2005/6/24
Chance Encounters (9)

ハリーの手じゃなく張り手をされて
Hairy not Harry Situations


Davesmom
(translation by Nessa F.)

誰かにこう言われたことがある。世界を動かしているのは、愛の力だと。でも、わたしは笑い飛ばさずにはいられなかった。だって、そうだろう? 世界を動かしているのは、回転車の中で走っている突然変異のスナネズミの力だというのが、世間の常識じゃないか。

―― Mutedfaith.com


男は地球人だ。女も地球人だ。認めなさい。

―― Mutedfaith.com




 ジニー・ウィーズリーは、図書館の一番奥の隅に座っていた。いつもの日光がさんさんと当たる壁に面した、居心地のよい窓際の席からは、かなり離れている。それには、二つの理由があった。第一に、誰かに出くわして、先ほどパンジー・パーキンソンとのあいだで繰り広げた争いのことを訊かれたら嫌だから。第二に、ついさっきまで泣いていたので、さしあたり誰にも自分の顔を見られたくないから。燃え立つような色の髪の毛に加えて、今は顔にも赤く跡が残っているし、目まで真っ赤なのだ。


 宿題と、それから母親が送ってきてくれた新刊のロマンス小説も持ってきていたが、そのどちらもジニーの眼中にはなかった。特にどこをと言うわけでもなく空中を睨みつけるのに忙しくて、宿題みたいな世俗的なことにかまってなんかいられない。ロマンス小説も、思索の対象にするほどのものではなかった。どうせ、例の "ふたりはキスをした、恍惚のあまり天に昇ってまた帰ってきたような気持ちだった" 的ストーリーのバリエーションに過ぎない。こういった小説のヒロインはいつも、自分自身の名義で所有しているものは1ペニーたりとてない上流階級のやさしく無垢(つまりお馬鹿)な若い娘で、どういうわけだか、その退屈かつ世間知らずな性格が幸いし、"売出し中" の独身者の中で最もお金持ちで、最もハンサムで、最も独身主義の強固な男をゲットすることに成功するのだ。そうそう――ジニーは鼻を鳴らしつつ頭の中で付け加えた――忘れちゃならないのは、その男性は伯爵だったり、子爵だったり、この上なく驚異的な力を持つ魔法使いだったりするに決まってるってこと。いくらジニーが、美形のヒーローや麗しのヒロイン好きでも、この本の表紙と裏表紙のあいだに挟まっている、糖蜜みたいに甘ったるい駄作は、受け付けられない。


 そこでジニーはただ、屈辱感と怒りに身を任せ、誰にも見つからないことを祈りながら、座っていた。もちろん、見つかる可能性だってあることは、念頭に置いておくべきだった。今日はそういうめぐり合わせの一日なのだ。ジニーを見つけた相手が、ジニーのいつもと同じ長い三つ編みを、つんと引っ張ったとしても、決して驚いたりしてはいけなかったのだ。不運なことに、ジニーはそんなことを念頭に置いてはいなかったし、しっかり驚いた。そういうわけで、本来なら非常に静かに近づいてきて三つ編みを引っ張った青年をただ睨みつけるだけで終わるところを、ジニーは椅子から飛び上がってくるりと身をひるがえし、パンチを一発お見舞いしたのだった。相手に、シーカーになるために生まれてきたような鋭い反射神経がなかったとしたら、ひどいことになっていたはずだ。


「おい、ウィーズリー! どうしたんだよ!」


 ドラコ・マルフォイは、ジニーのこぶしがかすった自分の顎に、指先でそっと触れた。恐ろしく痛い。まともに当たらないよう身をかわすことができて、よかったのひとことだ。


「気でも狂ったか?」


 ジニーはショックとともに、相手をまじまじと見つめていた。別に誰のことも、攻撃する気なんかなかった。ただ、手が出てしまったのだ。あの牝牛のようなパーキンソンとケンカをした後遺症かもしれない。深い後悔の気持ちも湧き起こってきた。たとえお互いどんなに違っていたとしても、ジニーがこの男の子を好きだというのは、事実なのだ。


「悪かったわ!」
 どうしてわたし本人の許可もなく手が動いちゃったのかしら――とでも言うように、相手の顔と自分のこぶしを見比べつつ、ジニーは慌てて謝った。


「ああ、そう言ってくれて嬉しいよ、おチビ。きみを暴行罪で訴える際には、今の言葉を考慮に入れておいてやるさ! それと、同じ質問の繰り返しでうんざりさせることになるかもしれないが、もう一度訊く。いったい、どうしたんだよ? 今までは、ぼくがああいうことをしても全然気にしてなかったくせに。まるで、ぼくがきみを痛めつけでもしたようじゃないか」


 これを聞いたジニーは、目をすがめて相手を見た。
「ほんとに痛かったのよ、この馬鹿男。ほかにどんな理由がある?」


 ドラコは心持ち、首をかしげた。
「どういうことだ? 引っ張ったとも言えないほどだったのに!」


 ジニーは、目をぱちくりさせた。
「じゃあ、あなた、聞いてないの?」


「何をだよ? さっきまでずっとスネイプに足止めされてたんだ。NEWTSに備えて、ぼくには上級魔法薬学の追加課題が必要だと思ったらしい。


 彼は机の向こう側に回って、着席した。
「で、何があった? こんな隅っこでどうしたんだよ? まさかこんなところにいるとは――って、おい! 泣いてたのか?」


「まあ、よく分かったわね、マルフォイ!」
 ジニーは冷ややかに応じた。
「何がヒントになったの? 丸めたティッシュペーパー? 赤い目?」


 ドラコは身を守るように両手を上げた。
「おいおい、例のコーヒーショップのマヌケ男が手紙の返事を書いてこないからって、ぼくに当たるなよ!」


「あなたって、救いようのないロクデナシよね、マルフォイ? 自覚してる? ボブは関係ないの。それに、たとえ彼が――じゃなくて、ボブのことにあなたが口出しする筋合いはないでしょ。でも、今ここで、ぜひ言っておきたいことがあるわ! あなた、自分の彼女には鎖をつけといたほうがいいわよ。なぜって、今後あの女がわたしから半径2メートル以内のところに近づいてきたら、次はもうマダム・ポンフリーだけでは治せないから!」


 ドラコは、向かい側の小柄なグリフィンドール生から発せられている怒りに満ちた視線を受けて、思わず逃げ腰になりかけた。
「彼女だって?」
 一瞬、絶句したのちに言う。
「変なこと言うなよ、ウィーズリー。ぼくには彼女なんかいないぞ。なんの話だ?」


 ジニーは目をぐるっとさせて、腕組みをした。
「あら、まさか知らなかったなんて言わないわよね? パーキンソンとその仲間の勇ましいチビのスリザリン生たちが、わたしを追い詰めて、ハサミを使わずに新しいヘアスタイルにしてくれようとしたのよ!」


 ジニーは怒りのあまり、ほとんど吐き捨てるように言った。しかし正面に座る青年の顔に浮かんだ戸惑いの表情を見て、少し冷静になってきた。もしかして、本当に何も聞いてなかったのかも。彼の顔に現れた当惑が消え失せて、別の感情に取って替わられるまでには、そう長い時間はかからなかった。ここ数ヶ月、自由時間のほとんどをこの青年と一緒に過ごしていたにもかかわらず、彼の険悪なしかめ面は、ジニーをすくませた。


「それは、パンジーが女友達と一緒になって、きみを襲ったという意味か?」
 彼は低い声で詰問した。


 瞬間的に感じた怯えを振り払って、ジニーは鼻を鳴らした。
「襲おうとしただけよ。わたしがそう易々とやられる相手じゃないってことは、あなたも身をもって知ってるでしょ」


 こう言い放ったとき、ジニーはほんの少しだけ、威張った声音にならずにはいられなかった。この一年近くは、ドラコがジニーに呪いをかけようとすることはなくなっていたが、それでも彼はこれまで、ジニーが身を守るために繰り出す術に散々やられてきているのだ。


「その話はやめよう」
 ドラコはもどかしそうに手を振った。
「何が起こったのか言えよ」


 ジニーは肩をすくめた。
「えっと、その前に言っておくけど、さっきは殴ったりしてほんとに悪かったわ。でも、わたしの話を聞いたら、無理もないって思ってくれるはずよ。それと、わたしがこんな奥まったところにいるのは、スネイプ先生かマクゴナガル先生かハーマイオニーか、とにかく誰かが、遅かれ早かれ、わたしを探しに来るに決まってるからなの。あなたの彼女にかけた呪いは、いったいなんだったんだって訊きにね」


ドラコは、ふたたび嫌な顔をした。
「だから、パンジーはぼくの彼女じゃないって
 歯ぎしりをしながら言う。
「何度言ったら分かるんだよ。で、いったい全体、何があったんだ」


「はいはい!」
 ジニーはムッとして言った。しかしその怒った顔の効果は、いきなり込み上げてきた意地の悪い笑みで、帳消しになってしまった。
「ほら、パーキンソンといつも一緒につるんでる女の子たちがいるでしょ?」


 ドラコはうなずいた。なぜ、こんなふうに胃がよじれるような気分なんだろうかと思いながら。ウィーズリーは顔に痣ができているのと、涙の跡があるの以外では、大丈夫そうだ。自分の経験から言っても、むしろ心配してやるべきなのは、パンジーのほうだろう。しかし、さっきの彼女の反応――あんなにやみくもに殴りかかってくるなんて。あれが、ドラコを動転させていた。


「それでね」
 彼女は先を続けた。
「授業のあと、グリフィンドールに戻ろうとしてたら、パーキンソンと仲間たちが、なんというか、ゾロゾロと近づいてきたの」


 話の骨子としては、パンジーがウィーズリーの友人たちを怖がらせて追い払ったうえで、この少女を脅しつけ始めたのだった。ただし、ウィーズリーはおとなしく脅しつけられているようなタマじゃない。パンジーとその仲間は、自分たちがつかまえたのが、チビのイタチウィーゼルどころか、小悪魔だったと悟ることになった。どうやらその後、彼女たちはウィーズリーにつかみかかって衣服を破り取ろうとしたり、髪を引き抜こうとしたりしたらしい。パンジーが凶暴にぐいっと一回、ウィーズリーの髪の毛を引っ張るに及んで、ウィーズリーはパンジーに呪いをかけた。ほかの少女たちは、ありがちなことだが、仲間を置き去りにして逃げていった。そこでグリフィンドール寮の幽霊を伝令に使って校医を呼びにやったあと、ウィーズリーはここにやってきたのだった。


 ドラコは、笑うべきか気遣うべきか、迷った。立ち上がると、ウィーズリーの背後に回って、三つ編みの下の髪の生え際にそっと手を差し入れる。


「何をやっ――痛っ! ちょっと、血の気が引くほど痛かったわ!」


 ドラコは指を引っ込めた。
「言いえて妙だな。あのクソ女、きみの髪をもうちょっとで地肌ごとむしり取るところだったんだ」
 冷たい声で言いながら、指先にかすかについた血を示して見せる。
「見ていろ――


「なんにもしないでよ!」
 ジニーは鋭くさえぎった。落ち着かない気分になってきていた。ドラコには絶対に言えないことだけれど、彼の指が髪に差し入れられたとき、すごくいい気持ちだった。刺すような痛みでさえ、実はそれほど気にならなかったくらいに。悲鳴をあげたのは痛みよりもむしろ、恥ずかしさのせいだった。本当に、ジニーがドラコに対して甘ったるい気持ちを抱き始めているなんて思われたら、彼のためにならない。大体、甘ったるい気持ちなんてないし……それほどには。


 唐突に立ち上がると、ジニーは後ずさりをした。
「わたしが使った呪文は、試作中だったやつなの。マダム・ポンフリーが、なんの情報もなく元に戻せるかどうかは、疑わしいわ。実際のところ、マダムはわたしが置いてきたぐちゃぐちゃをかき集めて、パーキンソンをベッドに流し込まなくちゃいけなかったんじゃないかと思う。わたし、そろそろ行かないと」


「なるほど、分かったよ」
 ドラコは不機嫌に言った。しかし本当のところ、なんにも分かってはいなかった。ほとんど触れもしないうちに、ウィーズリーは飛び上がるように身を引いた。まるでドラコが、何かに汚染されてでもいるかのように。意外にも、このことはドラコが自分で認めてもいいと思う以上に、彼を狼狽させていた。冷笑を浮かべると、ドラコは長く太い三つ編みを指し示して口を開いた。
「まあ、一つだけ忠告しておくよ、ウィーズリー。この髪、ずっとこんなふうにしておくくらいなら、切ってしまったほうがマシだ。そうすれば、鐘を鳴らすひもだと勘違いするやつもいなくなる」


 ドラコが背を向けてぶらぶらと歩み去っていくのを、ジニーは絶望的な気持ちで見送った。彼は、全然なんにも分かっていない。ドラコ・マルフォイが、ジニーのために憤慨したり怒ったりしているというのは、彼女にとって初めての経験だった。そして、ドラコ・マルフォイがその優雅な指先でそっと自分の髪の中を探り、ほんのちょっとの血を見ただけですっかり冷徹なスリザリン生の本性を表してしまった時点で、ジニーのなかに突如として芽生えた感情は、"甘ったるい気持ち" をはるかに超え、恐ろしいことに "夢中" の領域に入っていってしまうことを運命づけられたのだった。


 彼がマクゴナガル先生とすれ違いながら図書館を出て行くのを、ジニーはじっと見つめた。それからため息をついて、荷物をまとめる。ちょうどまとめ終わった頃に、先生がそばまでやってきた。


「ミス・ウィーズリー」
 こわばった声で、先生は言った。
「お手数ですが、病棟まで一緒に来ていただけますか? そこでの用件が終わったら、ほかの生徒に呪いをかけることの是非について、たっぷりと充実した話し合いをしましょうね。よその寮では見逃されることもあるかもしれませんけれども、たとえ向こうから挑発してきたにせよ、わたくしたちはグリフィンドールの一員なのですよ!」


 心臓が爪先までずり下がるような落ち込みとともに、ジニーはバッグを持って変身術の教師のうしろに続き、図書館をあとにした。









タイトル "Hairy not Harry Situations"
意味を直訳すると、「ハリーな状況、じゃなくてヤバい状況」
みたいなかんじ。hairy は、「毛だらけ」という意味のほか、
俗語表現で「恐ろしい、危ない」という意味も。ここではその両方の
意味を持たせた上で、「ハリー」と音を合わせた洒落。

Mutedfaith.com ( http://mutedfaith.com/ )
なんか、いつアクセスしても、コンテンツに入れないのですが。

男は地球人だ。女も地球人だ。認めなさい。
「男と女は異星人同士といえるほどに異なった存在」と主張する 恋愛論ベストセラー、
ジョン・グレイ著『男は火星人 女は金星人』を踏まえた言葉であろうと思われます。