2005/7/1
Chance Encounters (10)

無情の世界
You Can’t Always Get What You Want


Davesmom
(translation by Nessa F.)

欲しいものがいつも手に入るとは限らない。でも頑張れば、分かるかもしれない、必要なものは手に入れられるのだと。

―― ローリング・ストーンズ「無情の世界
(You Can’t Always Get What You Want)」


愛は友情に身をやつしてやってくる。

―― オヴィディウス (紀元前43−紀元17)


報われない愛ほど、ピーナツバターを味気なくするものはない。

―― チャールズ・M・シュルツ (1922-2000)
『ピーナッツ』よりチャーリー・ブラウンの台詞




 ジニー・ウィーズリーは落ち着かない気持ちで、自分が握りしめているしわくちゃの手紙から目の前にいる背の高いブロンドの青年へと視線を移した。この手紙は朝食のときに届いたものだ。それを受け取ったジニーは、小さく喜びの叫び声をあげずにはいられなかった。三時間前のことだ。そして今、そのとき食べた温かいクリームと蜂蜜をかけたシリアルが、ついさっき飲んだ特製コーヒーと一緒に、居心地悪そうに波打っている。胃の中がぐるぐるしている。それもこれも、現在ドラコ・マルフォイがジニーを見て浮かべている、横柄かつ愉快そうな表情のせいだ。


「じゃあ、あのマヌケ男は、ようやく手紙をよこしたのか。え、音信不通だったのはたったの――四ヶ月だけだって? で、きみは即座に返事を書いて、もう連絡してくるなと言ってやったんだな。そうだろ、おチビ?」


 落ち着かない気持ちをぐっと堪えて、ジニーは視線をそらさずにいた。そうする代わりに、断固として首を振った。長い三つ編みが肩から滑り落ちて、背中のほうへと垂れた。


「そんなことしないわ」
 声の震えを抑えようと努めつつ、ジニーは答えた。
「ぜひ会いたいって書いて送ったの。今日。ホグスミードで」


 ドラコは唇の端を上向きに歪めた。
「ああ、そうだろうとも」
 軽い調子で言う。クックと笑いながら、彼は手を伸ばしてジニーの三つ編みをくいっと引っぱり、肩のほうに戻した。
「おい、まったく、ウィーズリー。本当はなんて書いたんだ? グリフィンドール生の伝統的な絶交の言いわたし方というのは、どんなかんじなのか聞いてみたいんだ」


「やめてよ!」
 ジニーはぴしゃりと言って、苛々と三つ編みをもう一度、背中側に払いのけると、ここ最近、ひどく心が乱れる原因となっている青年から遠ざかった。
「手紙には、先にちょっと用事を済ませたら、あの新しくできたコーヒーショップで会いましょうって書いたの。一緒にお昼を食べてもいいわねって。何か問題ある?」


 ジニーはいつもの窓際の席にぱふっと座って、常に持ち歩いている小説本のページのあいだに手紙を突っ込んだ。心の半分では、ここにいるのが嫌だった。なぜなら、二度目の "パンジー事件" 以来、ドラコとのあいだの友情は、これまでと同じものではなくなってしまったからだ。しかし、もう半分ではこのまま、ただ彼のそばにいたいと切実に感じていた。かつての敵、そして今では、完全に友達以上。絶対に、本人の前で認める気はないけれど。彼が、そういう意味での関心をジニーに対して抱いていないことは、とっくのむかしに分かっている。ことあるごとに、彼はその点をはっきりさせてきたではないか。以前のような、ふたりでいるときの心安さに近いものを取り戻そうと躍起になって、ジニーはロマンス小説の本を開くと、話しかけた。
「で、そっちの今日の予定は?」


 ドラコは、信じられないという表情をあらわにしてジニーを凝視した。まさか本気じゃないよな。窓際の椅子に腰かけてくつろいでいるジニーに、ドラコは歩み寄った。
「嘘だろ!」
 自分でも大声を出しすぎたような気がした。しかし、そのまま言葉を続けた。
「だって、そいつは今まで一度も、きみからの手紙に返信しなかったんだろう。それが今になって突然、降って湧いたように連絡してきて、会いたいだなんて。そんなやつの言いなりか? それどころかきみは、その馬鹿げた手紙を受け取って、小娘みたいにキャーキャー言ってる! 正気かよ?」


 いったいドラコは、どうしてしまったんだろう? どうしてよりにもよって今日この日を選んで、こんなふうに陰険に絡んでくるんだろう? 突如としてジニーの行動に関心を示し始めた理由が、嫉妬なんかではありえないことを、ジニーは承知していた。きっと、ただむしゃくしゃしているだけ。ムッとした声で、ジニーは言い返した。
「何が気に食わないのか、さっぱり分からないわ、マルフォイ! 大体、あなたにはなんの関係もないんじゃないの? あなたがこの大した意味もない手紙のことをしつこく詮索してきたりしなかったら、そもそもわたし、何も言いはしなかったのに!」


 ドラコはその言葉尻をとらえた。
大した意味もない手紙? ほら見ろよ!」
 迫るように言う。
「きみだって、あいつは大したやつじゃないと思ってるんだろ! きみのプライドはどこに消えた? いったいどうして、寝耳に水みたいな連絡をよこして指をパチンと鳴らすだけで、きみを自分のところに走って来させることができると思っているようなロクデナシに、会いに行く気になれるんだよ?」


「もういいわ、マルフォイ。もうやめましょう!」


 ジニーは椅子から飛び上がるようにして立つと、つかつかとドラコの前に出た。そして相手の胸ぐらを押しやると、決然と言った。
「あなたには、まったくなんの関係もないことだけどね、彼は、会いに来いって命令したわけじゃない。ただ、会ってくれないかって頼んできたのよ」
 もう一度ぐいっと突くと、ドラコは爪先を浮かせてよろけ、一歩、うしろに下がった。
「彼が返事を書かなかったのは、夏になる頃には外国にいる予定だったからよ。でも結局、行かないことになったの」
 さらに押しやると、ドラコは唖然とした顔でさらにうしろに退いた。
「わたし、彼のこと好きだったし、また会いたいと思うわ。わたしがそうしたいと思えば、一緒にお昼を食べようが、滅茶苦茶にいちゃいちゃしようが、わたしの勝手なの! 分かった?」


 ぽかんと開けていた口を閉じると、ドラコは首を振った。
「いいや、おチビ」
 ようやく、唸るような声を出して言う。
「ぼくには分からないね! 何ヶ月ものあいだ、顔も見たことなかったような、どこぞの不細工なマヌケ男に、会いに行くなんて! 手紙の返事も書かない無礼者で、きみよりずっと年上だ。二枚のシックル銀貨をこすり合わせることもできないほどの貧乏人かもしれない。おまけに仕事はコーヒーショップ店員かよ、まったく! そんなののどこがいいんだ? もっとマシなやつだっているとは思わないか?」


「ちょっと、あなたって信じられない人ね!」
 ジニーは愕然として言った。
「あなたって――あなたって――ああ、言葉が思いつかないほどひどい! ボブが不細工だなんて、わたし一度も言ってない。みんなの視線を集めるような容姿に生まれついたわけではないって言っただけよ。でもあなたには、その違いが理解できないのね、そうでしょ、自称美形のうぬぼれやさん? それに一緒に過ごしていたとき、ボブはいつも紳士で、すごくやさしくしてくれたわ! それから、彼が何歳だろうと、わたしまったく気にしてない。わたし、彼に会いに行くし、あなたの許可をもらう必要なんかないのよ!」


 ジニーは再度、ドラコを突き飛ばそうとしたが、ドラコはジニーの手首を捕らえて、むりやり自分のほうを向かせた。顔をしかめて、何か言い返してやろうと口を開いたが、ジニーは手をもぎ離して、それをさえぎった。


「大体ね、マルフォイ」
 そう言ったジニーは、冷笑を浮かべていた。
「どうせ、あなたにはどうでもいいことなんでしょ。ただ、わたしがここで、あなたの一言一句に耳を傾けててあげないと、自力でヒマつぶしをしなくちゃいけなくなるってだけで! でもね、悪いけど、もうわたし、これ以上は追っかけの子たちと同列でいたくないの!」


 ジニーはドラコの横をすり抜けて、書棚のほうに向かったが、最後にもう一度、振り返った。
「ああ、それからご参考までに言っておくけど、わたしにとっては、お金持ちであるっていうのは、マイナス要因なの。わたしたちみたいな素朴で質素な人種の場合、そう思っておいたほうが、相手がありのままの自分を好きでいてくれてるのかどうかが分かりやすいから」


 くるりと前を向くと、背後に三つ編みをたなびかせて、ジニーは足音高く戸口を抜けていった。しかしその直前、ドラコは彼女の両目に涙が込み上げていることを見てとっていた。


「ジニー!」
 ドラコはあとを追おうと数歩、前に踏み出したが、突如として足を止めた。その瞬間、ジニーが言ったことの重要さに思い当たったのだ。"これ以上は追っかけの子たちと同列でいたくない"って、どういうことだ? それ、本当はぼくに気があるって意味にならないか? ジニーの口から聞いた言葉が、皮肉っぽく怒りに満ちたものであったにもかかわらず、ドラコは自分の顔が緩んで、馬鹿みたいに笑みを浮かべるのを自覚した。


 そしてそのとき、さらに別の事実に思い当たった。一番手近なところにあった空いている椅子にどさりと座り込むと、ドラコは両手で顔を覆ってため息をついた。
「クソッ」
 つぶやくように、ひとりごちる。
「たった今、何もかも自分で台無しにしてしまったんだ!」









タイトル "You Can’t Always Get What You Want"
直訳では「欲しいものがいつも手に入るとは限らない」。冒頭で引用されている同タイトルの
ローリング・ストーンズの曲の邦題が「無情の世界」なので、この章のタイトルも
こっちにしました。

オヴィディウス
ローマの詩人。生年は、Davesmom さんが書いてるのをそのまま
入れておきましたが、実ははっきりしないようです。