2005/6/17
Chance Encounters (8)

緑の目をしたモンスター、ハリーにあらず
Green Eyed Monsters Not Named Harry


Davesmom
(translation by Nessa F.)

他人がいい思いをしているだろうと、あれこれ考えるのが嫉妬です。

―― エリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』1973 年


とにかくみんな、あたしをクレオパトラと呼んで。なぜならあたしは、現実否定の女王だから。

―― Pam Tillis "Cleopatra, Queen of Denial"




 ドラコ・マルフォイは、弾むような足取りで図書館に入ってきた少女をじっと見た。肩にかけたバッグをぶらぶらと揺らし、片手にはいつでも持ち歩いているメロドラマチックなロマンス小説。ドラコが、いじめや当てこすりの対象以上の存在として最初に彼女を意識したのも、あの歩き方がきっかけだった。数ヶ月前、ほとんど誰もいない図書館で、涙が出そうなほどの退屈にさいなまれながら座っていたとき、このウィーズリー家の末っ子がぴょこぴょこと入ってきたのだ。三つ編みを背中でぽんぽん弾ませ、秘密めいたかすかな微笑を浮かべて。それを見たドラコは顔をしかめたが、次にニヤリと笑った。あいつの邪魔をしてやろう、侮辱して、できれば泣きながら図書館を走り出て行くように仕向けてやろう――と思ったのだ。


 今、ふたたびニヤリと笑いながら、ドラコは当時を思い返した。辱めを受けて傷つくよりもむしろ、うんざりとした表情を浮かべた彼女を見て、どんなに意外だったか。あの小生意気な小娘は、ただ冷静に座ったまま、自分が読んでいたくだらないロマンス小説の良さについて議論を始めたのだった。実はそのときドラコは、その会話を楽しんでいた。恋する人間の喋り方なんて全然知らないくせに、と少女に馬鹿にされたときですら。


 しかし、それよりさらに面白かったのは、あの馬鹿女、パーキンソンに仕掛けたジョークを、ウィーズリーが手伝ってくれたことだ。彼女には才気があった。ドラコが彼女を引き寄せて唇を近づけても、パニックしなかった。またそれを誤解して変にのぼせあがったりもしなかった。実際、言葉を交わすようになってほぼ六ヶ月(ただし休暇のあとの一ヶ月は別として)が経った今、ウィーズリーはドラコにとって、これまでで一番、親しくなった友人であるのかもしれなかった。


 おかげでドラコは、同じ寮の知人たちに対する認識を大いに改めさせられることになった。しかし、クラッブにしてもゴイルにしても、ドラコの愚かな子分、あるいはボディーガードとして以上の役割を担ったことはなかったと、認めざるを得なかった。あのふたりはドラコにへつらい、ゴマをすってくるばかりで、大概の場合、ドラコは彼らを見ていると反吐が出そうだった。


 一方、ウィーズリーはドラコがどれだけ金持ちかということには、まったく頓着していなかった。彼女はドラコの家がどんなに周囲に影響力を持っているかということなど、どうでもいいと思っていた。実際、むしろ彼女には、ドラコ自身をも含めたマルフォイ家を憎むべき立派な理由があった。彼女がこちらに恋愛感情を持ち始めているのではないかと思ったことは、ただ一度しかなかったが、そのときも彼女はそれを知ると、面と向かって笑い飛ばしてきた。


 彼女が図書館の奥に向かって歩いてくるのを、ドラコは観察していた。突然、彼女は顔を上げ、ドラコと目を合わせた。そして、微笑んだ。あの、今ではもう見慣れてしまった、好奇心満々で何やらたくらんでいるような、いたずらっぽい笑顔。彼女はスリザリンに組分けされてたとしてもおかしくなかったんだ――笑みを返しながら、ドラコは考えた。狡猾さなら、彼女は充分に持ち合わせている。ただ残念ながら、くだらない一抹の道義心というやつがあるために、彼女はドラコと同じ寮でやっていくほどには冷酷になれないだろう。


 やがて彼女の姿は、棚の向こう側に隠れて見えなくなった。ドラコは眉をひそめた。言葉を交わすようになって以来ずっと、彼女は決して、一度たりとも、自分のほうからドラコのところにやって来たことがなかった。歩み寄るのは、いつもドラコのほうだ。休暇の前にあのくだらない言い争いをしたとき(いや違うな、とドラコは、柄にもなく素直に考え直した。ドラコが癇癪を起こして彼女に当り散らしたのだ)、ドラコは彼女が無理からぬ憤慨にかられて詰め寄ってきて、謝罪あるいは事情説明、もしくはその両方を要求するに違いないと思っていた。しかし、そうはならなかった。そうする代わりに、彼女は図書館に来なくなった。休暇が終わったあとの彼女は、腹立たしいほどに自己満足した表情だった。乙にすまして自分に自信を持っているようすだった。そのときも彼女は、自分からドラコのところには来なかった。忌々しいコーヒーショップ店員のアドバイスのせいだ。そして最近の彼女は、しょっちゅうそいつのことを考えてため息をついているような気がする。


 一ヶ月近くが過ぎた頃にようやく、ドラコは彼女に歩み寄った。別に大騒ぎするほどのことではない。まともな会話の相手に飢えるあまり、どうにかなりそうだったのだ。一番小さいウィーズリーと一緒に笑ったり冗談を言ったりする日々にすっかり馴染んでしまっていた。そしてドラコは、自分が欲しいものを諦めるような性分でもないし、そういうふうに育てられてもこなかったということを、誰よりもまず自分で分かっている。


 しかし最近は、この状況が苛立ちの種となっていた。ぼくはここに座っているじゃないか、すぐ目の前に! 彼女はドラコの姿を認めても、あのいつもの笑顔を見せる以外は、完全に彼の存在を無視しているのだ! あの馬鹿兄が、とうとう彼女を説得することに成功したのか? ロン・ウィーズリーが妹に向かって、ドラコを避けるようにと命じている姿を想像すると、胸の奥から怒りが湧き起こってきた。ちくしょう、こんなこと我慢できるか。


 図書館にウィーズリーが来ても無視してやるんだと決めていたにもかかわらず、ドラコは目を通している最中だった文献をバッグに押し込み、知らず知らずのうちに立ち上がって、彼女が歩いていったほうに向かっていた。


 彼が近づくと、ジニーは顔を上げた。微笑んで、彼女はクッションの効いた椅子の上で場所を詰め、自分の隣の席をぽんぽんと叩いた。


「じゃあ、結局もう宿題はやらないことにしたのね?」


「いつからぼくが、図書館で宿題をするようになった?」
 ほとんど唸るような声での、返答だった。


「何を苛々してるの、マルフォイ?」
 ジニーはにこやかに応じた。


 マルフォイはジニーの知り合いのなかでは、決して一番理性的とは言えない人物だった。彼が折に触れて、不明な理由で感情を爆発させることに、ジニーは慣れてしまっていた。大概、ジニーはそういう爆発を無視することにしていた。時には反撃したり、からかったりすることもあったが、多くの場合、わざわざそんなことをしても仕方がないと思っていた。ジニーはまだ、彼を見つめていた。彼は怒ったように顔をしかめているし、身体に力が入っている。何かが、彼の機嫌を損ねたのだ。それが何なのかを知りたいのかどうかは、正直言って、ジニー自身にも分からなかった。しかし次の瞬間、最初の唐突さと同じくらいのいきなりさで、彼の不機嫌さは溶け去っていったようだった。


「なあ、おチビ」
 彼は言った。
「いつかそのうち、きみを怖がらせてみせるからな。たとえ一生かかっても、きっときみを恐怖のあまり縮み上がらせてやるんだ!」


「おとといおいで、マルフォイ」
 ジニーは皮肉っぽく言い返した。
「カエル・チョコレート、食べる?」


 芝居がかったため息をついて、ドラコは差し出されたお菓子を受け取った。
「真正面から脅しつけても、無視されるんだからなあ。きみはぼくのプライドをずたずたにしているんだぞ、おチビ」


「ちょっと前には、わたしがあなたのプライドをどんなにくすぐっているかということを言ってたくせに」
 間髪容れず、ジニーは突っ込んだ。
「宿題やってるんじゃないなら、何やってたの?」


「別に。ちょっと文献を見ていただけだ。きみは?」


「本当は宿題をやらなくちゃいけないの」
 いたずらっぽい顔で、ジニーは白状した。
「でも、この本が目に留まって。休暇中に買ったんだけど、ようやく読み始める気になったの」


 官能的なイラストのついた表紙をちらりと見せてから、ジニーは読んでいたページを開きなおした。


「ああ、あのくだらない本屋で買ったのか? 例のロクデナシが働いている?」


 少女はいぶかしげな表情で、隣に座る容姿端麗な若者を見やった。
「今、なんて言った?」


「ぼくが言ったのはだな、きみはその本を、例のマヌケな馬鹿男がカウンターの向こうからきみに言い寄ってきたコーヒーショップで買ったのか、ということだ」


 ジニーは思わず、髪の生え際まで行くんじゃないかというほど眉を上げた。あり得ないことだと分かってはいるのだけれど、実際のところ、マルフォイの物言いは、まるで嫉妬しているみたいだ。小さく笑って、ジニーは自分の胸に手を当て、ドラコの声真似を試みた。


「なんなんだよ、今の表情はなんだ? マルフォイ」


「どんな表情だよ?」
 ドラコが尋ねた。


 ジニーは耐え切れず、クスクス笑い出した。
「あ、"ああ、ジニー……" みたいな。あ、あんな目で見られたのは、初めてだったぞ!」


「なんだって!?」


 ドラコがあまりにもすごい勢いで立ち上がったので、彼のカバンが吹っ飛んで、入っていた文献が床に散らばった。ジニーは必死で笑い声を抑えようとしていたが、彼の表情が可笑しすぎたため、苦しくてたまらなかった。


「ああ、すごいわ。気分いい!」
 ドラコが文献を拾い集めるために膝をつくと、ジニーは我慢しきれずに言った。
「ほんとにもう、マルフォイったら! わたし、あのことについては、いつか仕返しをしてやろうと思ってずっと狙ってたの! 最高!」


 ドラコは眉間に皺を寄せてジニーを見上げた。少女は笑うのをこらえようとして、今にもはじけそうになっている。しかしとうとう、ドラコにもこの状況の滑稽さが理解できた。不機嫌そうに鼻を鳴らして、ドラコは言った。
「ああ、そうだな。きみに楽しんでもらえたなら本望さ、ウィーズリー」


 ジニーはようやくクスクス笑いを押さえ込み、ぴょんとしゃがんでドラコが文献を集めるのを手伝った。ドラコが最後の一枚をバッグに押し込んでいると、彼女はドラコの腕に片手を置いた。彼女が突然見せた厳粛な表情に、ドラコは何事かと首をかしげた。


「ねえ、マルフォイ」
 静かな声で、彼女は言った。
「心配しなくていいのよ。わたし、あなたに甘ったるい気持ちを抱いたりはしないから。ね? あなたと一緒にいるのは好きよ。でも恋愛?」
 肩をすくめると、彼女はふたたびにっこり笑った。
「大体、わたし "うざったい追っかけの子たち" の仲間入りなんてしたくないもの。分かるでしょ?」


 ドラコは、自分の腕に置かれた彼女の手を見下ろした。その瞬間、軽はずみなことを言ってしまったと考えていた。









緑の目をした……
"green with envy"(直訳すると「妬ましさで緑色」)などという
慣用句があるくらいで、英語圏の緑色は嫉妬の色なのです。

エリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』
新潮文庫から邦訳が出ています。すみません、一応、本をざっと見たのですが、
ここでの引用文がどこに載ってる言葉なのか分からなかった。訳文はネットで
探しました。いつか余裕ができたら、きちんと読み直して確認します。

パム・ティリス (Pam Tillis)
カントリー・シンガー。"Cleopatra, Queen of Denial" という
曲の歌詞は、ネットを検索すると出てきますが、要約するならば、彼氏にどんなに
ひどい扱いを受けたり浮気をされたりしても
「だって彼は本当はそんなつもりじゃないのよ、本当は私を愛してるのよ」
と 現実を否定しまくりつつ、心のどっかでそれが嘘だと分かってしまっている
女の子の歌、かな。