2005/05/06
Chance Encounters (1)

たまたまのめぐりあい
Chance Encounters


Davesmom
(translation by Nessa F.)

「で、何を読んでいるんだ、ウィーズリー?」

 ジニー・ウィーズリーは読んでいた小説から顔をあげて、目の前に立ちふさがっているブロンドの少年を見た。図書館の窓際の席で、なかば壁にもたれるようになっていた姿勢を慌てて正し、ちらりと表紙を見せる。そして、ほかの男の子たちと同じような反応が返ってくるのを待った。


「『失われた愛の祈り』?」
 ドラコ・マルフォイは、せせら笑いの形に唇を歪めながら尋ねた。
「そんなくだらないロマンス小説で時間を無駄にしているのか?」


「好きなんだもん」
 ジニーは答えて、もう一度壁に身体をもたせかけ、ローブに付いていた小さな糸くずを払った。
「それに、ロマンス小説だからって、くだらないとはかぎらないでしょ」


 少年は鼻で笑い飛ばした。
「そりゃそうかもしれないさ。でも現実の人生とは、なんの関係もないだろ?」


 ジニーは図書館の中を見回した。こいつがちょっかいを出す相手として、どうしてよりにもよって、わたしが選ばれなくちゃいけないの。どうやら今この瞬間、室内にいるのは自分たちだけらしかったので、答えはおのずから明らかとなった。司書の姿さえ見当たらない。ため息をついて、あと数分は居心地の悪い思いをしなくてはならないだろうとジニーは覚悟を決めた。


「どういうこと?」
 ジニーは問いかけた。
「恋愛なら、みんなしょっちゅうしてるじゃない」


 さらにせせら笑いをして、ドラコは身をかがめ、ジニーの手から本を奪い取った。ジニーは敢えて抵抗しなかった。ひととおり無礼なことをまくしたてたら、こいつはわたしに本を返して、またぶらぶらと、別の通りすがりの人の邪魔をしに行くわ。マルフォイはいつも、そんなふうだから。そこでジニーは、胸の前で腕を組んで、そのまま待った。


 ドラコはしおりの挟んであったページを開いて、朗読しはじめた。



「もちろん、愛しているさ、プリシラ」ジェフリーは叫んだ。「永遠にきみを愛すよ。きみを幸せにするためなら、なんだってする。きみが求めるなら、世界を差し出すことさえ厭わない」



 ドラマチックに抑揚を付けて読みあげる。



プリシラはため息をついて、胸の前で両手を握り合わせた。押し寄せた幸福感は留まるところを知らず……



「呆れたもんだ、ウィーズリー。よくこんなのを普通に読めるな? 現実の人間が、こんな喋り方をするかよ! 吐きそうだ」


 ジニーは肩をすくめて、本を取り戻そうと手を伸ばした。意外にも、マルフォイはすんなりと本を返してきた。
「そんなこと別にどうでもいいの。とにかく好きなんだもん。それに大体ね、マルフォイ、恋人同士がどんな会話をしてるかなんて、どうして分かるの? あなた、恋したことある?」


 ドラコは目をぐるっと動かした。
「いいや。でもたとえ好きな子ができたって、いきなりエセ詩人になったりしないぞ。それにきみだって、どっかの男がきみに向かってこういうクサいセリフを吐きはじめたら、きっとその場で笑ってしまうに決まってる。そうじゃないか、ウィーズリー?」


「分からないわ」
 ジニーは正直に言った。
「わたしって、男の子からそういう扱いをしてもらえるタイプじゃないみたいなの」
 てっきり嘲笑されるか、あるいは同意されるものと思ったが、ドラコはそうはしなかった。異常事態だ。ジニーは言葉を続けることにした。
「でも言われてみれば、好奇心が湧いてきたわ、マルフォイ。じゃあ、あなたなら女の子に好きだって伝えたいとき、どうするの? スリザリン生の伝統的な愛情表現って、どんなの?」


 このぶしつけな質問に、ドラコは眉を上げた。考え込むように難しい顔になって、手振りでジニーに席を詰めさせ、隣に座る。


「ほかのやつらのことは知らない」
 やがて、ドラコは言った。
「ぼくなら、こんなかんじだ」


 ドラコは手を伸ばして、ジニーの首のうしろをつかんだ。あまりやさしいつかみ方ではなかった。ジニーはそれほどギョッとしたわけではなかったが、それでもその手を逃れようとはした。しかしドラコは容赦がなかった。そのままジニーを引き寄せて、真剣な顔で目を覗き込み、口を開いた。
「きみを愛してる。分かったか」


 手を放すと、ドラコは椅子の背にもたれかかった。ジニーはしかめ面でそちらを見やった。
「納得。少なくともあなたは、あんまりロマンティックな人ではないわね。そう、点数をつけるなら、愛情表現レベルとしては……」


「今、なんて言ったの?」


 女性の金切り声が、それまではしんと静かだった図書館内に響きわたった。ジニーとドラコが振り向くと、そこにいたのは、二人を睨みつけているパンジー・パーキンソンだった。真っ赤な顔で、両手を握りこぶしにしている。


「本気じゃないわよね、ドラコ! わたしとあなたは、気持ちが通じ合ってるものだと思ってたのに! みんな知ってることよ!」


 少年は冷静に立ち上がって、なかば諦めの表情で怒り狂った少女を見た。
「パンジー、ぼくたちの気持ちが通じ合ったと思っているのは、きみ一人だ。ぼくたちのあいだには何もないって、二年前にはっきりさせただろう。それと、ウィーズリーに言ったことだが――」


 しかし、ドラコはそれ以上続けることができなかった。
「何を言ったかなんて、どうでもいいの! 本気じゃなかったのよね! わたしには分かるわ! だってその子は――その子は、卑しいグリフィンドール生じゃないの、とんでもないことだわ!」


 ドラコは少々うんざりしているふうだった。一方、ジニーはこの状況を、ちょっとばかり面白がっていた。この修羅場を、マルフォイはどうやって切り抜けるつもりなのだろう。しかし彼は、激昂したスリザリンの少女の目を覚まさせようと再度試みる気はないようだった。そこでジニーは、この誤解をつぼみのうちに摘み取ってしまおうと立ち上がった。
「ねえ、パーキンソン、違うの――」


「お黙り、このずる賢い貧相なあばずれ女!」
 パンジーは噛みつくように言った。
「わたし、やっぱり信じられない!」


「ちょっと待ちなさいよ、あなたこそパグ犬顔の――」


ジニーは言い返そうとしたが、またしてもパンジーにさえぎられた。


「ほんとに本気なら」
 ドラコからジニーに視線を移して睨みつけながら、パンジーは言った。
「キスしてみせて!」


「あなた、頭がおかしくなったんじゃない?」
 ジニーは尋ねた。


 本来なら相手にせず、そのままさっさと外へ出て行くべき場面だったが、そのときマルフォイが、いたずらっぽい笑みを浮かべてジニーを見た。


「いいさ」
 そう言って、いきなりジニーを引っ張り、自分のほうを向かせる。
「それでパンジーが満足するなら、ぜひとも証明してみせようじゃないか、ウィーズリー」


 ドラコの言う意味を悟って、ジニーは目を丸くした。しかしパーキンソンが憤怒のあまり息を詰まらせるのが耳に入ったとき、ジニーはドラコに向かって邪悪な微笑みを返さずにはいられなかった。ドラコはジニーを引き寄せ、頭を下げて唇を近づけた。ジニーもゲームに乗って爪先立ちになり、彼の肩に手を置いた。


「いやああ!」
 パンジーが絶叫した。
「いや、いや、いやあああっ!」


 すすり泣きながらパンジーが走り去っていくのが聞こえて、ジニーは自分の唇が全開の笑みを形づくるのを感じた。マルフォイの唇が微笑んでいるのも分かった。彼は、本当にジニーにキスしたわけではなかった。ただ自分の唇をジニーの唇の上に持ってきただけだ。しかしパンジーが立っていたところからだと、かなりそれらしく見えたはずだった。突然、笑いが込み上げてきて、ジニーはマルフォイを押しやって身体を離し、どう考えてもあまり善良とは言えないクスクス笑いではじけそうになった。


「あなたって、すっごーーーーく悪いやつね、マルフォイ!」
 踊るような瞳で、ジニーは糾弾した。
「才能あるわ!」


 ドラコはまだいたずらっぽい笑みを浮かべたままだった。彼の目もまた、キラキラと愉快そうだった。
「かなりいい演技だったと思わないか?」


「全然、うぬぼれてないのね?」
 ジニーは茶化した。

 ドラコは肩をすくめて、最上級のニヤニヤ笑いを浮かべた。
「自慢するだけのことはあるだろ? ぼくは容姿端麗、頭脳明晰、しかもきみの言葉を借りるなら、才能ある悪いやつだ。ちょっとくらいうぬぼれたっていいと思わないか?」


 ジニーはまだクスクスと笑いつづけていた。
「そんなに頭脳明晰なら、パーキンソンがクラッブとゴイルを味方につけて、あなたのそのきれいなお顔をぐちゃぐちゃにさせようとした場合の対処も考えてあるんでしょうね?」


 ドラコは手をひらひらさせて、その可能性を却下した。
「あいつらにそんな度胸があるもんか。そもそも、あいつらだって、ぼくと同じくらいパンジーのことは疎ましく思ってる。ところで――」
 ふたたび席に着きながら、ドラコは付け加えた。
「好奇心で訊くんだが、パンジーに向かって言おうとした言葉の続きはなんだ? パグ犬顔の?」


 ジニーは赤面した。
「異性関係がらみの言葉じゃないのはたしかよ。それからあなた、わたしの本の上に座ってる」



 ドラコは身体をずらして本を取り出し、ジニーの手に返した。
「きみ、ここにはよく来るのか、ウィーズリー?」
 打ち解けた態度で、尋ねる。


「どうして? わたしの邪魔しに来るのを習慣にするつもり?」


 ドラコは立ち上がって、ニヤリと笑いかけた。
「訊いてみただけだよ、ウィーズリー。身構えることないだろ。きみがぼくを恐がっていたとは気付かなかったな」


「全然」
 ジニーは呆れ顔で言い返し、顎をつんと上げた。
「ただ、プライバシーを大事にしてるだけ。わたしが一人になれるのは、ここくらいなんだもの。ほとんど毎晩、来るわ」


 ドラコはうなずいた。
「そうか、分かった。ところでウィーズリー、きみもけっこう、才能あるぞ。とっさに調子を合わせてきたところなんか」
 言いながら、腕を伸ばしてジニーの首を片手でうしろから包み込んだ。それから、とても真剣なまなざしで、言った。
「きみが気に入った。分かったか。じゃあまた、明日の夜にな」


 そして彼は手を放すと、ぶらぶらと歩み去っていった。ジニーはしばらくその背中を見つめてから、読書に戻ってさっきまで読んでいた箇所を探した。その顔に浮かんだ笑みは、ドラコが嘘をついたと気付いたとき、さらに大きくなった。だって、はじめにあんなことを言ったにもかかわらず、今さっきのドラコは、気障なセリフを吐いていたではないか。