2003/9/25

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 20 章 新しいスーツ

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 目が覚めると、ジニーの気分は大幅に浮上していた。目に見えない手によって眠っているあいだ、くすぐられていたとでもいうように、まるで小さな女の子みたいな開けっぴろげな笑顔で起き上がる。枕の下に手を入れると、またしてもそこには手紙が差し込まれていた。



おはよう、ジニー


昨日より元気になっているといいのだけれど。今日は早めに出勤することにした。最近、ポッターはやたらとぼくに新しい仕事を持ってくる。どうして突然、そんなにぼくを忙しくさせておこうと思うようになったのかは不明だが、収入が増えるので文句は言えない。それはさておき、新しい服を買いに行こうと言っていた件だが、今日ではどうだろうか。


ドラコ



 ジニーはぽうっとした笑みを浮かべてため息をつき、もう一度手紙を読み返した。何か潜在的なメッセージが隠されていないかと、行間に目を凝らすようにして。そして突然、自分のしていることに気付いてハッとした。まったく、馬鹿みたいだ。ジニーはいつのまにか、ドラコに対して不毛な恋心を抱きはじめてしまっていたのだった。彼がこの気持ちに応えてくれることなど、絶対にあり得ないとわかっているのに。わかっていながら、それでもジニーは心を奪われてしまっていたのだ。学校にいた頃、ハリーに幼い片思いをしていたのと同じように。


 新しく買ったスーツを着たら、ドラコは自分が結婚披露パーティでのパートナーとして、うってつけだということに、気付いてくれないだろうか。チャペルには、嫌なら行かなくてもかまわない。でもパーティには一緒に行ってほしかった。もしかしたら何か、彼を説得する方法――そしてウィーズリーやポッター側のグループに彼のことを受け入れてもらう方法が、あるのではないだろうか。


「何、にこにこしてるんだよ?」
 大きな声が耳に入ってきた。


「なんでもない」
 振り向くと、隣のベッドのところにロンがいた。
「仕事じゃなかったの?」


「休みを取ったんだ」
 ロンは答えた。
「ラベンダーが、結婚式に着ていくドレスを買いに行くって言うから」


「あら、いいわね」
 ジニーはあいづちを打ちながら、内心では意外に思った。いつものラベンダーなら、たとえ付き合っている相手がいても、パーティ・ドレスを見に行くときにはジニーを誘ったはずだ。どうして今回は、打診さえなかったのだろう。


「ラベンダーが、おまえは最近、付き合いが悪いと言ってたぞ」


「そんなことないわ……」


「手紙の返事もなかなか来ないし、遊びに来いと招いてもくれないって。ラベンダーはおまえの親友なんだろう、ジニー」
 ロンはとても気遣わしげな表情だった。
「おまえは、誰からも段々と疎遠になっていってるんだよ。自覚ないのか?」


「それは単に、あの仕事をやっていたからよ。家に戻ってきたんだから、今後は絶対に前と同じような生活になるわ」


「どうだろうか、ジニー……」


「ロン、そんなふうに勘ぐるのはやめて。わたしが兄さんに隠し事をするなんて、ほんとに思ってるの? これまでずっと、兄さんには何もかも打ち明けてきたじゃない」


「意地悪でこういうことを言ってるんじゃないんだよ」


「ほんとに仲良くやっていくつもりなら、うるさく言わないでよ」
 ジニーは立ち上がって、ベッドを整えはじめた。


「ぼくはただ、自分の妹のことが心配なだけだよ。おまえはぼくらのなかでたった一人の女の子、しかも一番年下なんだ。おまえに何かあったら――誰かに傷付けられたら――そしてもし、ぼくがその場にいたのに何もできなかったら。そう思うと、とにかく怖いんだ」


「もう、ロンったら……」
 ジニーは枕の下のシーツを伸ばそうとしながら、片方の手でロンを抱き寄せた。


「ぼくはちょっと不安になってるんだと思う。それだけだよ」
 ロンは認めた。


「そういう気遣いは、ラベンダーのほうにしなさいよ。彼女、目移りしやすいのよ。言ってる意味わかる?」
 ジニーは言った。
「時々、二股かけてることだってあるんだから」


「えーとその、ラベンダーは、ただ楽しく時間をつぶせる相手っていうだけだよ、どっちみち」
 ロンは言った。
「さっさと下に行って朝飯を食えよ。ナルシッサはもう食べはじめてるぞ」


「ミセス・マルフォイよりも寝坊しちゃったなんて、信じられない!」
 ジニーは叫んで、部屋から走り出ていった。


「とりあえず、目が覚めたら自分がミセス・マルフォイだったなんてことは、ないようにしてくれよ」
 ロンは自分にだけ聞こえる声で、苛立たしげにつぶやいた。それから、室内の自分に割り当てられた一画を片付けはじめた。頭の中では、ラベンダーとショッピングに行ったらどれくらい財布が軽くなるんだろうかということを考えていた。




 ドラコは、いつもより一時間遅く帰ってきた。スーツを買いに出かけたときには、外はもう暗くなっていた。それほど持ち合わせがないとドラコが言ったので、ふたりは "魔術師魔女古着店" をめざした。ドラコはそこに行くことについて、あまり嬉しそうではなく、結局コートの襟を立てて唇から頬を覆い隠し、さらには帽子のつばを引き下ろして目元を隠した。一見、ギャングのようだ。


 ジニーはラックに掛かったスーツを物色し、黄褐色の一着を引っ張り出した。胸ポケットから金色と白のポケットチーフが覗いている。袖口には素敵な金糸の刺繍が入っていた。このきれいな刺繍がなければ、みすぼらしいかんじになってしまっただろう。
「どうかしら?」


「すごくフォーマルに見える」
 ドラコは言った。
「花婿衣装みたいだ」


「そうよね、ハリーのスーツと張り合ってしまったら困るわ」
 ジニーはうっかりと口を滑らせて、スーツをラックに戻した。


「なんだって?」


「いえ、なんでもないの。ごめんね」
 ジニーは慌てて言った。


「きみ、ぼくを結婚式につれていく気でいるんだな。そうだろう?」
 ドラコが尋ねた。


 ジニーはドラコを見上げた。堂々とした態度でいたかったが、実際には不安のあまり身体が震えた。
「特にそういうわけじゃないの。ただ、もしかして一緒にいけたらいいなって思っただけ」


「ぼくは絶対に、ポッターの結婚式になんか出席しないぞ!」
 ドラコは主張した。


「ハリーとは握手する必要もないのよ。ちょっと遅めに入れば、お祝いの大騒ぎはすっかり終わってるわ」
 ジニーは必死で言った。


「招待だってされてない!」


「でもわたしはされてるもの。招待状には、パートナー同伴でって書いてあったわ。つまり、わたしと一緒に行く人は、誰であっても正式に招待されてるのと同じってことよ」


「絶対に嫌だ……」


「ねえ、駄目?」
 ジニーは言った。
「あんなに長いあいだ、あなたの絵のためにポーズ取ってあげたじゃない?」


「きみは注目されるのが好きなんだと思ってた」
 ドラコはからかった。


「嫌だったとは言わないわ。でも――ほら、"見返り(クイド・プロ・クオ)" って言葉があるじゃない。わたしはあなたに何かをしてあげた。だからあなたも、わたしに何かをしてくれる」


「おい、モデル料を払わなかったか?」


「わたしの家族とうまくやっていけるように努力するって、あなた約束したわよね? わたしが独りで行くことになったら、みんなは怒るんじゃないかしら。きっと、あなたが紳士らしくわたしに申し出てくれると期待してるわ」
 ジニーはうしろに回した手で指を交差させ、ドラコが納得してくれることを祈った。


「どうして? ぼくたちは、かろうじて友達という程度じゃないか」
 ドラコは言った。


 ジニーの心臓が、痛々しく波打った。
「友達として一緒に行けばいいわ」


「どうだろうな」
 ドラコはシンプルな黒いスーツを引っ張り出した。かなり味気ない。
「ぼくは、これがいい」


「もう、冗談でしょ! 葬儀屋さんの服みたいじゃないの!」
 ジニーは笑った。


「そうかい。そんなにセンスに自信があるなら、きみが選べよ」


「じゃあ、これ」
 ジニーは別のスーツを選び出した。さっきのものよりはずっとあっさりした裁断だ。色はネイビーブルーで、胸ポケットのところに、白い花がピンで留めてあった。シンプルだけれど洗練されているし、ドラコの目の色が引き立ちそうだ。これを合わせると、スモッグのような灰色ではなく、心が沸き立つような淡い青みを帯びた瞳に見える。


「悪くはないね」
 ドラコは認めた。


「なら、これにしましょ」
 ジニーは言った。
「できれば、心を決めてこのスーツを有効利用してほしいんだけど?」


「できれば、それは勘弁してくれ」
 ドラコは応えた。









「見返り(クイド・プロ・クオ)」
"quid pro quo" …… ラテン語からの外来語。
法律用語としては「約因」、「相当物」などと訳す(らしい)。