2003/10/1

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 21 章 覚悟

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 ふたりが出て行って数分後、ロンが言ったとおりドラコが入ってきた。彼はブリーフケースを床に置いて、ジニーの向かい側に座った。
「今日はポッターが職場で招待状を配っていたぞ」
 ドラコは言った。
「まっすぐ座っていられるだけの体力のある人間を片っ端から招待していた」


 ジニーは笑い声をあげた。
「あなたも招待されたの?」


「冗談だろ? 書類整理室に到着した頃には、あいつの手には招待状なんか一枚も残っていなかったさ。フロント・デスクにいる爺さんたちは、やたらとパーティ好きなんだ」
 ドラコの目が台所をさまよって、ジニーの食べているチリビーンズのボウルに留まった。
「それ、まだあるか?」


「ストーブの上よ」
 ジニーは腰を上げた。


「自分でやる」
 ドラコが制した。


 喜ばしい気持ちでジニーは座りなおした。ずっと以前のことを思い出したのだ。ふたりでマルフォイ屋敷の中を歩いていったあのとき、ドラコはジニーの重い荷物を持ってくれようともしなかった。今の彼は確実に、むかしと比べると自己中心的ではなくなっている。
「きみが言っていた件について、考えてみたんだ」
 やがてドラコは、チリビーンズの鍋から目を上げて言った。
「これ、ふつうに温め呪文を使えばいいのかな?」


「そうよ」
 ジニーは返答してから、さらに尋ね返した。
「何を考えたの?」


 ドラコは杖を出してチリビーンズを温めた。
「きみと一緒に結婚パーティに行くという話だ。あれから、よく考えてみたんだ」


 ジニーは嬉しさが身体のなかでさざなみのように広がっていくのを感じた。
「本当?」
 喜びを表に出さないようにはしていたが、テーブルの下では驚きのあまり両足の爪先を交差させていた。寝る時間になって部屋に戻るときが待ち遠しい。このことはぜんぶ日記に書いておこう。ここ数日は書くのをサボってしまっていたけれど。


「そうさ」
 ドラコは一瞬、口元をゆるめたが、ジニーに気付かれないうちにその笑みを隠した。
「一緒に行くよ。でもそれはただ、ぼくが受け入れられることはないと、証明するためだ」


「もう、悲観主義者なんだから」
 ジニーはため息をついた。


「いいや、ぼくは現実主義者なんだ」
 ドラコは言った。
「パーティに行く、ぼくが正しいと証明される、そうすればきみは諦める。意味ないだろ、こんなことをただ……続けていても。そうだ、母はどうしてる?」


「倦怠感があるらしいわ。わたしとは話したくないって」
 ジニーは答えた。
「頭が痛いんじゃないかしら。禁断症状よ。あれだけ身体が眠り薬に慣れてしまってるんだもの」


「それはよくないな」
 ドラコはボウルを持ってテーブルに着いた。


 ちょうどそのとき、すごい勢いでロンが入ってきた。赤毛がおそろしいほどボサボサになっている。
「なんで今日は馬鹿みたいに風が強いんだ?」
 怒りっぽく言って、ロンはレインコートの裾を下に引っ張った。外の雪にさらされつづけたせいで、コートは水滴にまみれてつるつるになっていた。ドラコの姿を認めて軽く会釈してから、ロンはジニーに向かって尋ねた。
「その辺にラベンダーがハンドバッグを置き忘れてないか?」


 ジニーは首を振った。
「いいえ」


「ちょっと歩いただけで、すぐに戻って来る羽目になったよ。ラベンダーはすっかり動転して、もう家に帰りたいってさ」
 ロンは不満そうに言った。
「まずぼくが悪いと言い出したかと思えば、今度は神様のせいにして、さらに次の瞬間には自分がどんなに徹底的に駄目な女かということを、ぶつぶつ言うんだ」


「それがラベンダーよ」
 ジニーは同情するような微笑とともに言った。
「バスルームを見てくる」
 素早く部屋を出て、廊下を歩いていく。


 ドラコはためらうような表情になりながら、ロンのほうを見た。チリビーンズをすくってスプーンを口に持っていたところで、ロンが問いかけてきた。
「それでおまえ、いつ出て行くんだ?」


 ドラコは急いで口の中のものを飲み込み、返答した。
「わからない」


「わからないって?」
 ロンは苦々しく言った。
「いつまでもここに居候していていいと言った覚えはないぞ」


「アパートがまだ見つからないんだ。空き部屋はどれも高すぎて」


「銀行から金を借りたらいいだろ?」
 ロンは吐き捨てるように言った。


「マルフォイ家の口座は凍結されている」
 ドラコは素っ気なく応えた。ロンの言い方には、我慢がならなかった。その声音の中にある、ひどく馬鹿にした調子が、とても嫌だった。


「そりゃそうか」
 ロンは目をぐるっと動かして言った。
「おまえが実社会でまともに支払いができるなんて、期待するほうが馬鹿だったな」


「ぼくは給料を毎回節約して、アパートのために貯めている」
 ドラコは思い出させるように言った。
「それから、口を慎んでくれ。ぼくもそんなに忍耐強いほうじゃない。おまえの家に世話になっているからと言って、おまえにボロクソに言われるのを我慢しないといけない筋合いはないぞ!」


 ロンは身を前に乗り出して、テーブルの上に肘をついた。
「じゃあ聞けよ、相棒。おまえはずいぶん偉そうにしてるな。自分がどんなひどいダメージを引き起こしているのか、わかってないんだろ」


「ダメージ?」
 ドラコは皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「ジニーに接しているときのうち、おまえは半分は邪険なろくでなしとしてふるまっているくせに、あとの半分では言い寄るような態度を取っているじゃないか。あいつはまだ子供なんだ。無邪気だから、まだおまえがやってるようなゲームは理解できない。おまえがくだらない男だと言うことはわかりきってるけど、せめてジニーに対しては、それなりの敬意を払えよ!」


「ジニーに対しては、大いに敬意を払っているさ」
 ドラコはきっぱりと言った。その後、ためらいがちに付け足す。
「邪険になんかしてない!」


「あいつは毎日のように、おまえに惚れるのと失恋するのとを繰り返してる! わからないか? ジニーはふつうの女の子とは違うんだ。感受性が強い。それに、本当に献身的で、母性的だ。自分が引っ掻き回しているのが、どんなに繊細な、ガラスのような心なのかを、おまえはわかってない」


「ぼくは……」
 ドラコは不安げにうつむいた。


「あいつをおまえの思惑で振り回すようなことをしたら、ただじゃおかないからな。あいつがどこまで、おまえに本気なのかはまだわからないけど、惑わされはじめていることは明らかだ。あいつは、おまえの中に少し自分を反映させて見ているんだ。あいつは、誰に対するときでも、相手の中に自分自身を、自分自身の喜びの種を見つけることができる」
 ロンは頭を振った。
「そして、何もいい要素が見つからない相手に対しては、自分の頭の中でそういう要素を作り上げてしまうんだ」


 ドラコは、自分の体内で刺すような痛みが走るのを感じた。それがなんなのかさえ、わからなかった。


「おまえは、あいつを苦しめてる。あいつは、おまえがここで居心地よくしていられるように、ものすごくがんばってるだろう?」
 ロンはさらにつづけた。
「おまえにとって、あれほど献身的な友達は、後にも先にもあいつ一人かもしれないな。あいつは、ぼくの知っているなかで一番すごい女の子だ。そして、ぼくの妹だ。どこかの馬鹿野郎があいつの心の中に強引に割って入るようなことは、許さない。あいつには、もっとふさわしい男がいる」


「そうだな」
 ドラコはささやくように言った。


「なんだって?」
 ロンが顔を上げた。


「彼女には、もっとふさわしい男がいる」
 そう言って考え込んだドラコの瞳は、ぼんやりと沈んでいた。
「だから、ああいう態度になってしまうんだ」


「どういう意味だ?」
 ロンが頭を振った。


 ドラコはため息をついた。
(だから、ああいう態度になってしまうんだ)
 口に出した言葉を反芻してから、ドラコはさらに頭の中でつづけた。
(邪険にして追い払ってしまうことができない。知らないうちに引き寄せられてしまうんだ、馬鹿みたいに。それから、うろたえて遠ざかる。ジニーのためを思って)


 その瞬間、ジニーが部屋に戻ってきた。手にはラベンダーの皮のハンドバッグを持っている。
「やっぱりバスルームにあったわ」
 ほがらかに言ってから、男性陣の陰鬱な顔に目を留めた。
「どうしたの?」


「何もないよ」
 氷河のように冷たい声で、ドラコが答えた。


 ロンは立ち上がって、ジニーからバッグを受け取った。
「ラベンダーに届けてくる」
 ジニーに向かって、ロンは言った。
「おやすみ」
 妹の額に軽くキスしてから、付け加える。
「気をつけるんだよ」


 ジニーは微笑んだ。
「兄さんこそ」


 もう一度ドラコに警告するような視線を投げかけてから、ロンは去っていった。ドラコは立ち上がって、自分の部屋に向かった。出て行く直前にうしろを振り返ると、ジニーがテーブルの前に座って『恋する魔女たち〜しわくちゃのサテン〜』という小説を手に取っているのが見えた。ちょうど官能的な場面に読み進んだジニーは、顔を紅潮させ、考えをめぐらせながら下唇を震わせていた。


 ドラコはもうちょっとでジニーに声をかけそうになった。空気がヒリヒリと感じられるほど、ジニーに話しかけたかった。しかし彼は、そのまま自室に戻っていった。その場から身を引き剥がすようにして。




 ジニーは櫛で慎重に髪をとかしていたが、ふと手を止めて鏡に映る自分の顔をじっと見た。耳には、母親から借りた鳩の羽のような色合いの白真珠のイヤリングをつけてみている。ひとり微笑んで立ち上がり、ジニーはくるりと回った。その動きを追いかけて、髪が空中でひるがえるオレンジ色のスカーフのように舞う。足を止めてからも髪はなびきつづけ、パジャマに包まれたウェストの周りに巻きついた。


 鏡の中の自分の姿は悪くなかったが、今着ているパジャマは深い緑色だ。このイヤリングには、白いドレスが似合うのに。やましさとともに、思いついたのは――お母さんのウェディング・ドレス。クローゼットに駆け寄り、ジニーは寝巻きを脱ぎ捨てて、大急ぎでウェディング・ガウンの中に身体を入れた。結婚したときのモリーはジニーよりも体重があったので、ドレスは少しゆるかった。今でもかすかに、モリーのお気に入りの香水の匂いが感じられた。


 ジニーはふたたび鏡を見た。象牙のような肌。残り火のような赤い髪は溶岩が流れるごとく白い腕をつたって、ドレスのやわらかい白にくっきりと映えている。ひそやかな声で鼻歌を歌いながら、ジニーはゆっくりと身体を回転させた。


「似合うよ」


 素早く振り向くと、ドラコが入ってきていた。彼は声をたてて笑うと、さらに付け加えた。
「どうせ聞きたいのは、そういう言葉だろ?」
 ジニーが返事をできずにいるうちに、ドラコは言葉をつづけた。
「そうだな。きみの夫になる男は、幸運だ」
 ふたたび神経質に笑って、ぎこちなく言う。
「下に忘れ物をしていたから、渡しておこうと思ったんだ」
 ドラコは、『恋する魔女たち』の本を掲げた。


 ジニーは赤面した。
「くだらない本だってことは、わかってるの。でも、ものすごく好きなのよね」


 ドラコは本を手渡した。
「おやすみ」
 口早に言って、去っていく。


 ジニーは鏡のほうに向きなおって、物思いにふけりながらゆっくりと回った。
(きみの夫になる男は、幸運だ。わたしは、幸運な男性の妻になる……。ドラコは "ぼくの" とは言わなかった……言わなかった! 何をがっかりしてるの、わたしは? 深い意味はないでしょ。誉められたんだから喜べばいいじゃない……。とにかく、もうすぐ結婚パーティ……。そのときまでは保留にしておこう。そのときにはもう、心を決めなくちゃ……)