2004/9/5

お悩みごとが、多いから
A Lot To Be Upset About

by Cassandra Claire
(Translation by Nessa F.)

(page 6/6)


 玄関ホールには、まったく誰もいなかった。ハリーやハリーの木槌でさえ見当たらない。ただし、床は砕いた氷のかけらでいっぱいだった。小声でぶつぶつと文句を言いながら、ドラコは氷を蹴散らして、バルコニーの一つに出た。夜空の下、校庭を覆う霜が月光に照らされ、美しい光景が目の前に広がっている。遠くのほう、ハグリッドの小屋のあたりでは、小さな影がぐるぐる走り回っているのが見えた。


「レーズン入りか」
 プリンをつつくと、ドラコはむっつりと言った。
「レーズンは嫌いだ」


「どっちにしても、あたしだったら食べないわね」
 突然、バルコニーにジニーが現れて、ドラコの横に来た。
「パーティのご馳走は、フレッドとジョージの店から取り寄せたものなの。何が起こるか分かったもんじゃないわ」


 ドラコはプリンを持った手を下ろした。
「ぼくのことなんか、どうでもいいくせに」
 無礼な口調で言う。


 ジニーはため息をついて、三つ編みの片方を背中の側に払った。
「ねえ、聞いて」


「ぼくを馬鹿だと言ったのを謝りに来たのか?」


「いいえ」


 ドラコはこの答えを聞いて考え込んだ。
「どうして?」


「だってあなたは、本当にお馬鹿さんなんだもの」
 ジニーは言った。
「じゃなきゃ、どうしてあたしが、あなたには声をかけなかったのか、自分で分かったはずよ」


「ああ」
 ドラコは、自分の受け答えが上出来とは言いがたいものだと分かっていたが、何を言えばいいのか思いつけずにいた。
「きみは、ぼくが大嫌いなんだ。だからだろ?」


「違うわ」
 ジニーは言った。
「好きなの。ほんとに、ほんとに、あなたが好き。ほかの男の子たちを平気で誘えたのは、みんなどうでもよかったから。そのなかの誰かを好きになれたら、あなたのことを忘れられるかもしれないって思った。でも、うまく行かなかった。あたし、あなたのことは誘えなかったの。恥ずかしくって」


「恥ずかしかった?」
 ドラコには信じられなかった。
「"三本の箒" の奥でテリー・ブートといちゃついてたきみが、恥ずかしかったって? デニス・クリービー、コリン・クリービーの両方とクィディッチ競技場で試合中にじゃれ合ってたきみが、恥ずかしかったって? 三階の階段でミリセント・ブルストロードのためにストリップ・ダンスをしてやったきみが、恥ずかしかった?」


 ジニーは肩をすくめた。
「恥ずかしかったの」


「でも、ぼくが好きなんだ」
 ようやく、大事なことに気付いて、ドラコは言った。


「ええ。そうなの」


「そうか」
 そう言ったドラコは、胸を張った。これは朗報だ。
「具体的には、どんなところが好きだ?」


 ジニーはまたしても肩をすくめた。
「そうね。あなたはすごくうぬぼれやさんで、自信たっぷりでしょ。自分がどんなに見た目がよくて、どんなにクールかってことを、いかにも承知してるふうで……」


「うん、うん」
 ドラコは彼女に歩み寄りながら言った。
「先を続けてくれ」


「……なのに」
 ジニーは嬉しそうに言葉を続けた。
「実際には、とにかくものすごいドジで、ちょっとズレてて、精神的に不安定なところ。ブロンザーの使い方も全然分かってないし。あなたが、あのセストラルに押し倒されて、よだれまみれになって――


 ドラコは唖然とした。
「もう言うな!」
 声高に言う。


――完全に手も足も出なくなってジタバタしてるのを見たとき、あたし、助けてあげなくちゃって思って、いても立ってもいられ――

 

「ああ、言うなってば」
 ドラコはものすごい挫折感に襲われて、情けない声で言うと、ジニーをつかまえて、キスをした。黙らせたかっただけだ、もちろん――と、自分に言い聞かせる。普通なら、こんなにも自分を侮辱した相手にキスするなんて、あり得ない。たとえその相手が、口づけるとこんなにもぴったりとドラコの腕の中に収まったとしても。その相手が、ドラコの首にしがみついてきて、その柔らかい唇に、温かいリンゴ酒〔※9〕の味がかすかに残っていたとしても。その相手が、ドラコの名前をささやいており、そのささやき方を聞くかぎりでは、もしかしたら本当は、そこまでドラコのことを救いようのない男とは、考えていないのかもしれないと、思わせてくれるとしても。


「なんだよ、これは。もう限界だよ!」
 憤然とした声が割り込んできた。ドラコがジニーから身体を離してそちらを見やると、バルコニーの横の手すりをよじ登ってハリーが入り込んでくるところだった。ローブの前はすっかり開いており、変に身体が幅広く見える。彼はジニーを睨みつけていた。
「ドラコ・マルフォイとキスするなんて。そこまで軽はずみだとは思わなかった。ロンが聞いたらなんて言うか」


 ジニーはまだドラコの手を握ったままだった。
「ハリー、いったい全体、あなた身体に何を巻きつけてるの?」


 ハリーは自分の身体を見下ろした。ローブの下の彼の胴まわりには、何やら複雑に配列された色鮮やかな棒が何本も縛り付けてあった。
「ダイナマイトだ」
 彼は、凶悪そうな喜びの表情で言った。
「学校を吹っ飛ばしてやる」


 ジニーの顔に動揺が浮かんだ。
「なぜ?」


「なぜって、ぼくはものすごく怒っているからだよ」
 ハリーは言った。
「見りゃ分かると思うんだけどな」


「そりゃ分かるさ」
 ドラコは言った。
「ま、がんばれ、ポッター。幸運を祈るよ。たまには学校も吹き飛ばしてやらないとな」
 そう言いつつ片手を差し出す。
「ほら、プリンを食べろよ」


「レーズン入りか」
 ハリーはプリンを受け取りながら言った。
「レーズンは嫌いだ」


 彼はつかつかとバルコニーを立ち去った。一瞬ののち、大きなポンッという音が聞こえて、バルコニーのほうまで、何枚かの羽根がただよってきた。


 ドラコは少しだけジニーから離れて、戸口から中を覗き込んだ。
「上々だ」
 と、報告する。
「ペリカンに変身した」


 ジニーは心配そうな表情だった。
「ダイナマイトを全部取り外せるくらい効果が続いてくれればいいんだけど」


 ドラコは天を仰いだ。
「これこそ、理想的な夜の過ごし方だな。かつてはポッターだったペリカンから爆発物を取り外す」


 ジニーは、彼の手をぎゅっと握った。
「ねえ。全部終わったら、あたし、あなたと一緒に三階の階段の吹き抜けに行ってもいいわ。ミリセントにどんなことをして見せたのか、教えてあげる」


「ぼくは拘束マスクなんか持ってないぞ」
 ドラコは前もって断りを入れた。


「なんとかするわ」
 ジニーは言った。
「ただね――ハリーのこと、あんまり怒らないであげてくれる? お願い。ちょっとセラピーを受けて、たぶん、その、お薬を処方してもらえば、きっと元通りになると思うの」


「怒ってないよ」
 ドラコは言うと、身体をかがめてもう一度ジニーにキスをした。彼女はドラコの首に腕を巻きつけてきた。ドラコは暗闇の中で、彼女に微笑みかけた。
「なんだかんだ言っても――彼には、悩まなくちゃいけないことが、たくさんあるんだからな。そうだろ?」



(おしまい)







【訳注】

※9:温かいリンゴ酒 〔本文に戻る〕
原文では "mulled cider"。温めるときにスパイスなどを加えて風味付けをしたものを言うようです。本当は、リンゴ酒の場合も発酵していない単なるリンゴジュースの場合もありますが、パーティだし「酒」として訳してみました(ジニーさん未成年だけど……)。