2004/12/20


Be Of Good Cheer (2)



 昼休みに、兄のほうのウィーズリーとポッターを従えたグレンジャーがやって来た。妹のほうのウィーズリーを連れ出して、フローテスキューの店で昼食をとろうと言うのだ。ポッター、ウィーズリー、グレンジャーが昼食の誘いをかけに来るのは、いつものパターンだった。グレンジャーの職場はすぐ上の階だし、ポッターとウィーズリーは二人とも闇祓いなので、地方にさまよい出て追跡――なんの追跡だか知らないが――の旅をしていないときには、地下本部に詰めている。最初に何度か顔を合わせたあとは、彼らのドラコに対する接し方も、お定まりのパターンに落ち着いていた。彼らは慇懃にドラコの存在を無視し、対するドラコはいささか無礼に彼らを無視していたが、どちらにとってもこの状況に異存はなかった。


 もちろん、妹のほうのウィーズリーが持ち物をまとめるあいだ、目障りな彼らがオフィス内をうろうろしていないほうが、ドラコとしては心穏やかでいられるのだが。


「ごめんなさい……午後にミーティングがあるんで、午前中はずっと報告書にかかり切りだったの。すぐに支度するから」
 ウィーズリーが言うと、彼女の兄とポッターはグレンジャーのうしろに続いて室内に足を踏み入れ、壁際の空いたスペースに並んだ。ウィーズリーの側には、全員が立っていられるだけの空間がなかったので、ドラコは自分の机の端から数インチのところに立ったポッターの貧相な背中を見上げることになった。ドラコは、その背中をじろりと睨みつけた。これは単に、昔からの習慣だ。


「あら、慌てなくていいのよ」
 グレンジャーが返答した。
「ファッジが、今日は夜からパーティもあるし、早めにあがっていいって。だからわたしたち、お昼はゆっくり食べようと思ってるの。あなたどう?」


 ドラコは苦々しい気持ちで顔をしかめた。実際問題、仕事が詰まっている人間もいるっていうのに、こいつらは全員、午後からずっと何もせずぶらぶらできるつもりでいるのか。ジニー・ウィーズリーは、ちらりとドラコのほうを見て、微笑みを投げかけた。
「わたしたちのところは、そんなに待遇よくないの」
 彼女は言った。
「三時にミーティングだし、それまでに目を通さなくちゃいけないレポートが山ほどあって。それに、ミーティング後にソーソンが何をしろと言い出すかだって、分かったもんじゃないわ」


 グレンジャーは無神経にも同情めいた声をもらし、ロン・ウィーズリーは不恰好なデカ頭を振った。
「そんなの、すっぽかしちまえないのか、ジン?」
 すぐ近くに座っているドラコが、目に入っていないかのようだ。堂々とドラコに聞こえるように、すべての仕事をドラコに押し付けて逃げろと提案するなんて。ドラコはムッとした。


 ジニー・ウィーズリーは首を振ると、もう一度、可笑しそうな顔でドラコをちらりと見た。こちらの苛立ちを、彼女が面白がっているというのが、不愉快だ。しかもドラコが不愉快だと思っていることまで、彼女にはすっかりお見通しなのだ。

「無理だと思うわ、ロン。わたしがミーティングに欠席してたら、ミスター・ソーソンは絶対に気付くもの。兄さんはおまえ正気かって言うだろうけど、わたし、ほんとにこの仕事が好きなの。クビにはなりたくない」


 ロン・ウィーズリーの表情からすると、彼は実際に、妹が正気を失っていると思ったらしかった。
「こんな日まで働かせるなんて、ひでえな。クリスマス・イヴなんだぜ! パーティだってあるのに! みんな招待されてる――みんな出席するんだぞ。今日一日くらい、早めにあがらせてくれたって罰はあたらないだろ?」


「ミスター・ソーソンがそういうことを考慮に入れるとは思えないわ、ロン」
 一瞬、彼女の顔にかすかな苦笑が浮かんだ。ソーソンは悪名高い仕事の鬼で、しかも天涯孤独だ。彼にとっては、祝日なんてほぼ無意味なのだ。それはドラコにとっても同様だったが。ドラコの両親はアズカバンの住人だし、友人たちの大半も逃亡中か、すでに逮捕されてしまっている。クリスマス・シーズンなんて喜ばしいどころか、わびしいだけだ。(オフィスの飾りつけが始められたばかりの頃、ドラコはジニーにもそう言ったことがあった。しかしそれを聞いたジニーがあまりにも気遣わしげな顔になったので、二度とその話題を持ち出すことはなかった。彼女が、クリスマスはうちの家族と一緒に過ごしましょうなどと言って招待してくるのではないかと、少し恐ろしかったのだ。そんなことになってしまったら、もうどん底だ。)


「そりゃ、あいつが腐った根性のひでえ――
 ソーソンについてのロン・ウィーズリーの見解表明は、ドラコを不快にするけちな拷問者たちの一団に、さらに最悪のメンバーが加わったために中断された。


 コリン・クリービー。


 日刊予言者新聞の記者。カメラマン修行中。そして、ジニー・ウィーズリーの恋人。


 ドラコは、彼が大嫌いだった。


 クリービーは弾む足取りで部屋の中に入ってくると、集結した面々に向かって笑いかけた。ドラコはポッターの背中に注いでいた険しい視線を、今度はこの侵入者に向けた。クリービーの笑みがわずかに勢いを失った。彼はドラコの机をちらりと見ながら、居心地悪そうに身じろぎをした。
「やあ、ロン、ハーマイオニー、ジニー」
 ジニーと言ったときの、クリービーの独占欲丸出しの声を聞いて、ドラコは歯を食いしばり、さらに険しいまなざしになった。ドラコの敵意を感じとったのか、クリービーは自分の姿がポッターの身体でドラコの目から隠れる位置まで移動した。


「あら、コリン!」
 ジニー・ウィーズリーは明るく言うと、肩にマントをかけようとしていた手を止めて、頬にクリービーからのキスを受けた。
「こっちに来るなんて、言ってなかったじゃない!」


「ああ、きみたちが一緒に昼食に行くって聞いてたんで、ぼくも寄ってみようかと思ったんだ」
 クリービーはグリフィンドール勢のほうに手を振り動かした。
「ぼくも一緒にいいかな?」


「まあ、もちろんよ、コリン!」
 グレンジャーがにこやかに言った。
「あなたなら、いつでも歓迎。分かってるでしょ」


 ドラコは嘲るように鼻を鳴らしそうになったのを押し殺し、わらわらとオフィスを占拠しているグリフィンドール勢の向こう側にいるジニー・ウィーズリーが眉をひそめて見せたのに応じて、ちらりと冷笑を浮かべてやった。あとで文句を言われるかもしれないが、今は心ゆくまであいつらに、特にポッターとクリービーに向かって、嫌な顔をしてやるのだ。あいつらが列をなして部屋を出てゆき、ドラコが誰にも邪魔されず報告書を推敲できるようになるまでは。



 ところが実際には、ドラコの思いは、ともすれば報告書のことよりも、無人になったオフィスの向こう側の半分のほうに流れてゆくのだった。そちら側が、ウィーズリーの手でそこかしこに配置されたデコレーションや針葉樹の枝、それにこまごまとしたあれやこれやで埋まっているおかげで、部屋全体の印象が、暖かくくつろげる、居心地のよい職場といったかんじになっている。そしてたしかに、ここは居心地のよい職場なのだった。ドラコの人生に、ウィーズリーという陽気で茶目っ気のある笑い声に満ちた存在が入り込んでくる前よりも、ずっと。彼女がここにいるせいで、会いたくもないやつらと顔を合わせる羽目にはなった。グレンジャー、ポッター、あの愚鈍なクリービー、際限なく次々とやってくるウィーズリー家のほかの面々。しかし全体としては、彼女が来てからのほうがドラコの毎日は明るかった。


 ドラコは深々とため息をつき、苦虫を噛み潰したような顔で羽根ペンを見下ろした。いったいなんだって、ウィーズリーにかかわるあれこれに心惹かれるようになんか、なってしまったんだろう。大体、美人でさえないじゃないか。仮に、本来なら不快な色合いであるはずのウィーズリー家特有の赤毛が、彼女の長くまっすぐな髪の場合だけはもう少し柔らかい、金色を帯びた緋色であると認めたにしても、肌はドラコの趣味から言うと青白すぎるし、鼻のあたりにそばかすが散っていて、まったく田舎臭い。たしかに、いくらかは可愛げのある特徴もある。濃いチョコレート色の瞳や、キスを誘うような唇――いや、そんなことは考えていないが――でも睫毛は、彼女が魔法をかけ忘れた日はあってなきがごとしだし、前歯の一本が歪んで生えていて、笑うと恐ろしく目立つ。そしてまた彼女は、ひっきりなしに笑っているのだ。彼女の数多ある苛立たしい特徴の一つ。常にうんざりするほどにこやかで、いつだって声を立てて笑ったり、クスクス笑いをしたり、お喋りをしたりしている。とんでもなく耳障りなんだ。それから、怒ると非常に見苦しい真っ赤な顔になるし、泣いているときの顔はまだらに紅潮している。さらに、もしも熱心かつ注意深く観察したならば、彼女の右耳がたっぷり3ミリメートルは左耳よりも上についていることが分かるはずだ。


 いや、自分は別にそんなことに気付いてなどいないのだが。


 ドラコは報告書を見下ろして顔をしかめ、羊皮紙を羽根ペンで乱暴に突いた。ジニー・ウィーズリーになんか、興味はないんだ。全然。彼女が、どこぞのくだらないパーティに、鼻持ちならない憎たらしいろくでなしとしか言いようのないクリービーと一緒に行くからと言って、裏切られたような気分に陥ってぼんやり座っているなんて間違っている。内心でうなり声をあげると、ドラコはまるで敵討ちでもするような勢いで仕事に没頭し始めた。