Chance Encounters (11)
ロマンティックなエンディングとかのふざけた話 Romantic Endings and Other Nonsense
Davesmom
(translation by Nessa F.)
どうせつかまってるしかないんだから、よく聞けよ。男にとって大切なことは一つ。自分に何ができて、何ができないかだ。
――映画「パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち」より ジャック・スパロー船長の台詞
頼むから。つらいのは分かってる。でもここでじっとしてろ。馬鹿な真似したら承知しないからな。
――「パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち」より ジャック・スパロー船長の台詞
よその惑星には、果たして知的な生命体は存在するんだろうか。きっと存在するに違いない、とわたしは思う。なぜなら、彼らはわれわれにコンタクトを取ろうとしたことがまだないから。
――英国のコメディアン、ジョン・マロニー (パラフレーズ済み)
〔本編には特に関係なし〕(女の子みたいな上ずった声で)母さん! マクドナルドがチョコレート・オレンジと比べ物になるはずないだろ! 何考えてんだよ!?
――David Felix、本日の発言
ひょろりと長身の男性が、労働でがさがさになった大きな手で、真っ黒な濃いコーヒーの入ったマグカップを包み込んで、テーブルに着いていた。決して見目麗しくはないが、醜いというわけでもない。彼の容姿についてなんらかの意見を述べろと言われれば、「平凡」とでも言うしかないだろう。ただその印象は、彼が微笑を浮かべたとたん、一変した。満面に広がる開けっぴろげで友好的な、見た者の心を暖かくする笑み。しかし今このとき、彼は笑っていなかった。湯気を立てている液体の奥底をのぞき込むのと、自分がいる小さな店の入り口を見つめるのとを、交互にやっている。先ほどこの店に入るなり、ホグワーツからのフクロウ便の出迎えを受けたのだった。彼がかつてないほどの不安に捕らわれている原因である、とある若い女性からの手紙だ。一瞬ちらりと見た腕時計によって、彼女が遅刻していることが分かったが、胃の中が引っ掻き回されるような気分がしていることを考えると、どうも自分は彼女の到着を心待ちにしているというわけではなさそうだ。切なげに手の中の飲み物を見下ろして、もう一口飲もうかと考えていたちょうどそのとき、ドアの上のベルが鳴った。
ハッとして顔を上げると、ふっくらとした小柄な赤毛の女の子が入ってきたところだった。彼は悪態ともため息ともつかぬものをぐっと呑み込んで立ち上がり、店員用エプロンの皺を伸ばして片手を上げた。さあ、いよいよだ――と考える。いちかばちかだ。
ジニーは、いくぶん重い足取りで店内に入った。いっそのこと、こっそり立ち去ってしまいたいくらいだ。でもここで働いている青年に、会うと約束してしまったのだ。それにどのみち、彼とは話をする必要があった。伝えなければならないことがある。ボブが立ち上がって、かすかな微笑を浮かべながら手を振ってくると、ジニーは大きく息を吸って、手を振り返した。なんとか笑顔を作って背筋を伸ばし、彼のいるテーブルへと向かう。
彼の顔にあった笑みは、ジニーが近づいていくと凍りついた。彼はジニーの頭を凝視していた。
「髪が!」
それが、最初に彼の頭に浮かんだ言葉だった。長い三つ編みがなくなって、肩よりちょっと短いくらいの、茶目っ気のある軽いかんじの髪型に変わっていた。とても魅力的だ。これだときれいな瞳に注目が集まるので、やや長めの鼻があまり目立たなくなっている。彼女が目の前で立ち止まると、彼はもう一度、息を詰まらせた。
ジニーは、手を上げて三つ編みに触りたいという衝動を抑えた。三つ編みはもう、ないのだ。今朝の "用事" というのは、これだった。パンジー・パーキンソンとのあいだに起こった事件、それからその後、図書館でマルフォイに言われたことについて、ジニーは何度も考えをめぐらせてきた。そして、たとえマルフォイがものすごいロクデナシで、ジニーのことなんかなんとも思っていないとしても、彼の言ったことは真理だという結論に達したのだった。どうせずっと引っつめたままなんだから、髪を長く伸ばしていたって意味ないじゃない? これが悩みの種になるんだったら、さっさとなくしてしまえばいい。でも、慣れ親しんだ背中にかかる重みや肩に当たって弾む感触がないと、ちょっと落ち着かなかった。落ち着かないと言えば、ボブのまじまじと見つめてくる視線もそうだ。心を奮い立たせると、ジニーは顔に笑みを貼りつけて、前にいる長身の男性と向き合った。
「ええ、分かるわ。自分でも前の髪型に馴染んじゃってたから。でもこのほうがお手入れもしやすいし、似合うと思うの。それに、以前ある人に言われたんだけど、ずっとあんなふうにしておくくらいなら、切ってしまったほうがマシでしょ」
そのあいだもジニーの髪を凝視していた青年は、がさがさの片手をジニーの頭に伸ばそうとさえしていたが、その言葉を聞いて手を止めた。
「そんなことを言ったやつは、口先だけの馬鹿者だ」
彼は無表情に言うと、手を下ろした。
「例の、学校のロクデナシ?」
ジニーは肩をすくめた。気詰まりだった。
「どうでもいいでしょ? 彼は正しかったのよ。それにわたしこの髪型、気に入ってるし」
そこで、眉をひそめて尋ねる。
「どうしたの? そんなにおかしい?」
自分では素敵な髪型だと思っていたが、自信がなくなってきていた。しかし次の瞬間、その懸念は一掃された。
「すごくいいよ」
ボブは率直に言った。
「ただ……びっくりしたもんだからさ! きみが入ってきて……」
まだジニーから視線を外さないまま、彼は言葉を切った。ジニーは今度は実際に手を上にやって、短くなった髪に軽く触っていた。にっこりして、あいづちを打つ。
「実は、さっき切ってきたばっかりなの。ほんとに、変じゃない?」
白昼夢から醒めたような顔で、彼は目をしばたいてジニーの顔を見た。それから微笑を返して、ジニーの手を取った。
「ジニーガール」
静かに、しみじみと言う。
「以前のきみも可愛かったけど、今はもっと可愛いよ。座るかい?」
ジニーは、彼が自分を椅子に案内することは受け入れたが、座りながらそっと手を引っ込めた。即刻、用件を済ませてしまったほうがいいわ、と考える。この若い男性が今、ジニーのことをどう思っているのか、正確なところははっきりとは分からなかったが、彼に間違った印象を与えるのは嫌だった。たとえドラコ・マルフォイが世界で一番の冷酷なロクデナシで、ジニーを友達以上に思ってくれることはまったくあり得ないとしても、ジニーのほうはいつのまにか、ドラコのことをとても好きになってしまっている。そして、あの忌々しいスリザリン生に腹を立てているからと言って、ここにいる青年を振り回すわけにはいかないのだ。そこで、ボブが口を開く前にと、ジニーは咳払いをした。
「あの、もう一度会えてよかったわ、ボブ。いつだって、お友達に会うのは嬉しいものね」
ちょっとあからさまだった、とジニーは自分の言葉を思い返した。"お友達" という単語を強調してしまった。彼もそれに気付いたようだった。興味深げな目で、こちらを見つめている。
「そうだね、ジニーガール。友達に会うのは、いいものだ。その友達というのが、大事な話をしたいと思っているときに、耳を傾けてくれる人である場合は特にね。そうだろ?」
あらまあ。ジニーは、雲行きが怪しくなってきたのを感じた。彼の先を越そうと、慌てて喋り始めた。
「ええ、そうなのよね」
早口で言う。
「そしてわたしは、大事な話があるの。とにかく誤解がないように、ちゃんと打ち明けておこうと思って。ね? 話っていうのはただ……」
それ以上、言葉を続けることはできなかった。向かい側に座った男性にさえぎられたのだ。
「いいかな、ジニー。ぼくのほうも、きみにすごく重要な話があるんだ。お願いだから、とにかく言わせてくれないか」
ジニーは唇を噛んだが、決意は固かった。
「いいわ、ボブ。でも、わたしの話のあとにして。ほんとに、今すぐ言ってしまわないと駄目なの。わたしが勇気をなくす前に。話っていうのは、こうよ。わたし、もしかしたら実際より深い意味に考えすぎちゃってるのかもしれないけど、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの。わたし、あなたのこと好きよ、すごくね。でも、心にいるのは別の人なの。分かってくれる?」
「ジニー、頼むよ」
彼が口を挟んだが、ジニーはがむしゃらに先を続けた。
「わたしたちすごく気が合ってたわよね。あの、休暇のとき。あなたと一緒に過ごすのはとっても楽しかった。でもこの別の男の子――厳密にはもう男の子じゃないけど――でもまだ大人の男性ってわけでもなくて――どうでもいいわね、そんなの。とにかくわたし、彼のことがほんとに好きなの。たとえ彼のほうは、わたしのこと女の子だと認識してなくても。わたし、あなたを騙している形になるのは嫌だったから……」
ジニーの言葉は尻すぼみに立ち消えた。ボブが厳然たる表情で目をそらしているのに気付いたのだ。
「ボブ?」
ジニーは彼の手を取ろうとしたが、実行することはできなかった。
「本当に、ごめんなさい」
ささやき声で言う。
「わたし、もう出て行ったほうがいいわよね」
「いいや」
彼はつぶやくように言いながら、視線をジニーのほうに戻した。
「まだだ。まだ、ぼくの話が終わってない」
立ち上がると、彼はカウンターのところまで歩いて行って、また戻ってきた。
「ただ、覚えておいてほしいんだ」
ふたたびジニーの前に立つと、彼は言った。
「ぼくは、きみより先に話そうとした。そうだったな?」
ジニーはうなずいたが、なぜそんなことにこだわらなくてはいけないのかは、よく分かっていなかった。彼はもう一度、着席すると、マグカップを両手で包み込んだ。いったんは持ち上げることもしたが、決然と首を振り、中身を飲むことなく、また下に置いた。
「そう、ぼくが言いたかったのは、こういうことなんだ」
ようやく、彼は言った。
「ぼくは、きみに何もかも本当のことを言ったわけじゃなかった。ぼくは、最初に出会ったあのコーヒーショップで雇われてるって言ったけど、実際には、ぼくはあの店のオーナーなんだ。この店もぼくのものだ。最初はパリでオープンするつもりだったんだが、マネージャーがイギリスを離れたくないって言い出したんで、代わりにホグスミードでやってみることにしたんだ」
彼は言葉を切ったが、ジニーは何も言わず、目を丸くして彼を見つめているだけだった。複数のコーヒーショップを経営? まったく、マルフォイはボブのことを、二枚のシックル銀貨をこすり合わせることもできないだろうなんて知ったふうなことを言ってたけど、とんでもない。しかしそう考えつつも、頭の裏側で、何かが気になっていた。何かがおかしい。ボブの声や喋り方のどこかに、違和感があった。彼が先を続けるのを聞きながら、ジニーは眉間に皺を寄せ始めた。
「とにかく、ぼくの家族はもうバラバラになってしまったんだが、ぼくは父から受けた唯一のまともな忠告に従った。父は、投資をするなら不動産に、と言ったんだ。それでぼくはささやかな蓄えを注ぎ込んで、あのコーヒーショップを買い取った。去年の夏、ぼくは業界のことを学びながら過ごしていたんだが、そのとき仕事のやり方を知り尽くしてる男を見つけたんだ。ぼくが現場にいられないときは、その男が店を切り盛りしてくれてる」
ジニーはまだ、相手をじっと見つめたまま、この状況から生じている違和感の正体を突き止めようとしていた。
小さく頭を振って、ジニーは言った。
「納得できないわ。だってあの店には、あなただけで、ほかの人は誰もいなかったじゃない。この、もう一人っていうのは、誰? それに、どうして今は、前と違うふうに喋ってるの?」
ボブはもう一度、立ち上がったが、今回はジニーの手を取って一緒に立ち上がらせた。
「こみ入った話なんだ。ロンドンできみと出会ったとき、ぼくは……つまり、その……ああ、ちくしょう、思った以上にきついな、これは。とにかく覚えておいてほしいんだが、ぼくは自分のほうから先に打ち明けようとしたんだからな。なんにせよ、ぼくは単なるコーヒーショップのマヌケ男ってわけじゃない。ここまでは分かったか?」
ジニーの目が大きく見開かれた。このフレーズ、前にも聞いたことがある。こんなふうな言葉遣いを、耳にしたことがある。それもつい最近。
「聞けよ、ジニー。どっちみち、きみはもうすぐ真相を知ってしまうけど、それでもこれだけは忘れないでほしいんだ。いいか?」
大きな手を伸ばして、彼はジニーの首をうしろから包み込んだ。ジニーを引き寄せると、まっすぐに彼女の目を見て言った。
「きみを愛してる、おチビ。分かったか」
ジニーは首を振りながら、身体を引き離そうともがいた。
「駄目よ、ボブ」
ほとんどパニック状態だった。
「あなた、自分が言ってることが分かってな――えっ、何?」
目の前にいる男の言葉を正確に認識したジニーは、ぽかんと口を開けた。その後いったん口を閉じてから、ゆっくりと言った。
「いいえ、まさかそんな。あなたが、まさか――彼がまさか……たとえ彼でも、そこまで卑怯なことするはずない!」
ボブは、ジニーのほうに一歩、足を踏み出したが、ジニーはうしろに下がって、テーブルの反対側に回った。
「おい、おチビ」
椅子の背もたれをきつく握りしめながら、彼は言った。
「永久にぼくを避け続けることは不可能だぞ。ぼくが、先に打ち明けようとしたことはたしかなんだからな! それでちょっとは、名誉挽回にならないか?」
「何を打ち明けようとしたって言うの?」
ジニーは詰問した。
「あなたのおかげで、わたしは世界有数の愚か者になり下がったって? わたしに恥をかかせたくて別人になりすましていたって? どうしてそんなことしたの?」
「ぼくが馬鹿だったんだよ、そういうことさ。それは認める。ぼくはただ、なんだったんだろう、きみが外見よりも性格のほうが大事だと言ったのが本気かどうか、たしかめてみたかったんだ。休暇が終わったあと、からかってやるつもりで、すっかりお膳立てをしてしまった。そのあと、あのくだらないケンカのせいで、きみはぼくに口を利いてくれなくなった。ようやくきみと話ができたら、もう本当のことが言い出せなかったんだ」
ジニーは彼を睨みつけた。
「わたし、間違ってた」
憤然として言った。
「あなたは、そこまで卑怯になれる人だったのね。ずっとわたしのこと笑ってたんだわ! わたしが、友達と言い争いをしたってめそめそしてるのを見ながら笑いを堪えるのは、さぞかし大変だったでしょうね! あなたって――あなたって――ああ、やっぱり言葉が思いつかないほどひどい!」
ジニーは身をひるがえして戸口に向かったが、まだ半分しか行かないうちに、彼に捕らえられた。
「笑ってなんかなかった、ジニー」
彼は真面目な声で言った。
「ぼくは、自分で自分の尻を蹴りつけたいくらい後悔してた! マネージャーからは次々にきみの手紙が転送されてきたけど、ぼくはずっと、返事を書かずにいれば、きみは休暇中に出会った男のことなんか忘れてしまうだろうと思ってた」
ジニーはもがいたが、とにかく彼の力が強すぎた。
「放してよ、ボブでもマルフォイでもどっかの馬の骨でもなんでもいいわ! 放してくれないと蹴るわよ。それも、蹴られると困る場所を!」
彼はそのままジニーをさらに引き寄せ、腕を回して固く抱きしめた。
「ぼくの考えが足りなかった」
まるでジニーが何も言ってはいないかのように、言葉を続ける。
「もちろん、きみは忘れるわけなかった。なんだかんだ言っても、きみはグリフィンドール生なんだからな。おいこら、おチビ! 蹴るのをやめてくれ! 聞いてくれると約束するまでは、手を放すつもりはないからな!」
ジニーは彼のむこうずねを蹴りつけようと懸命だったが、互いの距離が近すぎた。とうとう、彼女は暴れるのをやめた。
「分かった。2分間、聞いてあげる」
食いしばった歯のあいだから言う。そう言わざるを得なかった。あまりにもきつく抱きしめられていて、もう少しで窒息しそう!
手を放すと、彼は真剣な表情でジニーを見た。
「何を言うのか知らないけど、まともな話にしてよね。あなたは今、わたしにとってブラックリストのナンバーワン確定なんだから!」
大きな口の片端が、わずかにぴくりと動いた。
「言いたいことは、ただ一つしかないんだ、本当は」
さっきと同じように、彼はジニーの首まわりを大きな手のひらで包み込んだ。しかし言葉を口にする前に、彼は叫び声をあげて床に倒れ込んだ。
「ちくちょう、ちくしょう、ちくしょう!」
もごもごと、彼は言った。
ジニーが恐ろしさを感じつつも目を離すことができずにいるうちに、彼は床の上で身体を丸めた。彼の筋肉は、痙攣しながらねじれつつあるようだった。黒かった髪が段々と淡い色に変わってゆき、広かった肩幅が狭くなっていく。何時間も経ったように思われたが、実はおそらく、数秒の出来事だったのだろう。やがてドラコは激しく息を吐くと、床に背をつけて寝転がった。固く目を閉じて、まだ苦悶の表情を浮かべている。
「ああ、驚いた、マルフォイ!」
ジニーはささやき声で言った。
「今の、痛そうね!」
「死にそうに痛い」
まだ息が整わないまま、彼はぶつぶつと言った。
「よかった!」
ジニーは、彼を(そっとではあるけれど)蹴りつけながら、ぴしゃりと言った。
「あんなどうしようもない、コーヒーショップのマヌケ男になってたんだもの、これくらい当然だわ!」
それから、彼の横に膝をついて、彼の眉にかかった乱れ髪を指先でかきあげた。
「いったい何度、これをくぐり抜けなくちゃいけなかったの?」
ドラコは目を開くと、気障ったらしく笑いかけてきた。
「心配してるのか、おチビ?」
「全然」
そう主張すると、ジニーは同じく気取った表情で見返した。
「あなたがわたしにした仕打ちを考えると、自業自得だと思ったのよ。で、いったい何回?」
彼はなんとか上半身を起こすと、変身を遂げたばかりの身体に残る痛みに顔をしかめた。ジニーの隣で座った体勢になりながら、肩をすくめた。
「休暇中、きみに会わなかった最終日以外の毎日。それから今日。そんなところだな。これを一生の仕事にするのは、ちょっと遠慮したい」
ジニーはこれを聞いて考え込んだ。
「今日、手紙をくれたのもあなたよね。あのまま、あなた――というかボブというかを、わたしが忘れてしまえばいいと思ってたんなら、どうして連絡したの?」
眉をひそめて、問いかける。
「くだらないことだったんだ。自分でも分かってる。プライドだな、多分。きみが何ヶ月も前に出会った、一度も手紙の返事を書いてこないようなやつを今でも忘れてないなんて、信じられなかったんだ。もう二度と自分にかまうなと返信したって、ぼくのところへ言いにくるに違いないと思った。まさかきみが――」
突然、彼は言葉を切って、ジニーをじっと見た。
「何よ?」
「本気で、"滅茶苦茶にいちゃいちゃ" しようと思ったのか?」
唐突に、ドラコは質問をした。
「一時期、顔を合わせていただけの、どこぞのマヌケ男と?」
頬が火照るのを感じつつも、ジニーはきっぱりと答えた。
「もちろん、わたしがしたいと思えば、そうしたわ」
「でも、本当にしたいと思ったか?」
「あのね、マルフォイ」
ジニーは立ち上がると、きつい口調で言った。
「あなたは、わざわざ無理をしてまで、休暇中だけの王子様を演じてみせた。でも自分の魅力がほんとに物を言ったからって、すっかりふんぞり返り始めたりしないでよ。もし、彼の中身がほんとはあなただって分かってたら……」
最後までは言わず、ジニーはふたたびドアに向かった。
ドラコは大急ぎで立ち上がると、ジニーを引き止めた。
「もし、彼の中身がほんとはぼくだって分かってたら? だったら、どうした?」
「だったら、どうでもいいでしょ。あなたは、人を判断するうえで重みを持つのは性格よりも外見やお金だって証明しようとしたけど、結局なんにも証明できなかった。そうよね? それに結局、計画は裏目に出た。あなたはわたしに卑劣ないたずらを仕掛けたけど、もうこれでおしまい。わたし、もう行くわ。そこをどいて!」
ジニーはドラコを押しのけて出て行こうとしたようだったが、ドラコはその腕を引っつかんだ。ジニーは、本当に出て行きたくてたまらないというわけでは、ないのかもしれなかった。なぜなら、彼女は暴れなかったから。ドラコは、これを有望な兆候と見なすことにした。
「なあ、おチビ。ぼくがやったことは、かなり卑怯だった。自覚はしてる。でもおかげで、きみが "敵" と見なしていない人間を相手にしてるときだと、どんなふうかってことが、すごくよく分かった。だから、今、選択を迫られたとしても、やっぱりやってしまうような気がする」
ジニーは彼の顔を見上げた。彼の顔にいつものニヤニヤ笑いがないのが、不思議なかんじだった。彼がやったことは、本当に汚い。でも、ジニーはそれで、危害をこうむったわけじゃない、そうよね? いきなり、さっきの彼の言葉が頭の中によみがえった。さらに悪いことには、自分が言ったことも思い出してしまった――心にいるのは、別の人なの。カッと頬が熱くなって、ジニーは目をそらした。
「わたし、もうここにいたくない」
静かな声で、ジニーは言った。
「待てよ」
ドラコは言った。
「あともう一つだけ。そしたら、出て行っていいよ」
彼はジニーの手を引いてテーブルに戻ると、小さな鞄を持ち上げた。その中から一冊の本を出すと、ジニーに渡した。
「きみ、これを図書館に忘れて行ったから」
見るとそれは、ジニーが今朝、図書館で読んでいたロマンス小説だった。中に "ボブ" からの手紙を挟んだままだ。彼女は顔を上げた。
「ジニーガール」
彼はそっと言った。
「このあだ名で呼ぶのは、好きだったよ。ウィーズリーって呼ぶより似合ってる。"おチビ" ほどじゃないけどな」
ジニーが鼻に皺を寄せたのを見て、ドラコはつい、再度ニヤリと笑みをもらした。
「とにかく、こんなのはきみのロマンス小説と全然違うってことは分かってる」
彼は今一度、ジニーの首に手をやって、彼女を引き寄せた。
「でも、きみを愛してるっていうのは、本当だ。それに、きみを騙して、すまなかった。だから、さっききみが言ってた、別のやつが心にいるっていうのが、もし本気なら……」
ドラコはまたしても、口をつぐんだ。これ以上、何を言えばいいのか分からなくなったようだった。ジニーは、ごくりと唾を呑んだ。怒らなくちゃ。ほんとに、怒らなくちゃいけないんだけど。でも、こんなにも素敵な彼が、こんなにも近くに立っていて、こんなにも耳に心地よい言葉を並べ立てているというのに、怒るなんてできるわけがない。ただしジニーは、すんなりとドラコの思惑どおりになるのも嫌だった。
「実はね、わたしが言ってたのは違う人のことだったの」
ジニーは口早に言うと、彼の手を振り払った。彼の疑わしげな表情を見て、さらに言葉を継いだ。
「わたしが言ってたのはね、そう、ネビル・ロングボトムよ! ほら、彼ってすごくやさしい人でしょ。それに、新しい杖を持つようになってからは、前と比べてすごく優秀な魔法使いだし!」
「そこまでにしておけ!」
ジニーに歩み寄りながら、ドラコは言った。
「きみみたいな策士で狡猾で嘘つきなおチビの、いったいどこがいいんだろうな、ぼくは! きみが言ってたのは、ぼくのことなんだろ。さあ、きみもぼくが好きだって言えよ。じゃないとぼくは、思い切った手段に出てきみの愛読するクズ本に出てくるような行動を取らなきゃならなくなるだろ! いや、チビガキならチビガキらしく、膝の上でひっくり返してペンペン叩いてやればいいのかもしれないな!」
ジニーはこの脅迫にムッとしたが、彼はまたしてもジニーの首根っこをつかまえて抱き寄せようとしていた。ジニーは彼の胸に手を置くと、腕を伸ばしただけの距離を、彼とのあいだにとった。
「ずいぶん、うぬぼれやよね?」
つんと澄まして、彼を見た。
「わたしのどこがいいのか、あなたしっかり自覚してるくせに、マルフォイ。たしかにわたしは、策士よ。あなたと同じくらい狡猾で、ほかの人みたいに、おとなしくいじめられてなんかやらない。それに、あなたのご機嫌を取ったりもしない。だからもう二度と、わたしを脅迫するんじゃないわよ、マルフォイ。でないとわたし、あなたに呪いをかけちゃうかもしれないわ!」
「きみなら、本気でやるよな、そうだろ?」
彼は微笑みながらささやきかけた。
「わたし、前にもやったことあるわ、そうでしょ?」
すかさず言い返したジニーもまた、微笑んでいた。
「そのとおりだ」
彼は同意した。
「つまり、きみが杖を出す余地を与えちゃいけないってことだな」
彼はジニーをさらに引き寄せ、彼女の身体に腕を回した。
「で、ジニーガール。ぼくは、許してもらえるのか?」
「許してあげたら、コーヒーがタダになるの?」
「キスしてくれたら」
そう応じると、彼は頭を寄せて、自分の唇でジニーの唇をかすめた。
ジニーは、ほんのわずかだけ身を引いた。目が踊るように愉快そうにきらめいていた。
「まあ、仕方ないわね、しなくちゃいけないなら!」
ドアの上のベルが鳴ったが、ジニーもドラコも、ほとんど注意を払っていなかった。三人のグリフィンドール所属の七年生たちが、新しい店に興味を引かれて入ってきたのにも、気付いていなかった。ふたりが情熱的に抱き合っているのを見て、三人全員が衝撃のあまり息を呑んだことにすら、気付いていなかった。特に衝撃を受けたのは、背の高い赤毛の青年だった。彼は両手をこぶしに固め、杖を出そうかと考えたが、結局は出さないでおくことにした。
「よそへ行こうよ」
連れのふたりに向かって、つぶやき声で彼は言った。
若い女性がうなずいた。彼の固い表情と、ジニー・ウィーズリーとドラコ・マルフォイがキスしているおぞましいシーンとを、交互に見ている。しかしもう一人の青年は、ぐずぐずとしていた。
「でもロン」
彼は焦ったように言った。
「ジニーとマルフォイが!」
ロンは、目の前の光景から視線を引き剥がして、心持ち吐き気をもよおしているような表情で友人に向きなおった。
「ああ。まったく、あいつと友達になるなって言ったときだって、ジニーにはあれだけコケにされたんだぜ! 放っておこう、ハリー。とりあえずは母さんにフクロウ便を出すよ。あとは母さんに任せた」
(おしまい)
(あとがき)
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