2003/10/6

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 22 章 婚礼

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 ゆっくりと静かに旋回しながら、ふたりは踊った。三曲目がフェードアウトして四曲目が始まったとき、ジニーが先に立って、バルコニーに出た。レストランの外の庭園では、すでに何組かのカップルが散策をしていた。ロマンティックな結婚式に触発された人々が、パーティの喧騒からこっそり逃れようと夜のとばりの下りた戸外に出て、口づけを交わしている。


 外に出たジニーの赤い髪の上に、汚れのない雪が落ちかかっていた。ドラコは空を見上げた。どこまでも広がる黒い闇の奥から、無数の白い斑点がこちらに向かって降り注いでくる。自分の髪や睫毛にも、雪の粒がついているのが感じられた。


「何、考えてる?」
 ジニーが問いかけてきた。


 ドラコはハッとしてそちらを見た。
「ああ。子供の頃のことだ」


「聞かせて?」


「小さいときに初めて買ってもらった、そりのことを思い出していた。その日は、夜遅くまでそれで遊んだ。ちょうどこんなふうに、雪が降っていた。あの頃が、今まで生きてきたなかで一番幸せな時期だったかもしれない」
 静かな声で、ドラコは語った。
「ぼくに幸せな時期があったなんて、不思議な気がしないか?」


 ジニーはうなずいた。
「悪くとらないでね。でもたしかに最近のあなたは、かなり暗いわ。仕方のないことではあるんだけど」


「きみといると、気分が浮上する」
 まばたきして睫毛に引っかかった雪片を振り払いながら、ドラコは言った。


 ジニーの頬が、嬉しさに火照った。
「結局ね、いいほうに考えさえすればいいのよ。楽観主義者でいるほうが、いつだって健やかに幸福でいられるの」


「じゃあ、楽観主義者のことを好きでいる人間は?」
 ドラコは、思い切って尋ねた。


「いくらかはその楽観性の余韻を取り込むことになるんじゃないかしら」
 降りつづける雪をじっと見ながら、ジニーは答えた。ドラコの手がそっと伸びて、触れるか触れないかのところで、ジニーの身体に回された。


「ごめん」
 ドラコは言った。


「何が?」
 驚いて、ジニーは聞き返した。


「ごめん――とにかく、ごめん」
 ドラコは応えた。
「これから起こることについて。ぼくが……たとえ何が起こっても、ぼくがきみの友人でなくなったとは思わないでほしいんだ」


「どういうこと?」
 ジニーは当惑しはじめていた。
「うちの家族は、あなたを追い出したりしないわ、そういうことを言ってるんなら! それに、わたしは家族に言われたからってあなたと離れたりしない!」


「ジニー」
 吐き出す息とともに、ドラコは言った。心が痛んだが、懸命に言葉を継ごうとした。
「ぼくは……」


 ジニーはドラコのコートの袖に顔を押し付けた。
「あなたが、こういうことをあまり口に出して言う人じゃないのはわかってる。でも、こんな決まりごとに立ち向かう気になってくれるくらいには、あなたもわたしのことは、友達として大事に思ってくれているって、わたしは信じてるの。友達は……あっさり離れ離れになるべきじゃないわ。こんな馬鹿げた理由のせいで」


 ドラコは何も言わなかった。突然、弱気になっていた。


「わたしたち、これからも友達よ。約束して。一番の友達。ソウルメイトと言ってもいいくらいじゃない?」


「ソウルメイト」
 ドラコはかすれた声でささやいた。
「ぼくたちには、まったく共通点がないじゃないか」


「そんなことじゃなくて――どう言えばいいのかしら。とにかくわたしたち、お互いのことをすごくよくわかっているでしょう? ほかのほとんどの友達と比べても」


 ドラコはようやくうなずいた。
「かもしれないね」


「だから、約束して?」


 ドラコは、素早く息を吐いた。それは、悲痛な涙がこぼれ出る直前のあの短い吐息に似ていた。しかしもちろん、今は涙を流しているような時間も心の余裕もない。その代わりに、彼はただ、身体の内側で痛みを味わった。
「約束は、しづらいな」
 ジニーに向かって、ドラコは言った。


「どうして? どうしてそんなに、難しいの?」


 ドラコはジニーの目を覗き込んだ。とても無防備で、率直な瞳。「友達でいましょう」と懇願している。そのとき、ロンの声が頭の中に響いた。ドラコを脅かす言葉、ドラコの力を内側から奪っていく言葉――
(おまえは、あいつの心の中に強引に割って入っているんだ)


 即座に、ドラコは首を振ってジニーから身を遠ざけた。一瞬だけ、指先で自分の心臓の上をたどる。それから、髪に手を入れて梳いた。
「ほら、自分と誰かとのあいだが、細い糸でつながっているように思えるときが、あるだろう?」


「ええ」
 ジニーは答えた。


「それをよりどころにして、約束する。ぼくたちがどんなに遠く離れても、それは存在するんだ。糸だよ。どうだ?」
 これなら、言葉にしても大丈夫なような気がした。魂の結びつきのような、危険なものではない。きわどい恋愛関係に身を投じることに、なるかもしれないようなものではない。そういったものの存在を認めることはできなかった。本心がどうであれ。


「わかった」
 ジニーは笑顔になった。
「わかった。糸ね」


「中に入ろう。寒くなってきたよ」
 ドラコは言った。