き取りながら、ドラコは自分が機嫌よく過ごしていたと認めざるを得なかった。


 ジニーは会場の出口で立ち止まって、幾人かの友達と別れのあいさつをしていた。ドラコは雪の積もった階段を下りて通りに出ると、立ち去っていく人々でごった返しているところから少し離れて待っていた。彼女のほっそりとした背中と、その上を流れる炎のような髪に視線を注ぐ。彼女は友達の一人が何か言ったことで、声をあげて笑っていた。


「おまえ、よっぽど頭がいいつもりでいるんだろうな、そうだろう?」


 あざけるような声が聞こえたので、ドラコはゆっくりとした尊大な動作でそちらに振り向いた。
「自分の頭のよさは自覚してるさ、クリービー。きみは同じことが言えなくて気の毒だな」


 クリービーは数フィート離れたところに立っていた。あの個性に欠ける従妹の姿はどこにも見当たらない。クリービーの顔には、醜い表情が浮かんでいた。
「ジニーの同僚だというだけで、彼女の生活に入り込んでのうのうとしている資格があるつもりか。そんな権利があるとでも――」


「社交的な催しのわずか数時間前になって女性との約束をすっぽかした人物に、他人の権利をとやかく言う資格があるとも到底思えないが」
 ドラコは平静に言った。


「でもおまえは、すかさずぼくの後釜に座ったじゃないか。そうだろう、マルフォイ? おまえは蛇だ。父親とまったく同じだ」


 ドラコは極めて慎重に、選択肢を天秤にかけた。ここでクリービーを殴り倒したら、ジニーは怒り狂うだろう。反面、父親にはいつも言い聞かされてきた。与えられたチャンスは決して逃がすな、と。

 

 そして結局のところ、クリスマスというのは、家族を大事にする日だ。〔※4〕


「ぎゃあぁっ!」


 ドラコは手の先をぶらぶらと振った。指の関節が忌々しいほど痛い。父がいつも身体的な暴力に訴えることを避けていた理由が、今にしてはっきりと分かった。全体としてはしかしながら、自分のこぶしがクリービーの顎にガツンと入った感触の爽快さのほうが、痛みを上回っている。クリービーは歩道の上にのされた体勢のまま、ドラコを見上げた。
「ちくしょう、マルフォイ! なんでこんなことするんだよ?」


「個人的な満足感を得るためだ」
 ドラコは返答した。事実、非常に満足していた。


 クリービーはもぞもぞと起き上がると、顎をさすった。
「この、卑怯者! 呪いをかけて来週まで意識不明にしてやる!」


 ドラコはせせら笑いをすると、ドラゴンの皮でできた手袋をはめるのに意識を集中した。明日には、手の甲にひどい痣が浮き上がっているに違いない。少々、癪なことではある。しかし結論としては、犠牲を払う価値はあったと言えるだろう。
「できるものか。きみの呪いの力は、ほかのすべてのことに関する能力と似たり寄ったりのお粗末さだ。ぼくは、まったく何も心配しなくてよさそうだな」


 クリービーは何やら支離滅裂なことをわめきながら、注意深く片手で頬を押えていた。段々と腫れてきていたのだ。
「この、忌まわしい、高慢ちきな、図々しい卑劣漢。自分がとんでもなくお偉い人間のつもりでいるんだろうな」


 ドラコは無言で肩をすくめ、平然と階段のほうを向いて、てっぺんを見上げた。ちょうどジニーが祝福の言葉を交わしていた知り合いたちから離れて、肩越しに振り返りながら別れを告げている軽やかな声が、冷気の中を伝わって聞こえてきた。ドラコと目が合うと、ジニーは微笑んだ。幸せそうな、暖かい笑み。ドラコもつられて、心持ち口元をほころばせた。


 ドラコのすぐそばに来るまで、ジニーはクリービーには目もくれなかった。ドラコの胸のあたりに、ほんのりとした喜ばしい感情が湧き起こった。しかしその喜ばしさは、長くは続かなかった。クリービーの赤くなった顎を一目見るなり、ジニーはカンカンになってドラコのほうに向きなおったのだ。
「わたし、殴っちゃ駄目って言ったはずなんだけど!」


 ドラコは無邪気そうな表情を取り繕った。
「ぼくじゃない。ぼくが殴ったって言うのか、クリービー? ぼくじゃないと思うんだがなあ」
 後輩に向かって、獰猛な微笑を投げかける。相手は聞き取りにくい声で何かをつぶやいて、首を横に振った。
「ほら。納得したか?」


 ジニーは眉をひそめた。ジニーが、ドラコの見え透いた嘘をすっかり見抜いていることは明らかだった。しかし彼女は、追求を放棄するにやぶさかではないようでもあった。
「ならいいわ。お休みなさい、コリン」


「ジニー、待てよ――


 ジニーは立ち止まって少しだけ振り返ると、クリービーと向き合った。
「まだ何かご用かしら? そうそう、体調はさっきよりずっとよくなったのよ。心配してくれてありがとう」
 堂々たる自信に満ちた態度だった。クリービーは、ジニーの冷静な視線を浴びて、見る見る萎縮していった。顔をどす黒い赤色に染めて、手をこまねいている。


「あのさ、ジン、ぼくはそんなつもりじゃ――


「ええ、分かってるわ、コリン」
 ジニーがさえぎった。
「特に意味はなかったのよね、分かってる。でもね、わたし、もう一つ分かってることがあるの。きっとあなた、明日はご自分の家族やフローラと一緒に過ごしたいと思っているに違いないわ。うちの母にはフクロウ便を送って、あなたを夕食に招待した話は、なしになったって伝えておいたから」
 彼女はドラコのほうを向くと、顎をつんと上げ、腕を差し出した。
「行きましょう?」


 ドラコは彼女の肘に手を添えると、クリービーのほうへ極めつけに意地の悪い笑顔を向けた。
「よいクリスマスを、クリービー」
 そう言うと、相手の取り乱した表情を満足げに見やる。そして、その場からジニーを連れ去った。


 パンチを決めたときと同じくらい、気分がよかった。



***



 二人は黙ったまま、しっとりとした雪片が周囲で舞い踊るにまかせて、ゆっくりとダイアゴン横丁を歩き、魔法省の建物に向かっていた。


「ほんとに殴るなんて、信じられない人ね」
 二人を包み込んでいた静寂を破って、ジニーが口を開いた。


「心から反省している」


「嘘つき」


ドラコはしゃあしゃあとうなずいた。
「ああ、ばれたか。たしかに嘘だ」


 さらにもう少し歩いてゆく。ジニーの腕が、親しげにドラコの腕に絡みついていた。彼女はため息をつくと、少しだけドラコのほうに身体をすり寄せた。
「わたし、自分で殴ってやりたいと思ってたの」
 と、白状する。


「これからでも戻るならつきあうぞ」
 ドラコは恩着せがましく言い、ジニーの腕を引っ張って足を止めさせると、自分のほうに振り向かせた。
「ぼくはかまわない」


 ジニーは愉快そうに笑い声をあげた。
「それはどうも。でも、いいの。失意のうちに生きていくのも、いい勉強よ」
 ジニーはやはり、天使のように見えた。赤毛の上には、自分で編み込んだ小さな花だけでなく、今は雪片が点々と散りばめられている。目はきらめいており、冷気によって頬が桃色に上気していた。


 ドラコは手袋をはめた手の片方を伸ばして、彼女の顎を持ち上げた。ジニーは、まっすぐに目を合わせてきた。明るい瞳だった。
「ぼくを連れて来て、後悔しているか?」
 ドラコは問いかけた。


「いいえ、全然。すごく楽しかった」
 ジニーの声は、やさしく誠実だった。
「あなたは?」


「ぼくも楽しかった」
 そう答えたドラコは、それが自分の本心であると気付いて、少しだけ衝撃を受けた。
「特に、終わりのところがな。非常に満足度が高かった」


 ジニーはまた笑った。
「夜はまだ、終わってないわ」


「そうだな」
 ドラコは言った。
「そのようだな」
 手袋ごしに、彼女の頬をなぞり、髪に手を差し入れる。炎のような巻き毛に、指先を燃やされそうな気がしていた。理性が自分を抑えつけないうちに、身体を前にかがめ、彼女に口づけた。


 時間を超越した心躍る一瞬を経てうしろに下がると、輝くような彼女の顔を見下ろす。


「今晩、一緒に過ごせて嬉しかった」
 ジニーがささやいた。
「よいクリスマスを、ドラコ」


「よいクリスマスを、ジニー」
 そう言いながら、ドラコは微笑まずにはいられなかった。なぜならここ数年で初めて、彼は本当によいクリスマスを迎えていたのだ。









【訳注】

※4:クリスマスというのは、家族を大事にする日だ。 〔本文に戻る〕
日本では恋人同士のロマンティックなイベントというイメージのほうが強いかと思いますが、欧米でのクリスマスは「家族が集まる日」として捉えられているようです。