2005/5/27
Chance Encounters (5)

コーヒー、紅茶、それともわたし
Coffee, Tea or Me


Davesmom
(translation by Nessa F.)

どう見ても、コーヒーは苦いものであり、その味は禁じられた危険な領域に由来するものだ。

―― ダイアン・アッカーマン




 ジニー・ウィーズリーは、ジョージとフレッドのいたずら専門店から道を渡ってすぐのところにある、書店に併設されたコーヒーショップで、いつもの席に座っていた。ホグワーツに戻る日まであと二日。正直、双子の兄たちと過ごした休暇は、予想の半分も悪くなかった。ずっと食事の支度をやらされてはきたけれど、実際のところ、きっと離れてしまえば寂しくなるだろう。少なくとも双子は後片付けはしてくれたし、買い物だって一緒に行ってくれた。こっちに来る前の週に、マルフォイに向かってぼやいたほどの、ひどい休暇ではなかったと言えそうだ。


 ため息をついて、ジニーは湯気を立てているコーヒー・カップを持ち上げた。これはシナモンとココアとバニラのフレーバーのスペシャル・ブレンドで、ふわふわのホイップ・クリームがたっぷり浮かべてある。そもそもは、通りのほかの店のほとんどが閉まってしまう夕方からここで働いている、若い男性店員のおすすめで飲み始めたものだ。ここには、ある日ジョージとフレッドの手伝いが終わったあと、誘い込まれるように足を踏み入れたのだった。延々と並ぶ本の山や書棚の列と同じくらい、寒々とした外の通りに漂い出てきていた、すばらしい芳香にも魅せられて。氷の入ったドリンクや冷たいお茶から、火傷しそうに熱いホット・チョコレートやコーヒーまで、注文できる飲み物の種類の豊富さに、ジニーはすっかり圧倒された。


 カウンターの向こうの青年はジニーを一瞥して、経験則からこの子は熱くて甘いチョコレートがお好みだろうと見当をつけたのだった。ジニーはこの子供っぽい嗜好と、実はコーヒーは苦くてちょっと飲みにくいと思っていることを白状した。微笑みながら、青年は作業に取りかかった。出てきた飲み物はチョコレートではなかったが、ココア・フレーバーだからきっと気に入るよ、と彼は少女に告げた。そして実際、ジニーはそれが気に入って、その後はそれ以外のものを飲む気がなくなってしまったのだった。


 今ではジニーはすっかりこのコーヒーのとりこになっており、ジョージとフレッドからアルバイト料が出たら、小さなカップ一杯分用のドリップ式コーヒー・メーカーと、このスペシャル・ブレンドを数袋、買えないものかしらと考えていた。


 熱々の甘いコーヒーを注意深くすすりながら、ジニーは読んでいた小説に意識を集中しようとした。でも、それは難しかった。あと二日でホグワーツに戻るという今になっても、ジニーはまだマルフォイとの言い争いを思い返すと、嫌な気持ちになるのだった。まあ、あれは "言い争い" とも言えないけど。だって、言い争いというのは、相手がいてこそ成立するものだ。しかしあのときは、マルフォイが一方的に爆発してジニーに当たってきただけだ。そしてそれ以来、彼は話しかけてこなくなった。残念なことではあった。なぜなら、ジニーはあの嫌味で高慢なロクデナシのことを、けっこう好きになってきていたからだ。もちろん、ロマンティックな意味ではなくて。でも一緒にいると楽しかったし、せっかく築いてきた関係が、こんなにもあっけなく一瞬で崩れ去ってしまったと思うのは、悲しかった。


「ねえ、そんなふうに顔をしかめているのは、よくないよ」
 うしろから肩越しに、かんじのいい声がかけられた。


「どうしてわたしが顔をしかめてるって分かるの?」
 振り返って、背後に立っている店員を見ながら、ジニーは尋ねた。


 彼はにっこり笑って、ジニーと同じテーブルに着いた。ほかに客がいないとき、彼はよくこんなふうにジニーのところに来るのだった。そしてジニーは、おそらく四歳か五歳は年長だろうと思われるこの青年との会話を、楽しく感じるようになっていた。


「きみ、本を読み始める前にいつも、顔をしかめているもの。嫌な思い出でもあるの?」


 ジニーは、青年の地味だけれど人のよさそうな顔から目をそらして、肩をすくめた。


「なんてことはないの、ボブ。単に、ともだ――知り合いのことを考えてただけ。学期が終わる前に、仲違いみたいなことになっちゃって」


 ちらりと視線を戻すと、ボブのよく動く眉毛が、上にあがるのが見えた。
「彼氏とケンカ?」


 ジニーは微笑んだ。
「いいえ、彼氏じゃない。いくらわたしでも、そこまでお馬鹿じゃないわ。でも、友達のつもりではいたの」


 腕を伸ばして、軽くジニーの手を握ると、ボブは言った。
「じゃあ、そいつとは友達でさえなかったと?」


「多分ね。ちょっとした意見の食い違いがあって、それ以来、話しかけてこなくなったの。わたし、友達になったつもりでいたけど、きっと友達というよりは気晴らしの対象だったのね。暇つぶしの手段」


 青年が憤懣やるかたないといった表情になったので、ジニーはくすっと笑った。
「変な意味で言ったんじゃないのよ。わたしたち、お喋りしかしてないんだから。言い争いもしたけど、それが楽しかったの。分かるでしょ? 彼はわたしをからかってきて、わたしも彼をからかい返して。でも一回だけ真面目な話になったら、なんていうか滅茶苦茶になっちゃったの」


 二人は束の間、ただ黙って座っていたが、やがて青年が口を開いた。
「明日、発つの?」


「明後日。でも明日は、兄さんたちが本格的なディナーに連れて行ってくれるんですって。二週間ずっとコンロの前で奴隷みたいに働かせた罪滅ぼしのつもりらしいわ」


 ジニーは笑顔で答えたが、この新しい友人は、あまり嬉しそうな顔ではなかった。
「何? どうしたの?」


「なんでもないんだ」
 そう言うと、彼は立ち上がって、ちょうど店内に入ってきた客の相手をしに行った。


 ジニーは少しのあいだ彼を見つめてから、読書に戻った。


 しばらく経って、ジニーはカップの底に残ったコーヒーを飲み干し、本を閉じた。帰る時間だ。ジニーが立ち上がると、ボブが急いで近づいてきた。彼はジニーの手をとり、しっかりと握った。


「ねえ、ぼくが考えていたのは、こういうことなんだ、ジニーガール」
 前置きもなしに言う。ジニーガールというのは、初めて会った日に彼がジニーに付けたあだ名だった。
「ぼくはきみより歳も食ってるし、ホグワーツのような名門校の出身でもない。でも、きみが好きなんだ。すごくね! きみがいなくなってしまう前に、伝えておきたかった」


 ジニーは驚いて、彼の素朴な顔を見上げた。わたしを好き? 今まで、ひとことも言わなかったじゃないの。
「顔を合わせる最後の日になって言うなんて、どうして?」
 自分の指とボブの指を絡ませながら、ジニーは尋ねた。


 彼はびっくりした顔になった。
「じゃあ、嫌じゃないのかい? きみみたいな可愛い女の子が、ぼくみたいな見た目も何もよくない男にこんなこと言われて?」


 手を引っ込めて、ジニーは眉をひそめた。
「そういうことなら、話は別だわ」
 ぴしゃりと言う。
「さっきは、わたしの見た目が好きだなんて言わなかったじゃない。中身を好きになってくれたんだと思ったのに」


「ああ、ジニーガール。怒らないで」
 ボブは懇願した。
「もちろん、好きになったのはきみそのものだよ。ただ、きみにとっては問題外だろうと思ってたから」


「ボブ」
 ジニーはふたたび彼の手を取って言った。
「わたしも、あなたが好きよ。それは、見た目とはなんの関係もないことなの! あなたはわたしのことを、単なるお客さんじゃなくて、ひとりの人間として扱ってくれた。わたしがひどい毎日だとめそめそするのを聞いててくれた。友達になってくれた。どうして、好きじゃないはずがある? そりゃ、わたしたち、そんなに互いのことをよく知ってるわけじゃないけど。でもやっぱり、好きよ」


 すると彼は、微笑んだ。笑みの浮かんだ彼の顔は明るく輝いて、もう素朴にも地味にも見えなかった。ためらいがちに身を乗り出して、彼は言った。
「きみはめそめそなんか、一度もしてなかったよ、ジニーガール。それにぼくは、きみの話を聞くのが好きなんだ。きみの考えでは、ぼくたちはお別れのキスをする程度には、互いのことをよく知っているかな?」


 ジニーも微笑んで、うなずいた。
「軽いキスをするくらいには、互いのことをよく知ってると思うわ」


 幸い、店内にはほかに誰もいなかった。ボブは頭を傾けて、ジニーと唇を触れ合わせた。ジニーは背伸びをして唇を押し付けた。彼のキスは、なんてかんじがいいんだろうと思いながら。一瞬ののちに、彼は背筋を伸ばした。目を開いて、ジニーは彼に微笑みかけた。突然、ボブの表情はとても深刻そうなものになっていた。それを見たジニーは、自分の歯磨き粉かデオドラント剤が効いていなかったのだろうかと思ってしまった。


「もう、会えない」
 そう言ったボブの声には、奇妙な響きがあった。


「少なくとも夏休みまでは会えないわね」
 ジニーは同意した。


「夏にはもう、ぼくはここにいないんだ。きみは、特別な女の子なんだよ、ジニー・ウィーズリー。もしさっき言ってた学校のロクデナシにそれが理解できないなら、そいつはみすみす損をしているんだ。それだけは、忘れないで」


 暗くて寒い小道を双子の住居に向かって歩きながら、ジニーは二つのことに気付いていた。まず一つには、ボブは正しいということ。マルフォイが、ふたりの友情の大切さを理解できないというなら、それは彼のほうにとって、ものすごい損失なのだ。二つ目は、一つ目よりも面白くないことだった。薬草学の宿題を、まだ全然やってない。









タイトル "Coffee, Tea or Me"
Coffee、Tea、Me と韻を踏んだ定番フレーズ。これが使われた例で一番有名なのは、
1970年代初頭にアメリカでベストセラーになった、スチュワーデス2名の体験記の
体裁をとった同名タイトル本ではないかと思う。

ダイアン・アッカーマン (Diane Ackerman)
詩人・作家・ナチュラリスト。冒頭の引用句は、著書
"A Natural History of the Senses (邦訳『感覚の博物誌』河出書房新社)"より