2004/5/5

賭け (Wager) by Davesmom

Translation by Nessa F.


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 夜が更けていくうちに、多くの生徒たちはいつしか部屋を出て、寮の寝室に戻っていった。ポーカーのテーブルのところに残っているのは、ウィーズリーの面々とドラコだけだった。まだ見物している生徒もいたが、ほとんどはすでに立ち去っていた。ドラコにとっては、楽しい夜だった。双子は面白いやつらだったし、ロンの態度は軟化してきていたし、ジニーは直接話しかけてくることはほとんどなかったが、彼女とも友好的な会話ができていた。


「このゲームで最後だ」
 ジョージが宣言して、器用な長い指でカードをシャッフルした。
「前回と同じ。ファイブ・カード・ドロー、ワイルド・カードなし。ただし、オープンする(手札を見せる)のはジャックス・オア・ベターの場合のみ。どうだ?」 (※脚注参照)


「プログレッシブ?」 (※脚注参照)
 ジニーが尋ねた。


「いいや」
 フレッドが答えた。
「誰もジャックのペア以上を持ってなければ、そのまま終了だ。いいかな?」


 皆が同意したので、ジョージがカードを配った。ロンは自分のカードを手に取ってちらりと見るなり、げんなりした顔でテーブルの上に投げ出した。


「ちぇっ、全然駄目だ」
 特に誰に向かってともなくしかめ面になって、彼は言った。ジニーは無表情に自分の札を見た。それから、一枚を引き出して捨てた。
「オープンするわ」
 彼女は言った。
「一枚ちょうだい」


 自分の持ち札を見たドラコは、クリスマスを先取りしたような気分だった。ジャックが三枚! ジニーの手札は、おそらくツー・ペアだろう。ドラコはキングと 10 を抜き取り、表を下にしてジニーが出したカードの上に重ねた。


「ぼくも勝負するよ。二枚」


 フレッドが自分のカードを見下ろして、ため息をついた。
「何もなしだ」
 そう言って、テーブルの上にカードをぽいっと置く。


 ジョージは自分の手をじっと見ると、三枚を捨てた。
「ぼくも入る。ディーラーに三枚」


 ジョージは足りないカードを自分に配りなおして、再び札を広げた。オープンを宣言したジニーを、ドラコは見つめた。まだ無表情のままだが、目が輝いている。


 自分の手札がかなりのものだと思っているらしいな、とドラコは考えながら、自分の手に新しく揃ったカードを見下ろした。彼自身、淡々とした顔を保つのを難しく感じていた。ジャックとクイーン! これで同位札が四枚だ! これを負かせるのは、エースのフォア・カードだけだ。さっきドラコが捨てたのがキングで、今ここにクイーンがあるということは、キングとクイーンのフォア・カードはあり得ない。そしてジャックはすべてここにある。つまり、ロイヤル・ストレート・フラッシュも成立しない! ジニーにせよジョージにせよ、エースを四枚も揃えているかどうかは、大いに疑問だ!


 ジョージは自分のカードを手に取って検討したが、また下に置いた。


「どうやら、きみたち二人だけみたいだな」
 さらりと言う。


「分かったわ」
 ジニーが言って、自分の手札をじっと見てから、次にドラコの顔を見た。ジニーにこんなにも強い視線を向けられたことで、ドラコは頬がわずかに紅潮するのを自覚した。ジニーは、少しだけ眉を上げた。気付かれたのに違いない。突然、彼女は微笑んで、いたずらっぽく目をきらめかせた。


「じゃあ、賭けの内容を言うわ。もしわたしが勝ったら、たとえどんなにキッチンで役立たずであろうと、明日は私の助手になって、クッキーとパイとケーキを焼くのを手伝うこと。その際には、エプロンを着用のこと!」


 ほかのウィーズリーたちがドッと笑い声をあげるなか、ドラコはニヤリと笑った。たしかにこれは恥ずかしいが、屈辱的というわけではない。それに、彼女と一緒にいられる。これに同意したうえで、わざと負けてしまえばいいのだ、という強い誘惑にかられた。しかしそのとき、もっといい考えが浮かんだ。


「いいよ、ウィーズリー」
 彼は言った。そして、心持ち声を低めた。
「じゃあ、こちらの条件はこれだ。ぼくが勝ったら……キスを一回」


 耳が聞こえなくなったのかと思うほどの沈黙が降りた。次の瞬間、ロンが椅子から飛び上がるように立って、ドラコにつかみかかろうとした。


「このスケベ野郎、そんなことが許されると……」
 フレッドとジョージがはじかれたように立ち上がり、ロンがドラコに手を触れる前に引き止めた。


 ドラコは、何も言わず、ただジニーを見ていた。


「こらこら、ロン。拒否権はジニーにあるんだ。おまえじゃない。賭けに干渉するのは反則だぞ!」
 フレッドがロンを椅子に突き戻すと、ジョージがその両肩を押さえた。


「そうだな」
 ジョージは同意した。
「ジニー、おまえの意見は?」


 ジニーは目を丸くしていた。こういった賭けになるとは、思いも寄らなかったのだろう。頬を真っ赤に染めて、不安そうに唇を噛んでいる。行き過ぎだっただろうか、と思ったドラコは前言を撤回しようとした。


 ジニーは自分のカードをもう一度見てから、ドラコの目を覗き込んだ。ジニー自身の目は、細められていた。


「まず、キスの定義付けをして」
 ジニーは言った。


 ドラコは、落ち着かない気分で周囲を見回した。
「どういうことだ? キスはキスだろう?」


 ジニーの口元がわずかに歪んだ。今すぐ、この唇にキスしたいくらいだ!


「たとえば、兄妹同士でするような、頬への軽いもの? 唇へのキス? それとも、もっと別のところ? 契約不履行で訴えられないように、事前にはっきりさせておきたいわ」


「ああ」
 ドラコは唖然として言った。
「えーと、唇へのキスだ」
 ドラコの頬も、ジニーと同じくらい赤くなってきていた。


「唇へのキス」
 ジニーが繰り返して言った。
「分かった。開いて、それとも、閉じて?」


「なん……」


「口は開いてするの、それとも閉じたまま?」
 ジニーは明解に言い直した。


「その、それはきみ次第だと思う」
 答えてしまってから、開いてと言えばよかったと思った。


 ジニーはふたたび微笑んだ。
「それから、その一回のキスの終わりは、どこで判断するの?」


 ドラコにも、ジニーの言う意味が分かり始めていた。
「えーと、そうだな。両当事者の唇が、他方当事者の皮膚との接触を断った時点」


 一瞬、ジニーの瞳がきらりと光った。それから、彼女は睫毛を伏せた。ドラコは考えた――たとえ口を閉じたままのキスしか許されなくたって、接触を断たないあいだは、あの柔らかそうな唇をずっと味わっていてかまわないということになる。ドラコはニヤリとした。


「そして、契約を果たすのはいつ?」
 ジニーは、最後の質問をした。


「このゲームの終了後」
 ドラコはほかの者たちに視線を投げかけた。凶暴化した兄貴一人と、大いに愉快そうな顔をした兄貴二人の目の前で、女の子とキスの交渉をするというのは、落ち着かないものだ。


 ジニーは再度、自分の手札を見た。ロンはジニーを凝視していた。フレッドとジョージは、にんまりと笑っていた。


「いいわ。先に手札を見せて、マルフォイ」


 これは、ゲームの進行としては正しくなかった。オープンを宣言したのは彼女だ。しかし、揚げ足を取ろうとも思わないほど、気が急いていた。ドラコは、表を上にして自分のカードを並べた。


「ジャックのフォア・カード」
 勝ち誇った声で、言う。


 ジニーは目を見開いて、自分の手元をじっと見た。ドラコは、喜びが引き潮のように遠ざかっていくのを感じた。ドラコが勝ったことで、彼女は愕然としているじゃないか! ロンがふたたび、はじかれたように立ったが、またしても双子に取り押さえられた。


「じゃあ、これで」
 ジョージが、自分とフレッドとロンの羊皮紙を集めて、ポケットに押し込んだ。
「ゲーム終了だな。賭けの清算はきみたち二人きりでどうぞ。終わったら部屋を片付けるのを忘れないように」


 彼とフレッドは、恐慌にかられた弟を引きずって階段を下りていき、跳ね上げ戸を閉じた。ドラコは、もう一度ジニーを見た。まだ、手に持ったカードを凝視している。ドラコの視線を察知すると、彼女は注意深く自分の手札を、表を下にしてテーブルの上に置いた。それから、顔を上げる。茶色の目が、大きく見開かれ、不安を映し出していた。


「えっと、そういうことね。さあ、どうする?」


 ドラコは、気遣うような表情を浮かべて、ジニーの隣に行った。


「なあ、別に血判状に書いた契約とかじゃない」
 憂鬱な気持ちで、言う。
「もういいよ。考えるだけで、そんなに嫌なんだったら」


 ジニーの色の濃い両の目が、細められた。
「負債の踏み倒しをやれって言うの? ひどいわ、マルフォイ。ほんとはキスなんかしたくないって言うんだったら、最初からそんな要求、しなきゃいいのよ!」


 ジニーはドラコに背を向けて、腕を折り曲げた。全身から、怒りが発せられているようだ。ドラコはおずおずと彼女の肩に手を触れ、くるりと自分のほうに向き直らせた。彼女は、傷ついて憤った表情をしていた。ドラコは彼女の身体に片方の腕を回して、引き寄せずにはいられなかった。空いたほうの手で彼女の顎を持ち上げて、顔を覗き込む。


「何ヶ月も前からずっと、こうしたかった」
 静かな声で、ドラコは告げた。見ていると、彼女の目つきが和らいで、心持ち唇が開いた。もう、その柔らかい唇の誘惑を退けることはできなかった。頭を傾けて、唇を合わせる。信じられないほどに甘く感じられた。彼女のかすかなやさしい吐息が、口の中に入ってくる。ドラコが舌の先で彼女の唇に触れると、彼女の口がさらに開いた。彼女の舌が差し出されて、ドラコの舌にたどり着くと、その柔らかでためらいがちな接触の快さに、たまらない思いだった。彼女が身をすり寄せて、ドラコの首に腕を回してきた。ドラコは彼女をしっかりと抱きしめてキスを続け、唇を吸いあげ、さらに貪欲に、舌を差し入れて彼女の舌に絡ませた。ジニーは少しだけ身を引いたが、唇はドラコの頬につけたままだった。そのまま、彼の首筋に唇を移動させ、そっとキスを続けた。ドラコも同じことをしていた。まだ離れたくなかった。


 ジニーがついばんでいる彼の耳に、静かな声が注ぎ込まれた。
「お互いの唇が、相手の皮膚との接触を断つまでは、キスは終わりにならないのよ」
 思い出させるように、言う。ドラコは、胸躍る気持ちだった。彼女は、ドラコの意図を理解していたのだ。ドラコと同じくらい、このキスを望んでいたのだ。彼女が許すなら、一晩中だってキスしていられそうだった。ドラコは椅子の一つにどさりと座り込んだ。その衝撃でテーブルの上が乱れ、置いてあったトランプが床に落ちた。彼女を、膝の上に座らせる。唇はまだ、彼女の喉のあたりを穏やかにさまよっていた。ジニーはドラコの片手をつかみ、彼の頬のところに持ってきた。彼女の口が、彼の頬から手に移り、手のひらが唇と舌でなぞられる。この体勢によって、彼女の喉が反らされて、ドラコの唇に押し付けられた。


「ほんとに何ヶ月も前からキスしたかったんなら」
 彼女は、ドラコの手に向かってつぶやいた。
「さっさと、そうしてしまえばよかったのよ。おかげでわたし、トランプでズルをする羽目になったわ!」


 驚きつつもまだ彼女の首元に唇をつけたまま、ドラコは散乱しているトランプを見下ろした。そして最初の驚愕が通り過ぎてしまうと、床の上から見上げてくる、ジニーの手札だった四枚のエースに向かって、微笑みかけた。



***



 フレッドとジョージは、先ほどとは別の小塔へと続く階段を、ぐったりとした足取りで上っていった。箒をうしろに引きずりながら、フィルチやミセス・ノリスに気付かれないよう、ひそひそ声で語り合っていた。ロンはまだ怒り狂っていたが、このまま部屋に戻ってジニーのことは放っておけ、と二人して彼を説き伏せたところだった。


「ロンが殴りかかろうとしたとき、マルフォイがたじろぎもしなかったのは、感心したと言わざるを得ないな。あいつは、自分の欲しいものがはっきり分かってるんだよ」
 ジョージは、ぼんやりと考え込みながら言った。


 フレッドも、物思いに沈んだ表情でうなずいた。


 二人の若者たちは、階段の吹き抜けのところから足を踏み出して、小塔の内部を見回した。フレッドはポケットから小さな双眼鏡を取り出し、遠方に立ち並ぶ小塔の一つに焦点を合わせた。


「見えるか?」
 自分も同じほうに目を凝らしながら、ジョージが尋ねた。


「ああ。まだあそこにいるよ。顔をぴったりくっつけてね」
 フレッドはジョージに双眼鏡を差し出したが、ジョージは肩をすくめて辞退した。


「可愛い妹が男といちゃいちゃしてるところなんて、あんまり見たくないような気がするんだ」
 彼は説明した。


「それにしてもあの "唇と皮膚の接触" って条件設定には、やられたなあ。おれも覚えておかなくちゃ」


 フレッドはうなずくと、家までの凍えそうな道行きに備えて、ローブの上に羽織ったマントの留め金をはめた。


「あいつらがずっとお互いを見てばかりいたの、気付いてたか?」
 ジョージは、双子の片割れに尋ねた。


「気付かないはずないだろ。まったく、嫌になるほどだったよ!」


 フレッドはジョージに視線を向けて、眉を上げた。


「おれたちの対応の仕方は、正しかったんだろうか?」


「そう思うよ、相棒。おれは、ジニーに必ずエースが四枚行くように念には念を入れたんだから。ジニーが自分でああなることを望んでいなければ、手の内を見せたはずだ」


「そうだよな。でもなあ、マルフォイかよ?」
 フレッドは面白がりつつも、信じられないという顔をしていた。


「もっとおかしなことなんて、世の中いくらでもあるさ、相棒。いくらでもな」


 二人は顔を見合わせてニヤッと笑った。それから箒にまたがって、夜空へと飛び立っていった。



(了)






 
※ジャックス・オア・ベター
ジャック、クィーン、キング、またはエースのペアがある場合のみ、勝負が成立する。

※プログレッシブ
ここでは単に「誰かが条件を満たすまでゲームを続行すること」を指している
と思われます。通常は、条件が満たされるまでゲームを繰り返すうちに
配当金が上がっていくことまでを含めてプログレッシブと言うらしいのですが、
このストーリー中のゲーム・ルールでは「配当」など上げようがないわけなので。