2003/5/23

イメージチェンジ (The Makeover) by Davesmom

Translation by Nessa F.


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 ジニーは、温室裏に放置されている作業用ベンチに腰をおろした。胸が張り裂けるというほどではなく、少し気落ちがしているだけだった。泣くわけにはいかなかった。そもそも最初にドラコ・マルフォイの手助けをすることに同意した、自分が馬鹿だったのだ。人生最大の目標、過去六年間(正直に言えば七年間)にわたって大事に暖めてきた願いが、とうとうかなったのに。ハリー・ポッターが、ジニーを見てくれたのに。女の子として好意を持ってくれたのに。ダンスパーティのパートナーにと願ってくれたのに。ジニーは「いいえ」と返事をしたのだ。


 ジニーは首を振った。一体なんだって、ドラコのことなんか好きになってしまったんだろう? 彼はわがままな、コソコソした威張りやのろくでなしだ。彼自身がそう言っていたではないか。そして事実そうではないか。でも同時に彼は、(たまに)親切で、(たまに)やさしく、(ほとんどいつも)暴力的なまでに嘘がなかった。彼には実のところ、植物を育てる才能があった。特に外国産の植物の扱いがうまかった。そして何より、彼は人為的な手段によることなく、ジニーが自分のよさを最大限に発揮できるようにしてくれたのだ。ここ数週間、一緒に過ごした時間の長さを考えるなら、ジニーが彼を好きになるのは本当にとんでもなく不思議なことだと言えるだろうか? ジニーは肩をすくめた。運命の女神ならぬジニーには、判断のつかないことだった。


 ジニーはそろそろ城に戻って夕食に行こうと立ち上がりかけていた(この時点では、ハリーが傷心の表情でわけが分からないというふうな目を向けてくる寮談話室は、どう考えても居心地が悪かった)。が、ちょうどそのとき、温室を取り囲む砂利道をざくざくと踏みしめてやってくる足音が聞こえた。ジニーはすっと背筋を伸ばして立ち上がり(今では習慣となった動作だ)、近付いてくる音の方向に顔を向けた。


 スプラウト先生であることを願ってはいたものの、角を曲がってやってきたのが、怒りと不審の表情を浮かべたドラコ・マルフォイだと判明しても、ジニーはさほど驚きはしなかった。


「なるほど、こんなところに隠れていたのか。誤解だと言ってくれよ。ポッティーにきみを誘わせるためにこの二週間を費やしてきたあげく、結局断ったなんて話は嘘だよな!」


 ジニーは唇を噛んでうつむいた。あっという間にドラコはジニーの前にやってきて両肩をつかみ、背筋が伸びるように引っ張り上げた。
「もう二度と以前みたいな "かわいそうなわたし" というポーズは取るな」
 ドラコは、怒りに満ちた声で言った。
「こっちを見ろ、ウィーズリー。ポッターの馬鹿野郎がきみをダンスに誘ったという話は本当か?」


 ジニーは、ドラコを力なく睨みつけた。
「ええ、そうよマルフォイ。ハリーに誘われたわ」


「で、断ったのか?」


 ジニーは目を白黒させた。すでにこの会話に嫌気がさしていた。
「そうよ、断ったわ。これでいい?」


「まだだ、ウィーズリー」
 彼は歯ぎしりしながら答えた。笑っているときとは、なんという違いだろうかとジニーは改めて思った。今このとき、マルフォイは陰険そのものに見えた。


 ジニーは肩に置かれた手を振り払おうとしたが、マルフォイは放さなかった。
「ねえ、マルフォイ。どうしたの? あれだけ時間をかけたのが無駄になったから怒ってるの? だったら悪かったわよ! とにかく、ハリーと一緒には行けなかったの。わかった?」


「なぜだ、ウィーズリー? それだけ答えろ」
 強い視線にさらされて、ジニーは身震いした。どうしよう、危ないかんじだ。奇妙なことに、ジニーは怖くなかった。ただ、手を放してほしかった。なぜなら、こんなに近くで触れられていると、色々想像してしまうから。たとえば彼の首に手をまわしてみたりとか、身体をもっとくっつけてみたりとか。さらにはあの固く引き結ばれたいじわるそうな唇を引き寄せて、思いっきりキスすることまでも。


「駄目だったのよ、マルフォイ。誘われたとたん、本当はハリーとは一緒に行きたくなかったんだってわかったの。さあ、放して。馬鹿な浮気者ってからかってくれても、笑いものにしてくれてもかまわないわ。でも離れたところからにして」


 マルフォイは放さなかったが、わずかに手の力を緩めた。表情も少しだけ変わった。まだ困惑していたが、怒りは消え失せたようだった。


「じゃあ、どうしてあいつと一緒に行きたくなくなったんだ? それには答えてくれるか?」
 彼はそっと尋ねた。


 ジニーはとっさに顔を上げた。そしてそのまま視線を外せなくなった。彼はまっすぐにこちらの目を見ており、ジニーはまるで捕われたように感じた。自分の意志に反して、ジニーは半ば本音を答えた。
「あの……たぶんわたし、別の人を好きになったんだと思う」
 彼女は震えながら白状した。


「ふーん」
 ドラコは少し微笑んだ。
「なるほど、たしかに浮気者だな。六年間にふたりというのは、ものすごい浮気者だ。で、この新しい男が誘ってくるのを待っているわけか?」


 ジニーは、ドラコが自分をからかいはじめたことに気付いた。ようやく彼の手から逃れて、ベンチに戻った。崩れるように座り込んで、みじめな気持ちで言った。
「あっちに行ってよ、マルフォイ。放っておいて。あなたは薬草学の単位を取れるわ。ハリーはわたしをダンスに誘ったわ。取引は取引よ。これで契約終了。だからもうあっちに行って」


 見てはいなかったが、彼が近付いてくる音が聞こえた。
「わかったよ、ウィーズリー。向こうへ行く。ただ、もう一つだけ質問に答えてくれ。その別の男が誘ってくるのを待っているのか?」


 ジニーは重苦しい溜め息をついた。
「いいえ、マルフォイ。待っていないわ。それからまた『もう一つだけ』とか言われるまえに答えておくけど、なぜかというと、その人はたとえ百万年待ったとしても誘ってくれっこないからよ。これでいい?」


 ジニーはこれですべてが片付いたと思ったが、マルフォイはさらに畳み掛けた。
「それはたしかか? 絶対に誘ってこないと言い切れるか?」


「ええ」
 ジニーは断固としていった。堪忍袋の緒が切れかけていた。
「言い切れるわ」


「ならよかった!」
 というのがドラコの反応だった。彼はまたしてもジニーの腕をつかんでむりやり立ち上がらせた。
「ありがたいことだ。まずはポッターだし、その次にはどこかの謎の男だし、もう全然チャンスがないのかと思った。ぼくと一緒に行かないか、ウィーズリー?」


 あまりにもすごい勢いでジニーが顔を上げたので眼鏡がずれて落ちた。しかしそれは地面にぶつかる前にマルフォイに受け止められた。もう眼鏡なんてどうでもよかった。彼はとても近くに寄ってきていたので、充分にはっきりと見えた。はっきりと、彼は真剣だった。ジニーは目をぱちくりさせて言葉をつまらせた。


「おいおい、ウィーズリー、絞首刑の台に乗れと言ったわけじゃないんだぞ。ダンスパーティに誘ったんだ。そんな殺人犯を見るような顔をしなくてもいいだろう。第一、プライドが傷つく」


 これには、微笑まずにはいられなかった。ジニーは首を振ってぎこちなく答えた。
「ただ、信じられなくて。百万年待ったとしても誘われっこないと思ってたから」


 ドラコは肩をすくめた。
「そんなことだろうと思った。でもたとえ百万年だって、区切りはどこかにあるんだ。次に誘いがあるのはずいぶん後のことになるぞ」


 ジニーの笑みが、少し深まった。彼女はドラコの胸をたどって、彼の肩に手を乗せた。
「じゃあ、今ここで手を打ったほうがいいわよね?」


 力強く肯定したドラコは、そのままキスによって契約成立を表明しかけたようだったが、そのとき急に、ジニーの頭にひらめいたことがあった。ジニーは軽くドラコを押しやった。
「そうだ、わたしのほうにも質問があったの」


「さっさと訊け」
 ドラコは、ジニーのほっそりとしたウェストに手を移しながら言った。その瞳を見れば、彼がジニーの魅力を「事実上存在しない」ものと捉えていないことは明らかだった。


「あのね、どうして眼鏡をかけたままにしておけって言ったの? わたしの素顔って、そんなにひどい?」


 それを聞いたマルフォイはニッと笑った。笑顔になった彼は素敵だった。
「まさか。でも眼鏡なしだと、ほかのやつらにもきみがどんなにきれいな目をしているかがわかってしまうだろう。誰にも気付かせたくなかった。きみがポッターに興味をなくすことを、どこかで望んでいたんだ。これ以上ライバルを増やしたくなかった。一週間目が終わる頃には好きになってた」


 あっさりと、ごく当たり前のことを言うような口調の告白だった。そしてたとえその告白に衝撃を受けたとしても、ジニーは何も言わなかった。どうやったらキスしてもらえるのかで頭がいっぱいになっていた。結局、悩むことはなかったけれど。彼はジニーを引き寄せて、そっと唇を重ねた。天にのぼったような気分だった。


 しかしほどなく顔を離して、ドラコは尋ねた
「で、パーティには一緒に行ってくれるのか?」


 ジニーは微笑んでドラコの唇を引き寄せ、静かに言った。
「どうしようかな。温室で過ごすつもりだったのに」


 ドラコも同じ微笑を返した。
「一緒にいられるなら、別にどっちでも……」
 そう呟くと、彼はもう一度ジニーの唇をふさいだ。


(了)