2004/12/20


Be Of Good Cheer (1)



「いっちねーんーでーいーちーばん楽しーいーときー、ともーだーちが訪ねーてくーれーばお祝いのーこーとばーに楽しいパーティーーー! いっちねーんーでーいーちーばん楽しーいーときー!」


 ドラコは、重苦しい吐息が長々ともれそうになったのを抑えながら、マントと帽子についた雪を払った。廊下の反対側からでも、ウィーズリーの声は聞き取れる。目一杯、声を張り上げて嬉しそうに歌っている。すれ違った一人、二人に向かって会釈をしながら、ドラコは廊下を進んで行った。身に着けていたマントを脱ぎ、マフラー、手袋を外しつつ階段を上がって、ウィーズリーと共有しているオフィスに向かう。二人はともに、呪文実験委員会の下級職員だった。同じオフィスを使っているのは、やむを得ずだ。当節は魔法省本部の建物が手狭で、空間の利用に少々工夫をする必要があったのだ。ヴォルデモートとの戦いが終わってから二年が経っていたが、魔法省はまだ本調子とは言えなかった。それは、魔法界全体に対しても言えることだった。ヴォルデモートとその手先たちは、ハリー・ポッターとダンブルドアが、関係者すべてに多大な犠牲を強いながらもその進撃を食い止めた時点で、すでに魔法省の旧施設と、ダイアゴン横丁の店の半分を破壊してしまっていたのだ。


 そんなことが、ジニー・ウィーズリーのクリスマス気分に水を差すはずもなかったが。


「みんなでパーティ、マシュマロこんがり、雪の降るなか歌うよキャロルー! 恐ろしいゴーストとクリスマスの栄えあるむかーしばなしー!」
 ドラコは共有オフィスの入り口で立ち止まって、ウィーズリーが歌の最後に向かって盛り上がりながら小さく円を描いてくるくる回るのを見つめた。
「いーちばんすばらしいとき、いーちばんすばらしいとき、いっちねーんでいーーーーちばーーーんすーーばーーーらーーしーーーーいーーーーとーーーーきーーーーー!」
 頬を紅潮させて幸せそうな顔で歌い終わると、彼女は晴れやかな笑顔でドラコのほうを見た。
「おはよう!」
 さえずるような声で言う。
「とうとうクリスマス・イヴよ!」


 ドラコは彼女に向かって顔をしかめた。
「きみが一日中、歌いまくるつもりじゃなければいいんだが」
 どうして今更、こんなことをわざわざ言っているんだか。この最年少のウィーズリーにとっては、ドラコのしかめ面など痛くも痒くもないのだということは、今年の夏にオフィスを侵略され始めた時点で悟ったはずなのに。その後、彼女は野花を摘んできては机の上に飾り、窓辺に餌を撒いては鳥を集めてやさしげな喜びの声をあげるようになった。九月、十月に入ると、オフィスには色づいた秋の木の葉やカボチャのランプ、ハロウィンの飾りつけが持ち込まれた。そして十一月が半分過ぎた頃には、ヒイラギのリースや針葉樹の枝が登場し始めたのだ。

 

「もう、嫌だわ、マルフォイ。ほんとにスクルージっぽいんだから」〔※2〕
 ウィーズリーは声をたてて笑うと、踊りながら自分の席に戻っていった。小さな声でハミングをしている。オフィス内の、彼女が使っている側の半分は、ヒイラギの枝やリボン、中に灯りの入ったダンスしている雪だるまの列など、さまざまなクリスマスのデコレーションでいっぱいだった。小さなモミの木を引っぱり込むことにさえ、彼女は成功していた。この木は窓際に置かれ、金色の花輪や赤いガラスでできた涙のような形のオーナメントで装飾された。かてて加えて、緑色のガラス細工がいくつかと安っぽい銀色の花輪も調達されてきた――スリザリン・カラー、ドラコ専用の飾り物だ。これを見たドラコはため息をついて呆れ顔になったが、ツリーがドラコ側のオフィス領域を侵犯しているという事実に言及することは差し控えた。ヤドリギの設置をめぐる攻防戦に勝利を収めたあとでは、こんなささいな違反行為を指摘するのは、野暮以外のなにものでもないように思えたのだ。

 

 くだんの敗戦にもかかわらず、またドラコの無愛想な態度にもめげることなく、ウィーズリーはドラコのデスク用の名札まで作って来た。ヒイラギの小枝とスリザリン・カラーで彩られたクリスマス・ツリーがキラキラ光るさまを手描きした上に、飾り文字で "ミスター・グリンチ" と書いてある。〔※3〕ヤドリギ対決でやり込められてからほどなくして、彼女はこれをドラコがいつもネームプレートを置いているデスクの端に据え付けて、大いに鬱憤を晴らしたような顔をしていた。ドラコにはこの名前の出典が分からなかったが、きっと何かマグルのものに違いない。グレンジャーが、これを初めて見たとき、噴き出して笑い崩れていたから。もちろん、ドラコは顔をしかめ、グレンジャーなど無視しておいた。


 グレンジャーを無視することにかけては、嫌というほどの修行を積んでいる。彼女はすぐ上の階の魔法不適正使用取締局に勤務しており、数時間ごとに現れては、お喋りをしていくのだった。ドラコは薄々、グレンジャーがこんなことをするのは、ウィーズリーをドラコと二人きりにしておくことに懸念を抱いているせいではないかと感じていた。そんな心配は無用なのだが。ドラコは、ウィーズリー家の末っ子になど興味はない。まったくない。成り上がり者じゃないか。この女がホグワーツ卒業後わずか数ヶ月で委員会に配属されてきてから、規律正しく進めてきたドラコの仕事はあっと言う間に大混乱だ。


 ドラコ自身は終戦後、当座しのぎに設けられた魔法省の建物の階段を、求職活動のために初めて上って以来、死喰い人だったのではという嫌疑をかけられた状態から、紆余曲折の道のりを経たすえに、重要な委員会の一員として評価されるところまで来たのだった。たしかに、ウィーズリーとオフィスを共有する羽目にはなったが、アズカバンに入ることを思えば断然マシではある。両親は現在、あそこにいる――しかも、服役は今回が初めてではない。両親のこと、そして静まり返ったマルフォイ邸での寂しいクリスマスを思うだけで、ドラコは充分、機嫌が悪いのだ。ウィーズリーのかしましい声がなくたって。


 さしあたりドラコのしかめ面の原因はしかし、そのかしましい声だった。その表情のままドアのうしろのフックにマントをかける。隣にはウィーズリーが着ていたチョコレート・ブラウンのマント。
「きみのその魅力的な歌声を浴びせかけられていたいと思わないことが、なぜスクルージ的だと言うのか、理解に苦しむね。その言葉の意味は知らないが」
 ドラコは横柄な声で言った。背後から聞こえる押し殺したようなクスクス笑いは無視。自分のデスクに行くと、到着書類の箱に入った紙の束にざっと目を通す。
「ソーソンが来ていたようだな」


まあ。来ないはずないでしょ」
 と、ウィーズリーは応じた。
「このあいだのテストの件について、三時からミーティングをすることになったわ。そのとき、わたしたち二人それぞれからの報告書が欲しいんですって」
 彼女は上司の要請に対して、表情豊かに目をぐるっと動かして見せた。
「そこの書類は全部、それ絡みのものよ。あと、開発チームが出してきた新しい呪文の最新バージョンの結果」


 ドラコは嘆息とともに着席して、紙束の一番上に載っていた最初のレポートを引き寄せた。
「お楽しみは永遠に終わらないな」
 顔を歪めて言うと、仕事に取りかかる。ウィーズリーはクスッと笑って、自分も着席した。そしてまもなく、室内に響くのは二本の羽根ペンが仲良く紙の上を滑る音だけになった。









【訳注】

※2:スクルージ 〔本文に戻る〕
チャールズ・ディケンズ著『クリスマス・キャロル』の主人公。冷血漢の守銭奴でクリスマスを祝うこともしない偏屈な爺さん。三人の“クリスマスのゴースト”の訪問を受ける。


※3:グリンチ 〔本文に戻る〕
ドクター・スースの絵本『グリンチ』(原題:How the Grinch Stole Christmas)の主人公。いじわるでクリスマスが大嫌い。ジム・キャリ―主演で映画化もされてます。