2003/10/13

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 23 章 告白

(page 3/3)

 ドラコは、スーツケースに収める品々を一つ一つじっと見つめながら、のろのろと荷造りをした。どのシャツもこのシャツも、みんな味気ない灰色だったが、ふいに色味のあるものが目を刺激した。結婚式に着ていったスーツが出てきたのだ。この二日間で起こったすべてのことを、ドラコは思い返した。


 ナルシッサは埋葬された。参列したマルフォイ一族の者たちは、そう多くはなかった。ドラコはあまり密な親戚付き合いをしていなかったし、どのみち、親族には若いうちに亡くなった者が多いのだ。年老いた女性がやってきて、自分はナルシッサの母親であると告げた。今まで一度も会ったことがなかったので、祖母と話をするのは奇妙なかんじだった。ナルシッサはルシウスとともに家を去って以来、フクロウ便で訃報が届くまで、一度も顔を見せたことがなかったのだと祖母は言った。ナルシッサの棺が地面に掘られた穴に下ろされていくなか、雪は緩やかに溶けて雨へと変わっていき、ナルシッサの母は一輪の赤いバラの花を墓穴に落とした。


 雨はナイフのように鋭い音を立てて、棺の上に降り注いだ。悪意を感じさせる騒々しさで空気を切り裂いていく。頭の中をさまざまな記憶が次々に通り過ぎていくのを感じていると気が遠くなりそうだった。絵の先生の葬式、そして今は実の母親。自分自身が幸運に恵まれてこの世を去ることができるまでには、あとどれだけの人々の埋葬に立ち会わねばならないのだろう。指先が震えて、ドラコは目を閉じた。棺が永遠に隠されていってしまうさまを、見ていることができなかった。
(母上)
 苦痛とともに、ドラコは思いをはせた。生前の母とは一日二回も言葉を交わせばいいほうだったのだ。「おはよう」と「おやすみ」だけ。


 ドラコは荷造りをつづけ、母のスーツケースにゆっくりと物を詰めていった。


 ルシウスは介護施設に入れることになった。ドラコが働いているあいだは、世話ができないだろうから。ありがたいことに、施設はハリーのアパートから、少し歩いただけのところにあった。ドラコは、慈善事業の対象者になったように感じながらも、しぶしぶハリーのアパートを譲り受けたのだった。代価としては、何日か残業をしてくれれば充分だとハリーは言っていた。


 ハリー。あいつはいつだって、ハッピー・エンドだ。結婚もして、ちょうど昨晩、ハーマイオニーが行なった魔法による初期検査で、妊娠がわかったと言っていた。結婚式があったその晩、早々に子供が授かったのだ。ハリーはオフィスにいても喜びに酔いしれていた。たぶん、ドラコにアパートを無料で譲る気になったのは、そのせいだ。


 ハリー。あいつはいつだって、最終的には勝利を得る。ジニーも少なくとも最終的には、幸せをつかむだろう。しばらくは悲しい気持ちでいるだろうということは、わかっている。ドラコとジニーは、互いに思いを寄せ合っているから。ただそれは、気まずさゆえに口に出されることなく終わっていた。ジニーは当然の権利として、裕福で聡明な男性と一緒になるべきだ。暖炉のそばで一緒に詩を読んでくれるような。ドラコではとうてい経済力があるとは言いがたいし、ジニーの家族はおそらく、ふたりを叩き出すだろう。それでは、ジニーの喜びが打ち砕かれてしまう。


 ドラコは、悲しくため息をつきながら、スーツケースを閉じた。


 昨晩から、ドラコの頭の中では何千もの思いつきや今後の計画についての考えがうずまいていた。ふいに、ある一つの思いつきが、脳裏にひらめいた。それは罪悪感を伴う妄想だったが、ドラコはつい、それに身を委ねた。そのアイディアに思いをめぐらせているうちに、ほかのすべての考えが頭から追い出されていった。突如として、ジニーへの想い、そして今までに失ってきたものたちに対する想いに、ドラコは圧倒されていた。ジニーがそばについて、この苦痛から救い出してくれなければ、もう自分は生きてはいけない。


 そこでドラコは、この一番新しい考えを実行に移した。ジニーの肖像画のところに行って、あるものを描き加えたのだ。命運をかけた、大切なあるものを。それから、絵をジニーの机の上に置いて、その日、一日中を待ちつづけた。


 夜になっても、ジニーからはまったく返事がなかった。むしろジニーは、目が合うと顔を赤らめて、ドラコを避けているように思われた。とうとう夜の十時近くに、ドラコは一階の台所に入っていって、口を開いた。


「じゃあ、ぼくはここを出て行くよ」


「いいえ!」
 ジニーは叫んだ。
「行っちゃ駄目よ!」


「しかし……きみは、ぼくのことを受け入れなかったじゃないか」


「違うわ、そんなことない……」
 ジニーはそう言ったあと、突然、狼狽したような顔になった。
「ああ、ドラコ。もう気にしてないと思ったのに。言ったでしょ、あれはただ……わたし、とんでもないことをしちゃったと思ってるのよ。それに……」


「そうか」
 ドラコはぎこちなく言った。
「じゃあ……返事は『いいえ』?」


「何が『いいえ』なんだよ?」
 テーブルのところから、ロンが尋ねた。


「知らないわ」
 ジニーはロンに向かって、慌てて言った。
「ドラコ、行っちゃ駄目よ。兄さんからも引き止めて」


「彼は自立した男なんだよ」
 ロンは静かに言った。
「彼には、出て行って自分のやりたいことをやる権利があるんだ」
 ロンとしては、ドラコにはできるだけ速やかに出て行ってほしかった。正直、ロンにとってマルフォイが好意の対象とはならないことは明らかだ。ナルシッサの突然の死については気の毒に思っていたし、ルシウスの世話や新たに発生した家長としての責任をすべて彼一人で担わなければならなくなったことについては、いっそうの同情を覚えていたのだけれど。それでも、このままではさほど遠くない将来、ドラコのせいでロン自身の家族が犠牲になるところまで行ってしまう。ジニーを守らなければならなかった。


「わたしに加勢してくれないなんて、兄さんったら信じられない」
 ジニーは怒って言った。それからため息をついて首を振った。目に涙が溜まっていた。
「わたしたち、友達じゃなかったの、ドラコ。あんなことくらい、乗り越えてくれると思ったのに」


「友達だよ」
 ドラコは慌てて言った。
「あの件はもう……もう、いいんだ。これからも友達でいられるよ。時々フクロウ便で連絡を取り合ってもいいし」


「今あなたが出て行ったら、父はきっと、もう絶対にあなたを寄せ付けないようにしようとするわ」
 ジニーは応えた。
「約束したじゃないの……」


「試してみると、約束はした。そして試してみた」
 ドラコは言った。
「疲れてしまったんだ」


 ジニーはドラコを抱きしめた。
「そうなの。寂しくなるわ」


 ジニーの心臓の鼓動の速さが、シャツ越しに感じられた。ドラコはジニーの耳にささやいた。
「感謝しているよ、何もかも。こんな結末になってしまって、すまない」


 ジニーはドラコの腕をふりほどいて、腕組みをした。
「怒ってるんじゃないなら、どうしてこんなふうに、あっさり出て行こうとしてるのか、わからない。わたしの気持ちなんてどうでもいいの!?」


 ドラコは返答できなかった。どう答えていいのかも、わからなかった。


「一日や二日で投げ出してしまうなんて思わなかった。わたしのことを大事に思ってくれてるって――わたしの友情が、あなたにとって、重要なものだって信じてた。きっとあなた、これからあのちっちゃなアパートに行って笑いころげるんでしょ?」
 ジニーは感情を爆発させた。


「すまない」
 力なく、ドラコは応えた。
「きみには、わからないんだ」


「こんなことになるって、わかっておくべきだったわ」


「もう行かなくては」
 ドラコは急かされたように言った。
「きみは、ぼくを引き止めることだってできたんだ。でもはっきり伝えてきたじゃないか。返事は『いいえ』だって」


「だから、『いいえ』って何? なんの話?」
 ジニーは声を荒げた。


「一人芝居はやめろよ。兄貴の前だからって。訊いてみたこと自体、悪かったと思ってるよ。ぼくはどうかしてた」
 ドラコは目を逸らした。裏切られたというような表情だった。


 ジニーは頭を振った。ドラコはぶつぶつと、わけのわからないことばかり言っている。ジニーが何について「いいえ」と返事をしたというのだろう? いったいドラコは、何を訊いたつもりなのだろう?


「あの絵はどうするの?」
 ジニーは尋ねた。


「きみにやるよ」
 暗い声で、ドラコは言った。


 ジニーは裏切られた気持ちになった。ドラコは、目に見える思い出の品さえ欲しくないのだ。自分の人生の中から、ジニーの存在をこのまま完全に消してしまおうと言うのだ。ジニーを思い出させる絵の一枚でさえ、手元には置きたくないのだ。本当にドラコは、自分で言っていたとおりチェスのゲームを止めるように友情を終わらせてしまったのだった。人間的な感情があれば、そんな残酷なことをできるはずがないと思っていたのに。ジニーのことを友達だと思ってくれていたのかさえ、今となっては疑わしい。ドラコはただジニーのことをもてあそんでいるのだろうという、ロンの言葉が耳の中でよみがえった。怒りのあまり出てきた涙を、ジニーは頬からぬぐった。


 ドラコは頭を振った。
「さよなら」
 そして、台所のドアを抜けて出て行った。


 降りしきる白い雪にさえぎられて見えなくなってしまうまで、ジニーはドラコが歩み去っていく姿を目で追いつづけた。そしてそのとき初めて、実感が押し寄せた。ドラコはついに、いなくなってしまったのだ。さよならのキスもなく。彼は今でも、酔っ払っていたときにジニーに付け込まれたような形になったことで態度をすっかり硬化させ、恥に思っているのだろう。ジニーが愛の告白などしたから、たぶんドラコはそれに調子を合わせただけなのだ。ジニーがかわいそうだったから。そして彼は酔って怒って頭がぼんやりしていたから。素面に戻ってからのドラコは、二度と同じことを言わなかった。あれは酔った勢いでの戯言だったのに違いない。


 ジニーは部屋に戻った。髪を切るつもりだった。それは衝動的な決断だったが、髪が風に舞うのを感じながら戸口に立ち尽くしていると、突然、激情のあまり気が狂いそうになったのだ。この髪は要らない。ウェストまで伸ばしたこの巻き毛は、切り捨ててしまわねばならない。鏡を見るたびに、ドラコがこの髪を好きだったことを、あんなにも鮮明に絵に描いたことを思い出すのは、耐えがたいことだった。


 机のところに行って、一番上の引出しから鋏を取リ出した。肖像画が目に入ったのは、後になってからだった。それを見た瞬間、ドラコがなんの話をしていたのかが、すとんと腑に落ちた。とどのつまり、ドラコとジニーのあいだには、非常に痛手の大きい行き違いが存在していたのだ。


 なぜならその肖像画の中のジニーの指には、婚約指輪が描き足されており、その上にこう書き込まれていたのだった――"Please"。