2005/5/6
Chance Encounters (2)

宿題
Homework


Davesmom
(translation by Nessa F.)

「で、おチビ」
 ドラコ・マルフォイは、赤毛の少女の背後から肩越しに覗き込んで話しかけた。
「今日は薬草学の授業でどこが分からなかったんだ?」


 ジニー・ウィーズリーはため息をついて、太い三つ編みの髪を背中のほうに払った。机の上には薬草学のノートと教科書が広げられていたが、宿題をやろうと広げた巻紙は、まばゆいほどに真っ白だった。


「全部って言ったらどうする?」
 ジニーは棘のある声で言い、椅子の上にもたれかかってきた背の高いブロンドの少年を見上げた。
「どうしてあなたは、あれがあんなに理解できるの、マルフォイ? 全然納得行かない!」


 ニヤニヤと笑いながら、ドラコはジニーの隣の椅子を引いて腰を下ろした。
「そんなの訊かなくたって分かるだろ、おチビ」
 流れるような口調で答える。
「ぼくは驚異的に頭脳明晰で、何をやっても優秀なのさ」
 ジニーのノートを引き寄せた彼は、それを見て嫌悪の表情を浮かべた。
「よくこんなのを読めるな? これじゃ分からなくても無理はない。自分の書いた字も判読できないんだろ!」


 ジニーはドラコを睨みつけて、ノートを自分のほうに引き戻した。
「ちゃんと問題なく読めるわよ。スプラウト先生の言いたいことがさっぱり分かんないだけ。それと、おチビって呼ぶの、やめてよ」


 ドラコは笑顔を向けて応えた。
「じゃあ、ちょっとそれ読みあげてみろよ、おチビ。説明できそうなら、してやるから」


 ジニーは、つい笑い返してしまった。数週間前にパンジー・パーキンソンを相手にささやかなジョークを仕掛けて以来、ジニーとドラコは平日の夜のほとんどを図書館で過ごしていた。特に待ち合わせているわけではない。時には、完全にお互いを無視している日もあった。しかし時には、ドラコがジニーのところにやってきて、冷やかしたり、からかったり、話しかけたりするのだった。そして先週、ジニーが薬草学の宿題に苦戦していることがバレてからは、ドラコはジニーに、彼のいるところで授業の復習をさせるようになったのだ。


 彼がジニーを "おチビ" と呼びはじめたのは、例の "パンジー事件" からしばらくしてのことだった。だって本当にチビガキみたいなふるまいをしてるじゃないか、というのがドラコの言い分だった。でも実際のところ、ジニーは気にしていなかった。ずっと苗字で呼ばれるよりは、断然マシだ。ジニーのほうは、やっぱり "マルフォイ" と呼びつづけていた。グリフィンドール生だけが習得できるらしい、あの侮蔑と諦め、そしてかなりのさげすみが混じった言い方で。ドラコは意外にもそれを機嫌よく受け入れ、この特定のスリザリン生とグリフィンドール生にかぎって言えば、両者のあいだには休戦協定が成立しているようだった。


 さて、ジニーは横にいる見目麗しい少年を見やって、ため息をついた。彼は優越感丸出しの態度を取るのが大好きだったが、薬草学の成績が並外れていいのも本当だった。そして、大概の場合、何がどうしてどうなるのかを、ジニーにも理解できるようにすべて説明してくれることができた。でも、だからってそんなにやたらといい気にならなくたっていいじゃない、そうよね?


 諦めの境地で小さく肩をすくめ、ジニーはさしあたりの疑問点を言ってみることにした。


「じゃあ言うわよ。キツネノテブクロが毒草だっていうのは分かったの。特に葉のところ。でもだったらどうして、いろんな解毒薬や治療薬の材料にも使われてるの? つまり、身体に害を与える薬の効果を消したり、心臓の悪い人に飲ませたりしてるでしょ。絶対、納得できない」


 ドラコは少しのあいだ考え込んだが、やがて笑みを浮かべた。


「分かった。じゃあこう考えてみるんだ。去年、クリスマスにきみは母親からファッジを送ってもらったな?」


 ジニーは顔をしかめた。覚えてる。去年、ファッジを朝食のときに大広間に持ち込んだら、まさに今ジニーの隣に座っているロクデナシに取り上げられて、返してもらえなかったのだ。つくづく、ひどい話だ。スリザリン寮に戻るなり、彼は巻き上げたお菓子を全部ゴミ箱に投げ込んだに違いないのに。


「ええ」
 ジニーは唸るように答えた。ここ数週間で初めて、心の底からこの相手に腹が立っていた。


「おいおい、ぼくの首をはねるつもりか。ファッジだろ。他人のいるところに持って出たのが間違いだ。とにかくだな、きみの母親が作るファッジは、今まで食べた中で、一番と言っていいくらい美味かった」


「あなた、あれほんとに食べたの?」


「当然だろ! どうすると思ったんだ?」


 ジニーは後ろめたい気持ちで目をそらした。
「ゴミ箱に捨てたんだろうと思ってた」


「あんな美味いファッジを無駄にしたりしないぞ」
 ドラコはたしなめるように言った。
「しかしだな、話を戻すと。ファッジは上等だった。でもぼくは、全部いっぺんに食べてしまった。あれほど気分が悪くなったのは、記憶にあるかぎり初めてだったぞ! つまりだ、ちょっとだけなら至上の喜びなんだが、食べ過ぎると身体には毒なんだ。同じだよ、キツネノテブクロと。細かく分けて薬になるところだけ、ほんの一部だけ使えば、有益なんだ。でも大量に使いすぎると、毒になる。分かったか」


 ジニーは眉間に皺を寄せた。こういうふうに説明されれば、ちゃんと納得が行く。どうして自分では、そんなふうに物事を結びつけることができないのだろう?


「おい、そんな顔でいると、そのまま固まってしまうぞ、おチビ」
 ジニーの表情を見ていたドラコは、感想を述べた。


「あら、だからってあなたが困るわけじゃないでしょ。わたしをいじめるネタがもう一つ増えるだけじゃないの?」


「そうだな。しかしぼくにも体面というものがある。押しつぶされたような顔のやつをいじめるなんて、沽券にかかわると思わないか? それと、あんまり薬草学のことは気にするなよ。スプラウトが、きみは前よりずっとよくなってきてると言ってた。じゃあ、またな、おチビ」


 ドラコは立ち上がると、太い三つ編みをぐいっと引っ張ってから、ジニーの胸元に垂れ下がるように肩越しに投げた。ジニーは反射的に抗議したが、彼は笑い飛ばしただけだった。


「あなたって、ロクデナシだわ。分かってる?」
 皮肉っぽく言ったジニーの顔は、微笑んでいた。


「分かってるさ。でもぼくは、容姿端麗、頭脳明晰、そして才能あるロクデナシだ」


 素っ気なくうなずいてから、彼は立ち去っていった。ジニーは首を振った。ふたたび宿題に意識を戻したジニーは、今となっては疑問がすっかり氷解していることに、驚嘆するばかりだった。苛々と三つ編みを元のように背中の側へと払いのけながら、ジニーは宿題に取りかかった。









キツネノテブクロ (Foxglove)
別名ジキタリス。ゴマノハグサ科。薬用植物だが、毒性がある。