2005/05/20
Chance Encounters (4)

現実の人生とはなんの関係も
Nothing to Do with Real Life


Davesmom
(translation by Nessa F.)

人生とは、自分が立てた計画に反して起こってしまう出来事のこと。

―― 出典不明




「わたしが読んでるようなお話は、現実の人生とはなんの関係もないって、あなた言ったわよね、マルフォイ?」


 ジニー・ウィーズリーは窓際に並ぶビロード張りの椅子の一つに陣取って、ひんやりとした石の壁に背中をつけ、小柄な身体をクッションにもたせかけてくつろいでいた。今日は、炎のような長い髪をいつものようにうしろで三つ編みにしたあと、さらにクリスマス・シーズンにちなんで緑と赤のリボンを結んである。片手に分厚いロマンス小説を持ったまま、もう片方の手は近くの本棚にもたれている長身の容姿端麗なブロンドの少年のほうを指していた。


「ああ、言ったさ、ウィーズリー。まだそんなクズ本で脳味噌を腐らせているなんて、信じられないよ。そもそも、どこがいいんだ?」


 彼は笑みを浮かべながら(正確に言えば嘲笑しながら)、クィディッチ・マニアのための専門紙『季刊クィディッチ』の最新号をパラパラとめくった。


 珍しく、ジニーはこの侮辱の言葉に反応しなかった。そのままぼんやりと、目の前のページを見つめている。いつものような快活さもなく、マルフォイと一緒のときにちょくちょく浮かべている、いたずらっぽい笑顔も見られなかった。今のジニーは、沈痛な面持ちをしていた。しばらく経っても返答がないのに気付いて、ドラコは新聞をたたんで小脇に抱え、ジニーの傍らにやってきた。


「まったく。吐けよ、おチビ。何があった?」


「どういう意味? 何もないわ」
 目を合わせないようにしながら、ジニーは答えた。


 ジニーの手から本をもぎとると、ドラコはそれを閉じてジニーの隣の席にぽいっと投げた。場所を開けるように手振りで指示すると、彼はジニーと膝を並べて座り、じろりと彼女の顔を見た。


「聞けよ、おチビ。きみがぼくと言い争いをするチャンスを逃したことなんか、今まで一度もなかったじゃないか。その手のトンデモ本のどこがいいのかなんて尋ねられようものなら、いつだって生意気な言葉で言い返してくるくせに。つまりだ、ぼくがそれをクズ本と呼んでも反撃してこないというのは、何かがおかしいんだ。それがなんなのかが知りたいだけさ。また薬草学のテストの点数が悪かったか?」


 ジニーはため息をついた。膝を曲げて胸元に引き寄せ、両腕で抱え込む。顎を膝に乗せて、彼女はふたたびしかめ面になった。


「いい格好だな、おチビ」
 手を伸ばしてジニーの肩の上に垂れ下がっている三つ編みを引っ張ろうとしながら、ドラコは言った。
「十歳の子供みたいだ。それに、ずっとそんなしかめ面でいたら、そのまま固まってしまうぞ」


 それでも返答があるまでに間が空いたため、ドラコはいつもなら騒々しいこの少女がこんなに静かだなんて、いったいどうなっているんだろうかと、いぶかった。やがてとうとう、彼女は頭を上げた。


「あなたにとって、現実の人生って何、マルフォイ? 愛してるって伝えるときに相手の女の子の首を折っちゃうこと以外で。家での生活って、どんなかんじ? たとえば、やりたいことがあるんだけど、お父さんもお母さんも到底……意味ないわね。忘れて。あなたじゃ、この手の話でだって普通の人みたいな答えは期待できないもの」


 ドラコは瞬時にして眉を上げた。二人が "個人的" な事柄に踏み込んで語り合うことは、これまでめったになかったし、この特定の話題に関しては、あらゆるところに地雷が埋まっていることが明らかだった。今のを聞いたかぎりでは、話が金銭的なことになっていく確率は非常に高い。ドラコは咳払いをした。


「ふむ。しかしだな、ウィーズリー。ぼくは今まで一度だって、自分が "普通" だなんて主張したことはなかったぞ」
 度が過ぎるほどの横柄な声音で、ドラコは言った。
「ぼくは普通なんてものは超越しようと努力している。非凡でいたいんだ」


 ジニーの唇の端がほんのわずかだけ、ぴくりと動いたのを見て、ドラコは言葉を続けた。
「大体だな、ぼくたち二人が抱えている問題は、けっこう似たり寄ったりなんじゃないかと思うぞ。新しい箒が欲しいと思ったって、父はすでに一本あるんだからこれ以上は要らないだろうと聞く耳持たない。ケーキをもう一切れ食べたくたって、病気になるからと母に止められる。うちの両親もケンカをする。よその親と同じだ。ケンカの内容は違うかもしれないがな。父と母は口論をして、母は物を投げる。時々ぼくは、両親を怒鳴りつけたくてたまらなくなる。きみのところはどうだ?」


 このショッキングなほど個人的な打ち明け話に、ジニーは思わず顔を上げて聞き入っていた。マルフォイが、自らの人生を絵に描いたような完璧なものではないと本当に認めるとは、想像もしたことがなかったのだ。驚愕をいったん脇に置いて、ジニーは答えた。
「そうね、ママは物を投げたりはしないけど、木のスプーンを振り回すのはすごく得意よ」


 ドラコはニヤリとした。これでさっきよりはマシだ。実際には、何かをもう一つ欲しいと言って両親から反対されたことは一度もなかったが、父と母がケンカをするのは本当だった。そして、そのいさかいがおそろしく激しいものになったことだって、何度もあった。ウィーズリー家の末っ子にそんな打ち明け話をするつもりはなかったのだが、とにかく少なくとも今の彼女は、みじめったらしいガキンチョのようではなくなっている。


「さあ、おチビ」
 ドラコは、けしかけるように言った。
「いったいどうした?」


 ジニーは舌打ちをした。
「今思えば、すごく子供っぽいことなの」
 ためらいがちに言う。


「何を今更?」


「あなたって、ほんとに嫌なやつね。自分でもそう思わない?」


「きみにはいつも言われているな。で、いったいどうした?」


 呆れたように目を一回ぐるっとさせて、とうとうジニーは口を開いた。
「ほんとにしつこくて嫌なやつね。冬休み中のことを考えてたの。ママとパパはチャーリーに会いにいく予定だし、ロンはハーマイオニーの家族に招待されてどこかのリゾート地で過ごすんですって。でもわたしは、休暇のあいだじゅうロンドンでジョージやフレッドと一緒にいなくちゃいけないの」


 ドラコは肩をすくめた。
「それのどこが嫌なんだよ? 学校に居残るわけじゃないんだろ?」


 半目になって、ジニーは問いかけた。
「あなた、自分宛てのプレゼントが全部いきなり目の前で爆発しちゃったことある? あの双子が食事に出してくる、食べられたものじゃない滅茶苦茶な代物を、いっぺん口に入れてみなさいよ。結局、食事の支度はずーっとわたしの担当になるわ。おまけに、歯磨き粉のチューブやデオドラント剤の缶から何が出てくるかも分かったもんじゃないってことは、言うまでもないわ。きっと毎日が悪夢よ!」


 突然、ドラコは可哀想に思う気持ちが湧き起こる一方で、少々不愉快な気持ちにもなった。あの苛立たしいロクでもない兄貴たちと休暇を過ごさなくてはならないのは気の毒だが、少なくともクリスマスを一緒に過ごす家族はいるってことじゃないか。
「そうかい、おチビ。だったら、ずっとこっちにいればいいんだ」
 自分で意図したよりもずっときつい口調で、ドラコは言った。それから少し声を和らげて、付け加える。
「魔法雪合戦の攻撃対象は、増えても困らないからな」


 ジニーは鼻を鳴らした。
「魅力的なお誘いではあるんだけどね、マルフォイ。辞退せざるを得ないわ。すでに両親から、休暇中は双子のお店を手伝って自分のお小遣いを稼ぎなさいって命令されちゃってるの。まったく不公平よ!」


 額を膝につけていたジニーは、耳に入ってきたマルフォイの刺々しい声にびっくりした。


「なんでもっと大人になれないんだよ、ウィーズリー? 人生は本とは違う。人生は不公平なものなんだ! きみのくだらない本の馬鹿馬鹿しい貧弱な筋書きは、現実の人間には百年待ったって起こらないようなことばかりだ。現実の人生じゃないんだ。現実っていうのは、息子のことよりもマニキュアの具合のほうを気にするような母親だ。世界中の物を何だって買えるつもりでいるくせに、政治的なメリットでもないかぎり子供をスポーツ観戦に連れて行く気にもならない父親だ。自分が死のうが生きようが、気にも留めないような家族に囲まれて生きること、それが現実さ! きみは自分が大変だと思っているんだろう!」
 ドラコはじりじりとジニーににじり寄って、鼻と鼻が触れ合いそうになるくらいまで顔を近づけた。
「隔離病棟かなんかに送り込まれるわけじゃない、そうだろ? きみのことを大事に思っている兄貴たちとクリスマスを一緒に過ごすんだ。プレゼントが爆発するくらい、魔法のかかったキャンディを食わされるくらい、なんだっていうんだよ? 少なくとも、真夜中にきみに何かが起こったら、彼らはすぐに駆けつけてきてくれるって分かっているんだろう。生まれつきの変人どもが日夜関係なく訪ねてきては、きみの兄貴たちにどこかの哀れな薄汚い人間を爆発させて来いと命令したりするわけでもないよな? ちくしょう、きみみたいなやつらを見ていると反吐が出そうだ。くそ忌々しいほどに恵まれているくせに、自分がいかに可哀想かなんてことをめそめそと! あのな、ウィーズリー? どこかほかへ行って、もっと関心を持ってくれるやつに聞いてもらえ」


 喋り方は静かだったが、言葉はほとんど吐き出すように紡がれていた。ひとこと聞くたびにジニーは少しずつうしろにずり下がって、今ではもう部屋の隅で身をすくませていた。いきなり、ドラコは背筋を伸ばした。突然、その顔から表情が消えた。それ以上は何も言わず、彼は立ち上がって、図書館から出て行った。


 ジニーはきつく唇を噛んだ。そうしなければ、赤ちゃんみたいに泣きじゃくってしまいそうだったから。問題は、自分のために泣きたいのか、それともマルフォイのために泣きたいのかが、定かではないことだった。どっちでも関係ない、と判断して、ジニーはこぶしで目をぬぐい、本を手に取った。その忌々しい本を自分が逆さまに持っているということに気付いたのは、10分が経過してからだった。









訳注:「木のスプーンを振り回すのはすごく得意よ」
「貧乏な家に生まれる」ことを「木のスプーンを咥えて生まれる
(born with a wooden spoon in one's mouth)」と表現する慣用句があるので、
微妙にダブルミーニング? な雰囲気の台詞ではあります。