2003/9/25

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 20 章 新しいスーツ

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 ジニーは自分の部屋で、ベッドの上に置いてあった暖かいオレンジ色の上掛けを身体に巻きつけて縮こまるように座っていた。寒い。全身がしびれているようだ。ドラコにもう二度と会ってはいけないというのは、どこまで本気の話なのだろう。アーサーとモリーには、まだまだこれから大幅な歩み寄りをしてもらわねばならない。マルフォイ一家が極めつけの変わり者ぞろいであることは、たしかなのだし。


 震えの止まらない自分の両手を見下ろした。手には熱いココアの入ったカップがあったが、カップは危うげに前へ後へと揺れて中からやけどしそうに熱いしずくが飛び散り、凍りついたジニーの指を汚している。ココアが飲みたかったわけではなかったのだが、ジニーは残り火のようなカップの温かさにすがりついていたかったのだった。


 仕事から戻ったドラコは、声をかけてきさえしなかった。部屋の入り口で足を止めて、しんみりとしているジニーを見た彼は、そのまま黙って自分の部屋にこもってしまったのだ。ジニーの機嫌がよくないことがわかったからだろうか。


 ジニーには、自分の家族が理解できなかった。戦争のとき、ウィーズリー家は "正しい" 側に付いていた。勝ったのはこちら側だ。クィディッチであれば、試合終了後に勝ったチームと負けたチームのメンバーは握手を交わす。戦争の場合、終戦後に勝者は敗者との間に条約を結ぶし、友好的な関係を築こうとすることすらある。ならば、二つの家族が恨みつらみを飲み込んで、とにかく握手をすることが、どうしてできないのだろう。何もとんでもないことを要求しているわけではない。ただ、ジニーとドラコが友人同士でいることを許してほしいだけだ。もうこの世界には、ドラコに残されたものはあまりないのだ。


 窓の外を見ると、十二月の冷たい空気の中を、雪が舞い下りていた。ハリーとハーマイオニーの結婚式まで、あと一週間半もない。ふいにジニーは、パーティーのパートナーがドラコだったらよかったのに、と思っている自分に気付いた。彼が、その気になれば言動を慎むことのできる、礼儀正しい好青年だとみんなにわかってもらうには最高の機会になるはずだ。


 ジニーは目を閉じ、かすかに聞こえてくる太鼓のような音に合わせてそっと身体を揺らした。


(トン、トン!)


 ジニーは顔を上げた。遠くの太鼓だと思ったものは、実際にはドラコがドアをノックしている音だと悟って。
「いいか?」
 ドラコは尋ねた。


 室内のほかの二台のベッド――ロンと両親のもの――に、ジニーは目をやった。ロンはハリーと一緒に、結婚式に着ていくのに適したスーツを買いに出かけているし、両親は一階で遅めの夕食を取っているところだ。ホッとして、ジニーは返答した。
「どうぞ」


「何があった?」
 ドラコは、戸口のところから問いかけた。


「中に入るんじゃなかったの?」
 ジニーはふわりと微笑んだ。


「そのほうがいいなら」
 ドラコは呆れたような表情で、静かに足を踏み入れた。
「いったいどうしたんだ? きみがそんな悲しそうにしてるのを見たのは、初めてだ」


「説明できないわ」
 ジニーは、ドラコと目を合わせながら答えた。
「事情が複雑なの」


「きみがどんよりしていることよりも異常な事態なんて考えつかないけどな」


 ジニーはおぼつかなげにココアをすすった。あんまりおいしくない。チョコレートが苦すぎる。ココアはもとから甘いはずだと思い込んで、砂糖を入れていなかったのだ。今から砂糖を入れてかき混ぜるには、冷めすぎてしまっているだろうか。


「それで?」
 ドラコは性急だ。いつもその場で回答を提示させたがる。どんなことについてでも、あてずっぽうを嫌う人間だ。


「うちの両親はけっこう、いろいろと厳しいの」
 ジニーは言った。
「いつだって、ちょっとした暗黙のルールがあるの。口に出して言われなくても、とにかくわかってなくちゃいけないのよ」


「どこの家だってそんなものだろう」
 ドラコは応じた。
「それだけ?」


「違うわ!」
 ジニーは声をあげた。
「それだけのはずないでしょ!」
 スプーンでココアをかき混ぜると、華奢な銀器のくびれの部分のまわりで、黒い液体が渦を巻いた。自分自身も、真っ黒い闇のようなものの中に沈んでいっている気がする。
「問題はそれが、どういう人となら友達になってもよくて、どういう人とは友達になってはいけないか、みたいなルールだってことなの」


「ぼくに、いなくなってほしいんだね」
 ドラコはぼんやりと言った。


「そう」
 ジニーはぎゅっと目をつむった。
「みんな、本当に――本当に、心が狭いの! あなた――マルフォイ家のあなたとわたしが友達になれたのなら、どうしてそのまま望むとおりに友達でいてはいけないの?」


「ぼくたちは、ただの友達か?」
 ドラコは尋ねた。


 ジニーは目をしばたいた。
「わたし……」


 ドラコはジニーの隣に座り、天井から下がっている子供っぽいデザインの照明がくるくる回るのを見上げた。
「ぼくでさえ時々、ただの友達なのかどうか、わからなくなる。それで満足しているのかどうかも」
 彼は顔の向きを変えてジニーを見た。
「本当は、ぼくやきみがどう思っているかじゃないんだ。実際問題として、ぼくたちが友人同士でいるのは、よくないことだとされている。こんなふうな友情は、そのうちほかのものに発展していく可能性があるから――場合によっては、特別な関係にさえ」


「でもわたしたちそんな……違う……」


「わかってる」
 ドラコは言った。
「ぼくはそんなことにはならないようにするし、きみがそんな馬鹿なことを許すとも思わない。きみは、家族みんなのことを念頭に置いて行動するだろう。チェスと同じだ。ポーン一個のことだけ考えて駒を動かしたりはしない。全体を視野に入れて、そのポーンがほかに与える影響を考慮する」


「じゃあ、もう何もかも、チェスのゲームでしかないの?」
 ジニーはつぶやくように言った。
「ゲームを止めたら、そのまま背を向けて、知らない人同士みたいにふるまえる?」


「友人でいるのが悪いことだとは言ってない……」


「……そのほうが安全ってことでしょ」
 ジニーは言った。
「手遅れだと思う。このまま後戻りするには、もうわたし、あなたの生活に深く関わりすぎてしまった。あなたは、わたしに対して何の責任もないわ。でも……でもわたしは、なんだかもう、あなたたち家族のために世話を焼くのが自分の役目であるように思ってしまうの」


「やめろよ」


「やめろよって、どういうこと?」
 ジニーは反射的に言った。
「そう言われてあっさりやめられるようなことじゃないわ!」


「違う! これ以上、女房面するのはやめろってことだよ!」
 ドラコは立ち上がった。
「ここ最近のきみがやっているのは、そういうことだ。何をどんなふうに着ればいいとか、どんな言動を取ればいいとか、ぼくに指図して。きみは自分の家族が、ぼくを好きになればいいと言う。まるで義理の家族みたいに。でも、何もかもうまく行けば、もうきみの家族とぼくが顔を合わせることはなくなるじゃないか。だったら、何もわざわざ気を揉むことはないだろ?」


 ジニーは下唇をかんだ。目に涙が込み上げてくるのが自分でもわかった。
「そんなことない」
ささやき声で言った。
「考えてみる価値はあるわ。わたしたち、友達だと思ったのに」


「友人は、いなくなっても困らない。友人のために、自分のやりたいことを我慢していると思ったりはしないか? ぼくがいたら、きみは足を引っ張られつづけることになる。父のせいでぼくが身動きとれないのと同じように。そうまでして友人でいることはない」
 ドラコは言った。
「ぼくがクラッブやゴイルとのあいだに距離を置いているのに、気付かなかったのか? なりゆきで疎遠になったんじゃない、そう仕向けたんだよ! あいつらには、いい仕事に就けるチャンスがあった。だから、ぼくのそばから離れろと言ったんだ。もう、周囲の人間がぼくのために自分を犠牲にする必要を感じている状態には、うんざりなんだ。マザー・テレサじゃあるまいし。人生をもっと有意義なことに使えよ」


 ジニーは首を振った。
「あなたにとっては、手を放してしまうのはとても簡単なことかもしれない。でもそれは、あなたが自分のなかで、何もかもを衰えさせてしまっているからよ。わからないの? 自分がどんなに冷え切ってしまっているか。どんなに人生がつまらない、陰鬱なものになってしまっているか。友達が足を引っ張るものだというのは、違うと思うわ。友達は、後押しするためにいるの」


「ぼくにはわからない」
 ドラコは顔をそらした。赤くなっていた。
「きみが、間違った道に進むのは嫌だ。それだけだよ」


「もし間違ったことをしていたら、きっとわたしの心がわたしに教えてくれる」
 ジニーは静かに言った。
「わたし、自分の直感を信用してるの。だからそれに従うわ。わたしたちは、これからも友達でいられると思う。考えを変えるのは、周囲の人たちのほうよ」


「きみは神様じゃないんだぞ。他人の感じ方を、こっちの都合で左右することはできない。誰かが何かに対して強い感情を持っていたら、こっちの信条を受け入れさせるためには、強制するしかない。それでは誰にとっても、不幸でしかないと思わないか?」


「政治みたいな話になってきたわね」


「でもこれは国交問題じゃないだろう? 生きた人間同士の話だ」


「あなた、今まで他人の気持ちなんか全然考えてなかったくせに」


「これは違う」
 ドラコは言った。
「これは名誉や家全体の価値観の問題だ。マルフォイ一族の者は、他人についてもそういうものは決して傷つけたりしない」


「試してみるだけでも、駄目?」
 ジニーは言った。
「やってみてうまくいかなかったら、わたしが間違っていたってことになるわ。降参する。でも、とにかく試してみない?」


「ぼく自身、自分の誇りを踏みにじってまで他人と友好的な関係を築く気にはなれない」
ドラコは答えた。
「きみの家族なら、そうだな、もしかしたら大丈夫かもしれない。でもポッターやグレンジャーのような人種とは、絶対に無理だ」


 ジニーはうなずいた。
「わたしの家族に対してなら、仲良くなれるようにがんばってみるって、約束してくれる?」


「約束はできない!」


試してみるって、約束して。うまくいかなかったら、あなたの考え方を受け入れるわ」


「わかった」
 とうとう、ドラコは言った。
「試してはみるよ。でも成功はしないかもしれないんだからな」


 ジニーは笑顔になって、ドラコの身体に腕をまわし、思いっきり抱きしめた。
「ありがとう」
 静かな声でささやく。
「これは、あなたが考えるよりもずっと、わたしにとって意味のあることなの」


 ドラコは気恥ずかしげに、ジニーの手を振りほどいた。
「思ったとおりにならなくても、あんまりがっかりするなよ」


 ジニーは首を振った。
「自分から失敗を望まないかぎりは、失敗なんかしないわ」


 ドラコは肩をすくめた。
「きみと、きみのその信念ときたら、まったく。ぼくはもう寝るよ。きみと話をしていたら、頭痛がしてきた」


「おやすみなさい」
 ジニーは片手で枕をぎゅっと抱き、もう片方の手でココアのカップを握りしめた。


 ドラコは肩をすくめて、部屋を出ていった。