2003/10/13

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 23 章 告白

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 ドラコはぎょっとして飛び起き、廊下を駆け抜けてまっすぐに母親の部屋をめざした。ナルシッサはベッドの上に横たわっていた。こけた頬には血の気がなく、唇は少し荒れていたが、気品ある女性だけが身につけている、古風だけれど芯の強いブリティッシュ・ローズのような優美さが感じられた。その生の最後の瞬間に、ナルシッサの唇は上向きに弧を描いて微笑みを形づくっていた。眠っているあいだに、速やかに息を引き取ったのだった。灰色のナイトガウンの上から、明るいマリーゴールドのような黄色のキルトがかけられている。生まれて初めて目にする入り日を思わせる、暖かく若々しい雰囲気の死に場所だ。左手の指は、結婚指輪を握り締めていた。夜のうちに、指から外したのだろう。手のひらの中央に、寂しげな指輪の跡が刻まれている。


「母上……」
 ドラコはささやきかけた。水辺で足を踏み出す前に、そろそろと爪先だけをつけて試してみている幼い男の子のように。母親の枕もとに立ち尽くしている彼は、今ふたたび幼い少年に戻っていた。いきなり、長年のあいだ母には見せずにいた涙、言わずにいた言葉が脳裏によみがえって、ドラコは声を詰まらせた。今、これをぜんぶ母の足元に並べることができればいいのに。


 遺体の前に片膝をついて、ドラコは母の手を取った。結婚指輪が、ドラコの手の中に滑り落ちてきた。彼はそれをひっくり返して、黄金の輪に刻まれた文字を読んだ。



Lucius and Narcissa Malfoy



 指輪を母親の指に嵌めなおすと、ドラコは自分のかかとのうえに腰を下ろして座り込んだ。苦痛の波が身体の中を走り抜けていく。波は岩にぶつかり、泡立つ海岸に寄せられるさざなみを切り裂き、疲れきってはいても必死になって、ふたたび海に戻っていくのだ。頭の中に怒涛のように押し寄せてくる思い出は、まさにそんなふうだった。


 戸口のところで、ジニーがたたずんでいた。
「本当に、お気の毒だわ」


 ドラコは、悲しみに打ちひしがれた目でジニーのほうを向いた。
「葬儀の準備をしなければ。アパートのために取っておいた金を使うしかない」


 ジニーはため息をついた。
「どうやら、ハリーのアパートを使わせてもらうしかなさそうね」


 ドラコは頭を振った。
「これでもう、ぼくの人生は本当に行き詰まりだな」
 ジニーの横をすり抜けて、彼はルシウスの部屋に行った。


 ルシウスはしょぼつく目を向けて、ぼんやりと息子の姿を眺めた。その脳からは、ほんのわずかな記憶の断片でさえも、よみがえることはない。かつては、たった一度しか顔を合わせたことのないビジネス・パートナーの顔でさえ一瞬のひらめきで思い出せた神経細胞が、今では自分の息子と赤毛の付添婦の区別もつかないほどに衰えている。


 ドラコは心痛の思いで、父親のベッドの上に座った。
「父上、ぼくはもっと早くに、これを伝えておくべきでした。だからせめて今、手遅れになる前に言わせてください」


 ルシウスは状況の深刻さをわかっているかのように、そっと息を吐いた。


「パパ。愛してる」
 ささやき声で、ドラコは言った。


 一瞬、部屋の中は恐ろしいような沈黙に包まれ、ルシウスでさえもが落ち着きをなくして本能的に低い声で意味をなさない言葉をつぶやいた。ドラコは鋭く息を吸い込み、さらに言葉をつづけた。
「母上が亡くなりました」


 ルシウスが自分の言葉を理解したという、なんらかのしるしが見られるのではないかと、ドラコは待ちつづけた。しかしルシウスの顔は、まったく無表情なままだった。


「なんとか言えよ!」
 ドラコはまばたきをして涙を押さえ込みながら、怒鳴った。
「ちくちょう、くそったれ!」
 掛け布団の上に頭をたれて、ドラコはすすりあげた。今にも涙がこぼれ落ちそうだった。これまで何度も、あまりの失意に圧倒されてきたことを思って。これまで何度も、いっそルシウスが終わりのない苦痛にさいなまれるよりは死んでくれたらと願ってきたことを思って。どのみち、気持ちの上ではドラコは孤児のようなものだったのだ。


 そのとき、自分の頭髪が揺れるのが感じられた。ルシウスが手をもたげて、ゆっくりとドラコの頭の上で左右に動かしているのだった。ドラコは顔を上げた。このささやかな行為に、心臓をつかまれたような気がした。これは、彼が聞いてほしかった言葉に耳を傾けてくれる誰かが、あちら側に存在するという、たしかなしるしだった。


 ドラコは立ち上がって、部屋を出た。母親の部屋の前を通り過ぎ、ジニーの部屋のところで足を止める。


 ジニーはベッドの上に座っていた。やはり、目が涙のために腫れあがって赤くなっていた。
「わたしの父にフクロウ便を送っておいたの。すぐに戻ってくるわ」


「ありがとう」
 ドラコは緊張した声で応えた。


 ふたりは、強い視線を向け合った。今ではもうジニーにも、昨晩のできごと、互いの感情のほとばしりを、ドラコが酔った勢いでの過ちと捉えていることがわかっているはずだ。それを信じ込ませることができれば、ジニーも自分の想いが、本当の愛情などではなく、ただのぼせ上がっていただけかもしれないということを受け入れやすくなるだろう。しかし、どうにかして別れの瞬間を早めなければならない。こんなにもドラコのことで取り乱しているジニーを、あまり長いあいだ見ていられるとは思えなかった。


 ジニーの手を取って、もう泣くなと言うことさえできたら。しかし、それをすることはできなかった。ふたりをつなぐ糸を、ゆるめなければならないと知っているのに、こちらに引き寄せるようなことはできなかった。今このとき、ドラコは突如として、たくさんの自制心を必要としていた。