2003/10/20

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 24 章 エピローグ

(page 2/2)

 ドラコはインターフォンを鳴らした。
「スミス、従妹を入れてやってくれないか? 雪の中で待っている子だ」


 スミスというのは、ドアマンの名前だった。ひび割れた音声で応答があった。
「九時四十五分なんですよ!」


「別にティー・パーティをやろうってわけじゃない。緊急なんだ、入れてやってくれ」
 ドラコは鋭い声でささやいた。


 スミスが脇に退いて、女の子は階段の吹き抜けに向かって走っていった。ドラコはほっと息を吐いてカウチに戻り、気を散らされる前に自分は何をしていたのだったか、と考え込んだ。
(そうだ、ホット・コーヒーだ)
 ドラコは嬉しくなってカップを手にとり、満足そうに一口すすった。親切な行いをすると、たしかに気分はかなりよくなる。それは、他人を喜ばせることによって、自分に対しても人工的に喜びの感情を投与しているようなかんじだった。
(ジニーの言うことも、あながち捨てたもんじゃなかったのかもしれないな)
 ドラコはもっともらしく考えた。


 階段を上ってくる足音が耳に入った。
(それにしても、騒々しい子だな、まったく!)
 さらに聞いていると、例の女の子は最上階まで来たようだった。ドラコの部屋のある階だ。それから、ドアがものすごい勢いでノックされた。


「お嬢さん、ぼくはきみの従兄じゃない」
 ドラコは言った。
「信じる信じないは自由だが」
 と、押し殺した声で付け加えてから、さらに言葉を続ける。
「ただ、中に入れてやろうと思っただけなんだ。それだけだよ」


「ドラコ!」
 ジニーの声だった。間違えようもない。


「ジニー?」


 ジニーはガタガタとドアノブを揺らした。
「ごめんなさい!」
 ドアに向かって声を張り上げる。


「しーっ!」
 ドラコはジニーを静かにさせてから、ドアを開いた。


 そこに、彼女がいた。赤毛は短く切りそろえられ、今は茶色に見えるほど水分を含んでしまっている。睫毛は互いにくっついて小さな塊を形成し、星型のそれぞれの頂点のようだ。
「ドラコ、わからなかったの。ほんとよ。わたし……」


 ドラコは愕然とした。何かを、見逃していたような気がする。頭の中で記憶のテープが徐々に巻き戻されながら、ぼんやりと霞んでいった。
「ジニー、ぼくは……」


「『はい』なの!『はい』だったの! それがわたしの返事。『はい』」
 ジニーはすすり泣きながら、ドラコの胴回りに抱きついた。ドラコの腕の関節のあたりに顔を押しつけて、ジニーは言った。
「おねがい、怒らないで」


「怒ってないよ」
 ドラコは、ジニーの髪を撫でながらささやいた。
「怒るはずがないだろう?」


「ほんと?」
 ジニーが顔を上げた。もう微笑みが浮かんでいる。


「そりゃ、ちょっとは腹が立ったさ」
 ドラコは笑った。
「てっきり……いったい、どうしてぼくの言っていることがわからなかったんだ?」


「絵を見てなかったの」
 ジニーは言った。
「ああ、すごくロマンティックだった。あれを見てどんなにショックを受けたか、あなたには想像もつかないわ」


「そういうことなら、ぼくも悪かったよ」
 ドラコは慌てて言った。顔に血が上って、赤くなってきていた。
「ぼくは……いったいどうすればよかったのか……あまりにも自然に浮かんできたアイディアだったんで、じっくり考えてみることすらしなかったんだ」


「嬉しかった」
 ジニーは言った。
「わかってたら『はい』って答えたわ」


「家族のことは?」
 ドラコは尋ねた。
「何もかもうまく行くなんて請け合うことはできない。そしてぼくはもう、抱えている問題から逃げるつもりはないんだ」


「わたしたち、何もかもなんとかできるわ。あなたは……あなたは、本当に特別なひとなんだもの。わたしにとっては。最初に思ったのとは、全然違ってた」
 ジニーは、真っ赤になりながら告白した。
「愛してる。わからないの? ほんとに愛してるの」


 ドラコはジニーを引き寄せて、そっとキスをした。
「ずっと、言いたかったんだ」
 それは、ささやくような声だった。
「ぼくも、きみを愛してる。ぼくは愚か者かもしれないけど、でも本当に愛してるんだ。なんとウィーズリーをね」


 ジニーは笑い出していた。ふわふわした気分で、ドラコのキスが頬骨から下がって首筋をたどり、ふたたび唇に戻ってくるのを感じながら。
「解決しなくちゃいけない問題はたくさんあるわ」
 ジニーは心配そうに言った。
「でも、いいの。ちょっとがんばれば、いいほうに向かうわ。きっと。絶対!」


「どうなることやら」
 そう言ったドラコは、微笑んでいた。しかし突然、その顔が曇った。
「指輪さえ買ってない。初っ端から、とんでもないフィアンセだ」


「指輪なんか、どうでもいいのよ!」


「金もない」


「ちゃんとしたお仕事に就いてるわ」


「でもハリー……もう顔を合わせられないよ!」


「あなたたちがふたりとも、お互いを不当に扱ってきたことは、わかってる。でも最終的には、ハリーは水に流すつもりでいるわ。ずっと前から、ハリーはあなたに向かって、手を差し出しているの。あなたに許してほしくて。彼独特の高慢なやり方ではあるけど。彼は時々、あなたと同じくらいプライドが高いのよ」
 ジニーは言った。
「はっきり口に出しては言わないけど……ハリーは本当に後悔してる。内心では、苦しんでるの」


「たぶん、時間が解決してくれると思うよ」
 ドラコは静かに言った。
「まだ友人同士になろうとは思えない。でも互いの存在を我慢するくらいはできそうだ」


「充分よ」
 ジニーはもう一度、ドラコにキスした。


「冷え切ってしまってるじゃないか」
 ドラコはジニーの身体からコートを脱がせ、カウチの上にあった毛布をとってジニーを肩からくるみ込んだ。
「凍え死ぬぞ」


「少なくとも、あなたはそばにいるわ」
 ジニーは笑い声をあげた。


 ふたりは微笑んだまま、お互いを見つめあった。隔たりや壁は崩れ落ちて、あとは多少の瓦礫を乗り越え、ふたりをつなぐ道を新しいセメントで滑らかに舗装するだけだ。そしてたぶん、最も強固なセメント、最も強固な絆は、愛情によってできている。



*



 ある晴れた冬の日。ふたりは膝まで埋まるほどの雪の中を歩いていた。どちらの手にも、指輪が光っていた。ふたりが歩いていったうしろには、雪で作った要塞が二つと、雪つぶての山、それから各々の陣営を固める雪だるまが二体ずつ残された。


 さっきまで、ふたりは雪合戦をしていた。そのときジニーが、不注意で "攻撃ミサイル" と一緒に指輪を飛ばしてしまったのだった。そこでふたりは、たっぷり三十分間は、雪の中を探し回る羽目になったが、結局は見つけることができた。


 今、ふたりは手に手を取り合って歩いていた。ドラコが身震いをすると、ジニーは自分のスカーフを外してドラコの首に巻いた。ドラコの青い目は明るく、頬は赤みがさして輝いている。さらに歩いていくと、ふたりの背後で空気の中を跳ねまわる黄金色のスカーフと、風に吹かれてうねるジニーの赤い髪とが、絡まりあい、一緒になって舞い踊った。ジニーの髪は以前よりも短く、ようやく肩につく程度だったが、まさに全体が炎のようだ。


 そして今このときばかりは、これらの色彩はドラコにも似合っていた。





(Finis)













と、いうわけでおしまいです。翻訳者は目一杯、楽しませていただきました。唯一、心残りなのは、原文がストーリーにふさわしく去年の秋から真冬にかけての連載だったのに、こっちの翻訳は思いっきり季節を外して初夏から秋にかけて出してしまったこと。気付いたときには、もう遅かったのです。

改めて、翻訳・掲載を快く許可してくださった作者の LittleMaggie さま、連載中に励ましの言葉をくださった皆さま、そしてなにより、この翻訳バージョンを最後まで読んでくださった皆さまに、心からの感謝をささげます。

それから、「自分だったらそういう訳文にはしない」と、もどかしい思いで見ていた方がいらしたら。広い心で見逃してくれてて、どうもありがとう。これからも広い心でお願いします(おい)。


2003. 10. 20 Nessa Fujii 拝