2005/5/13
Chance Encounters (3)

皮一重
Skin Deep


Davesmom
(translation by Nessa F.)

人間って、底が浅いんだ。ほとんどの人は、まだ子供用のプールにいるみたいなもんだよ。ぼくは少なくとも、1メートル20センチの辺りにいるけど、ほら、たとえばガンジーみたいな、6メートルのダイビング・エリア級の人には、到底かなわないな。

―― David Felix


人を惹きつけるのは外見。惹きつけ続けるのは人柄。

―― Kelly Felix、またの名を Davesmom




 ジニー・ウィーズリーはホッと一息ついて教科書を閉じた。薬草学は大嫌いな科目で、今までいい点を取れたことは一度もない。最近は段々よくなってきてはいるが、それにはとんでもなく奇怪な理由があった。嘘みたいな本当の話、ドラコ・マルフォイがジニーを手伝ってくれているのだ。バッグに教科書を片付けると、ジニーは現在読書中のロマンス小説を引っ張り出し、ゆったりと椅子の背もたれに身体をあずけて読みはじめた。


 この本も、ほかのと同じように嘘っぽくて、笑えるくらい予想どおりの展開だったけれど、それでもジニーは気に入っていた。ロマンティックなシーンもよく書けている。読んでいると息がはずんで暖かくぞくぞくするような気分になれる。ありきたりな筋書きにもかかわらず、とにかく夢中にさせる何かがあるようだった。事実、数分後にふと机の向かい側に誰かが座っている気配を感じたときには、すでにすっかり物語に引き込まれてしまっていたのだった。


 まだ美形なヒーローとキスしている真っ最中のヒロインのことを考えながら、ジニーはちょっとばかりうるうるとした目を上げて、本の登場人物に負けないくらい美形な少年の皮肉っぽい笑顔と向き合った。


 真正面でふんぞり返っている少年には今ひとつ意識の焦点が合っていないまま、ジニーは微笑んだ。対する少年のほうはパニックした表情になって、がばっと机から身体を引き離した。これに気付いたジニーは突如として現実に戻り、いぶかしげに相手のほうを見た。


「なあに? どうかしたの?」
 ジニーは問いかけた。


「なんなんだよ、今のは? ウィーズリー」
 ドラコ・マルフォイは慌てた口調で言った。
「今の表情はなんだ?」


 ジニーは眉をひそめた。
「どんな表情?」


 ドラコは胡散臭そうな目つきでジニーを見ながら、身を乗り出した。
「夢見るような目つきで、"ああ、ドラコ……" みたいな! きみにあんな目で見られたのは初めてだったぞ!」


 ジニーは眉を上げた。笑ってよいものやら怒ってよいものやら、という気分だった。


「"ああ、ドラコ" みたいな表情? 嘘でしょ、マルフォイ。うぬぼれないでよ!」


 ドラコの表情が恐慌から憤慨に変わっていくのを見ているうちに、ムッとした気持ちよりも愉快な気持ちのほうが強くなってきた。こみ上げる可笑しさをもはや抑えることができなくなって、ジニーはクスクスと笑った。怒りにかられたスリザリン生が睨みつけると、さらに激しく笑いはじめた。


「うぬぼれるなって、どういう意味だよ? ぼくが魅力的じゃないとは言わないだろ、ウィーズリー? ぼくの魅力については、きみだって認めていたじゃないか、それも何度か!」


 これは可笑しすぎる! 噴き出したジニーは、目から涙をぬぐって必死に平静さを取り戻そうとしながら、途切れ途切れに言った。
「そうね! そ、そう、あなたの一族って、みんな、け、謙虚よね、マ、マルフォイ! あなたの、い、言うとおりよ!」


 ドラコはますます憤りをつのらせてきているようだった。彼は立ち上がって、またしても壮絶なしかめ面でジニーを見た。


「そうかい、ウィーズリー」
 吐き捨てるように言う。
「別に、ここに座ってきみがジャッカルみたいにキーキー笑っているのを聞いてる必要はないんだ。もっと有意義なことをしにいくよ」


 ジニーはようやく笑いを鎮めた。慌てて立ち上がり、ドラコにもう一度着席するよう、手振りで促す。


「やあね、マルフォイ」
 まだ少しだけクスクスと笑いながら言った。
「そんなに怒ることないって! まあ座れば!」


 ドラコはもう一度ジニーを睨みつけたが、腰を下ろした。ジニーはホッとした。なぜなら、悪名の高さと校内の大半の人に対する態度の悪さにもかかわらず、ジニーは彼のことを好ましく思っていたからだ。多分それは、あの才気あふれるジョークをパンジー・パーキンソンに対して仕掛けた経験を、ふたりが共有しているせいだろうとジニーは考えていた。本当のところ、パンジーは逆上しているとき以外は、別にパグ犬顔ではないのだけれど。しかしそうは言っても、非常にうぬぼれやで陰険なパンジーのことは、ほとんどみんなが嫌っている。流れた涙をぬぐいつつ、ジニーもふたたび席に着いた。


「じゃあ、聞いて、マルフォイ」
 ようやく、ジニーは言った。
「まず、わたしがあなたに気があると思ったからって、パニックする必要はないでしょ。実際は、そんな気ないんだけどね。たしかにわたしは貧相なチビのグリフィンドール生かもしれないけど、だからって死んだほうがマシなほどの不運だ、みたいな態度ってどうなのよ。それからもう一つ。わたしは、あなたの見た目がいいとは言ったけど、魅力的だとは言ってないわ。この二つは違うの」


 ドラコは、懐疑的なまなざしを向けてきた。
「その、きみを侮辱するつもりはなかったんだ、ウィーズリー。そういうつもりなら、ぼくの場合もっと直截的な表現をするということは、きみも承知しているはずだ。でも見た目がいいのと魅力的なのとは、単に紙一重の問題だろ」


 ジニーは楽しげな表情になって言った。
「あら、わたしが女の子だから、あなたの完璧な容姿の魔力に屈するべきだというわけ? ねえ、世の中には人柄を重視する人間だっているのよ」


 ドラコはどうやら、いつもの傲慢さを取り戻したようだった。ニヤリと笑って言う。
「ものすごく多くは、いないね。きみが嘘をついているんじゃないことを祈るよ。うざったい追っかけの子たちを撃退するのには、すっかりうんざりしているんだ」


 ジニーは呆れたように目をぐるっと動かした。
「そうね。もしも、あなたが普段からうぬぼれやで高慢ちきなつまらない馬鹿男だってことを知ってなければ、やられちゃったかもしれないということは認めるわ、あなたの……"魅力"ってやつ? にね」
 その声音はかなり馬鹿にしたような調子を含んでおり、それと同時に、ジニーがドラコの魅力というものに、どちらかというと疑問を抱いているということも、はっきりと示していた。


 ドラコは片方の眉を上げた。
「要するにおチビ、きみが言いたいのは、世の中のすべての思春期の女性がどうであろうと、自分は好きになる男を外見よりも人格で選ぶ、ということか? 一途な仔犬みたいにポッターのあとを追いまわしていた頃も、あいつのことをそれほど深く知ってたってわけなんだな?」


 ハリー・ポッターを相手にたわいない片思いをしていた過去への言及を、ジニーは鼻であしらった。
「わたしはあなたとは違うの。自分がいつだって完璧だったなんて言わない。少なくとも自分の過去の間違いは認めてる。これ以上言うのは、ある人が可哀想だから、やめておくわ。名指しはしないけど、その人たまたま今、わたしの目の前に座ってるのよね」


 これを聞いたドラコは、笑みを浮かべた。この意外なほど頭の切れるグリフィンドール生と過ごす時間を、彼はたしかに楽しんでいた。決して他人に向かって認めることはしないだろうけれど、大抵いつも、この少女となら気を張ることなく過ごしていられた。彼女の側に、馬鹿げた青臭い恋愛感情を持ち込んでこの関係をぶち壊しにする気がないと分かって、彼はホッとしていた。


「でも、たとえばすごく性格はいいけど地味な男がきみの気を引こうとしてきたら、きみはそいつをあっさり追い払ったりはしないと言えるか?」
 ドラコは挑発するように言った。


 ジニーは唇を噛んだ。
「そうね、多分、そんなことはしないと思う。でも、実際その場になってみないと分からないことって、あると思うの。そうでしょ? つまり、少なくともその男の子に、わたしなら一度はチャンスをあげるだろうと思いたいけど、人間って一般に底が浅いものよね。こういうのを愛読する女の人が多いのは、それも理由の一つじゃないかしら」


 ジニーは、さっき脇に置いた本を取り上げた。
「ヒーローもヒロインも、常に完璧なの。歯並びだってきれいだし、息が匂わないかとか体臭がしないかとか心配することもないし。現実逃避ではあるけど、基本的に害はないわ。現実の人生だと、首を締めてやりたいと思わずにすむ相手にめぐり合うだけでも充分大変。ましてや、自分が使ってる歯磨き粉の銘柄をバラしてもいいと思えるくらい親しくなれる相手なんて」


 肩をすくめて、ジニーはさらに付け加えた。
「あなたの首を締めようとは思ってないわ。あなたがわたしに対して、いかにも "スリザリン" 的なことを言ったり、自分が世界で一番偉いような態度を取ったりしないかぎりね。心配しなくていいのよ。わたし、あなたと話をするのが面白いと思うようになる前から、あなたがどんなに嫌なやつになれるかってことが分かってたし。いくらあなたがきれいな歯並びと素敵な髪の毛をしてたって、ロマンティックな気持ちになる可能性はあんまりなさそう。分かった?」


 ドラコは、ジニーの考えに、ほんのわずかながら、筋道の通らないところがあるのではないかと思っているような表情をしていた。小さく首を振る。
「えーと。一応、ありがとう、と言っておくよ」


 もっと座り心地がいいように、椅子に深く腰掛けなおすと、ドラコはバッグから新聞を引き出した。勢いよくそれを広げて、彼は言った。
「で、今度の決勝戦でハーピーズは勝てると思うか?」









冒頭の引用句の発言者として名前が入っている David Felix というのは、
このお話の作者 Davesmom さんの息子さん。