Be Of Good Cheer (3)昼休みが終わって午後に入っても、ドラコはほぼずっと落ち込んだままだった。ウィーズリーの変わらぬ快活さも、気分を浮上させてくれるにはほど遠かった。ソーソンがいつもより丸々一時間も早く仕事を切り上げてよいと言い出したときすら、不機嫌なままだった。帰ったって誰もいない屋敷で一人寂しく夕食をとるだけなのだから。ウィーズリーの嬉しそうな別れのあいさつに、うなるような声で適当に返事をすると、ドラコは姿現わしで帰宅した。しんとした表玄関に現れながら、どうしたものかと考えていた。彼女があのつまらないけちな恋人と一緒に過ごすに違いない楽しい夜のことをうだうだと考え続けて、自分で自分を本気で救いようのないどん底の気分に追い詰めるのは、果たして得策だろうか。 屋敷の中はひっそりと暗かった。どこまでも続く静寂を破る者は、誰もいない。召使や屋敷しもべ妖精ですら。戦いが終わってからの家運の傾きは、深刻だったのだ。石壁の廊下やじめじめした木の羽目板に覆われた部屋たちが、その空虚さそのものによって、ドラコを嘲笑っているように思われた。図書室を抜けて父が使っていた書斎に入り、部屋の中心を占める大きな樫材の机の傍らで足を止める。かつて、この上は父のメモや書類で埋まっていた。今はもう何も置かれていない。この机もまた、ドラコの現在の生活の空虚さを連想させた。ドラコは重苦しいため息をつくと、きびすを返して足音がこだまする廊下を進み、厨房に向かった。サンドウィッチでも作ろう。 まるで洞穴のような厨房で、ドラコは細長い木のテーブルに着き、職場から持ち帰った報告書をめくって考え込みつつサンドウィッチを咀嚼していた。本当のところ、少々無意味な努力だ。仕事に必要な資料のほとんどは、オフィスに置いてあるのだから。もちろん、家にいなければいけない理由も、さほどないのだが。むしろオフィスのほうがよほど……まあ、なんというか。よほど、クリスマスらしい。ドラコは思わず微笑んだ。ウィーズリーのデコレーションで飾り立てられたあの小さな部屋のようすが脳裏に浮かんだのだ。静かで平和で……くつろげる。それに、古めかしい屋敷の重々しい雰囲気が、ずっしりとした毛布のように自分にまとわりついているのを感じながらここにいるよりも、向こうへ行ったほうが、仕事もずっとはかどるだろう。 魔法省に戻ろう。そのほうが落ち着いて仕事ができるし、必要な資料もすべて揃っている。さらに付け加えるなら、環境も快適だ。ドラコは羽根ペンの先でとんとんとテーブルを叩きながら思案していたが、やがてきっぱりとうなずいた。ここにいたって意味がない。夜食を用意してオフィスに戻るのだ。心が決まると、ドラコは食べ物を見繕って書類を束ね、荷物を抱えて姿現わしで魔法省に戻った。 オフィスの灯りが点いている――階段を上りながら、ドラコは気付いた。照明の消えた廊下に、ささやかな金色の光が扇のように広がっている。ドラコは意外に思って、眉を上げた。妙だ。こんな時間に、ほかにも来ている者がいるとは考えがたい。今夜はパーティーがあるのだから。ドラコは、光が届いているところにあと少しでたどり着くというあたりで足を止めると、室内を覗き込んだ。ウィーズリーがいる。部屋の真ん中でマントを振り広げているところだ。どうやら、ちょうど到着したばかりのようだ。 ドラコは前に出ると、戸口の枠にもたれかかるようにして声をかけた。 「あら!」 「どうしたんだ、こんなところで?」 そう言うと、銀の鈴を転がしたような笑い声が返ってきた。 「きれいだ」 「まあ、ありがとう、ドラコ。あなたもなかなか素敵よ」 「いいや」 ウィーズリーは、片方の肩をすくめた。 ドラコは眉を上げた。 彼女はそわそわするのをやめて、まっすぐにドラコの顔を見た。 どう説明すればいいのだろう? ドラコがここにいるのは、オフィスのほうが自宅よりも明るく暖かいからなのだ、とか。屋敷で冷たい灰色の壁と向き合っているより、ウィーズリーがオフィスの自分の側のスペースにはびこらせているツリー類を眺めながら、のんびり報告書に目を通していたほうがマシなのだ、とか。ドラコは荒々しく咳払いをした。 ウィーズリーはしょんぼりした顔になった。 この女はどこまで馬鹿なんだろう? ドラコはウィーズリーと目を合わせ、片眉を上げた。ドラコの家族の居場所を思い出して彼女が赤面すると、ちょっと溜飲が下がった。相手がまだ何か言いたそうにしていたので、ドラコはうつむいて羽根ペンを手に取った。彼女が苛立ったようにため息をつき、自分も紙の上に羽根ペンを走らせ始めた音が聞こえた。 数分のあいだ、二人は無言で座ったまま、それぞれの仕事を着々と進めていた。やがてドラコは、窓ガラスを引っ掻くかすかな音を耳にして顔を上げた。 「アクシオ、手紙」
これが意味することはつまり。あのけちな卑劣漢は、彼女との約束を反故にすることにしたというわけか。そしてあの馬鹿な娘は、そんなロクでもない男を思って泣きじゃくるために走り出て行ったのだろう。ドラコは手紙をぐしゃりと握りつぶした。まったく、愚かなことだ。 ウィーズリーの名誉のために言っておくと、彼女はそれほど長いあいだトイレにこもっていたわけではなかった。数分後には戻ってきて、注意深くドラコのほうを見ないようにしながら自分の席に着き、心ここにあらずといったかんじで机の上の書類をめくっていた。少しのあいだ、ドラコは彼女を見つめていた。頬が紅潮しているようすや、下唇を噛んで呼吸を乱さないように頑張っているようすが目についた。ドラコは、深々とため息をついた。立ち上がると自分の机の反対側に回り込んで、ウィーズリーの机の横に行く。 「分かっちゃった?」 「やつは大馬鹿だ」 「そんなことない」 「馬鹿だよ」 「違うってば!」 「違わない」 「どうしてわたしの言うことを否定するの?」 「なぜ、あいつをかばう?」 突然、すっきりとした表情になって、彼女は座ったまま背筋を伸ばした。 「嫌だね」 ジニーは苛立ったように息を吐いた。 「そんなことは言わない。ぼくは、二時間前になって約束した相手を捨て置いたりはしないと言ったんだ」 「そう、じゃあ……わたし捨てられちゃったから、拾わない?」 「まさか。それでクリービーの次点か? 遠慮する」 ジニーが睨みつけてくるのが感じられた。 「論点はそこじゃない。きみのためにぼくがクリービーの代わりを演じる理由はないということだ」 「ドラコ。あなたは、誰の代わりでもないわ」 「分かったよ」 |