2003/9/19

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 19 章 隔たり

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 すっきりと爽快な気分で、ドラコは目を覚ました。楽しい夢を見たのは久しぶりだ。今でもありありと思い出せる――十歳の誕生日の記憶。立ち上がって伸びをしたあと、枕の下から封筒が覗いているのが目に入った。引き出して開封する。



ドラコへ


手紙とお金をありがとう。友達としては受け取れないと思ったけど、仕事としてやったことなので、いただくべきだと考えなおしました。アパートが見つかったら、手付金を払うお手伝いをさせてね。そもそもわたし、友達としては優秀かどうか自信がありません。髪が赤すぎたりしない?


ジニー



 ドラコはにやりと笑って手紙をブックケースに収め、手早く着替えた。昨晩は、ジニーがルシウスに向かって物語を話すのを、何時間も一緒に聞いていた。興味深い内容だった。シリウス・ブラックが本当は無実だったにもかかわらず犯罪者として扱われることになった顛末。ただしドラコは、誰か別の人間が主人公なのだと自分をごまかしながらでないと聞いていられなかった。シリウスが死んだ瞬間を見ているドラコとしては、話の内容をそのまま受け止めることができなかった。自分が物語の悪役になったようで、いい気持ちはしなかった。


 台所に行くと、ジニーとモリー・ウィーズリーが食事の支度でてんてこ舞いしていた。室内の温度がかなり上がっていたので、シャツの一番上のボタンははずしたままでドラコは中に入った。ジニーがじゅうじゅうと音を立てている卵とベーコンから目を上げて、微笑みかけてきた。
「おはよう」


「おはよう」
 ドラコも挨拶を返した。
「母はもう起きただろうか?」


「まだみたいよ。夜のうちに何度か目を覚まして、眠り薬を余分に飲んだらしいの」
 ジニーは言った。
「だからたぶん、お昼頃まで起きていらっしゃらないと思うわ」


 ドラコは笑みを浮かべた。
「テーブルの支度を手伝おうか」


 モリーは目をぱちくりとさせて、不安げにジニーのほうを見た。


 ドラコが見ていないときを狙って、ジニーは母親にささやきかけた。
「ほら、彼、自分のお母さんが一緒じゃないときはかんじいいでしょ?」


「どうかしらねえ」
 モリーは吐息をもらした。
「若くてかわいい女の子を前にした若者の考えていることなんて、信用できるわけないわ」


「やめてよ」
 ジニーは、ドラコがテーブルの上に皿を並べているところに行った。
「大丈夫?」


「フォークは右? 左?」


「左よ」
 ジニーは答えて、ドラコの手から皿を何枚か取り、一緒にテーブルの準備をした。モリー・ウィーズリーはアーサーとロンを起こすために、階段を上っていった。彼らもあと数時間で、出勤しなければならないのだ。


 ふたりきりになると、ドラコはジニーに向かって言った。
「髪は赤すぎない」


 ジニーは笑った。
「じゃあ、背が高すぎるとか」


「ちょうどいい」
 もうグラスも並べおわってしまって、ドラコは何かほかに手に取るものはないかと台所を見回した。なぜだか突然、ジニーと目を合わせたくないと思い始めていた。


「太りすぎかも」


「きみは太ってない」
 ドラコは力説した。
「まるっこい、かもしれないけど」


 ナプキンの束をテーブルに置いたジニーの手が、ドラコの手をかすめた。ジニーは、触れ合ったことによってドラコがちょっとはリラックスするのではないかと思ったが、反対に彼はびくっとしてすばやく手を引っ込めた。スキンシップが好きではないのだ。ジニーには理解できないことだった。ちょっと手を触れたり目を合わせたりすることすら、ドラコにとっては馴れ馴れしすぎるのだ。こんな単純な手の動きに対してまで、どうしてそんなに冷ややかなのだろう。


「ねえ、あなた立派なスーツは何着もあるけど、みんな灰色とか白っぽいのばかりでしょ」
 ジニーは言った。
「よかったら、一緒にどこかいい洋服屋さんに行って、もう少し明るめの服を買わない?」


「ぼくの服のどこが悪い?」
 ドラコは神経質なようすでつぶやき、自分の着ているものを見下ろした。陰気な――と言って悪ければシンプルな、灰色がかったカーキ色のズボンに皺一つない真っ白なシャツ。


「だって、その服じゃ……」
 ジニーは言葉を切った。
「……やる気があるように見えない」


「やる気?」
 ドラコは目を見開いた。


 なんだかかわいい。ジニーは微笑んで、うなずいた。
「ただおとなしくしてるだけじゃ、昇進できないわ。もっと服装にも気を遣って、上司の目に留まるようにしなくちゃ」


「いまさら服装でポッターの目を引いてどうするんだよ? ぼくが近くにいると、あいつは瞬き一つしやしない。警戒してる。ぼくのことを危険人物だとでも思っているんだろう」


「ほんとにそうだったりして……? オフィスの備品を密輸してるとか、ペーパークリップを強奪してるとか……」


「は、非常に面白いね」
 ドラコはうしろを振り向いた。すでにウィーズリー家のほかの面々が、ふたりに挨拶の言葉をかけながら入ってきていた。


 ロンはテーブルに着いて、即座に自分の皿に食べ物をよそいはじめた。両親が席に着くことすら待たずに自分だけ食べはじめるなんて、ドラコには信じがたいことだ。しかしアーサーもまったく気にしているようすはなかった。ロンは耳がぷるぷる震えるほどの勢いでガツガツと食べ物をかきこんでいた。


 ドラコはため息をつき、自分だけは品位を失わないようにしようと思いながら着席した。フォークとナイフを手にとり、各種の食べ物を最低限の量だけ自分の皿に盛った。半分ほど食事が済んだあたりからは急ぎはじめ、食べ終わると自発的に皿を流し台に運ぶ。タイを結びながら、ウィーズリー家の人々のほうを向いて、ドラコはそっけなく言った。
「じゃあ、ぼくはこれで」


 モリーがフォークを置いた。
「もう行くの?」


「時間は止まってくれませんから」
 憂鬱な声でドラコは答えた。一瞬、ジニーのほうを見て目配せで挨拶をしてから、向きなおってブリーフケースを持つ。


「サンドウィッチを持って行きなさい!」
 紙袋を手にしたモリーが追いかけてきた。


「いえ、けっこうです。いつも昼は食べないので」
 驚きのあまり目を丸くしてドラコは返答し、ウィーズリー家の玄関口に散らかっている大量の靴につまずきそうになりながら、ゆっくりとドアに向かった。


「それじゃあ、そんなに痩せているのも当たり前だわね」
 モリーは不満げに言い、弁当をドラコの手に押し込んだ。
「同じ屋根の下にいるかぎりは、どの子にもちゃんとした食事をさせますよ、わたしは」


「じゃあ、あの……ありがとうございます」
 ドラコは食べ物を受け取り、そそくさと戸口を後にして外の道に出ていった。紙袋は少し身体から離した状態で恐々と抱えていた。


「ずいぶん、よそよそしいわねえ?」
 家族のほうに向きなおったモリーは言った。


 ロンは呆れ顔になった。
「母さん。やつの父親は寝たきりで、母親はおかしくなってしまってる。やつはぼくたちの家で暮らすしかない状況だ。やつはマルフォイだ。これだけの悪条件がそろってるんだよ?」


「ロン、おねがい」
 ジニーはそっと言った。
「彼にチャンスをあげて?」


「あいつに、何を期待すればいいんだよ? チャンスをやるのはいいさ、でもなんのチャンスだ?」


「兄さんが思うほど、ひどい人じゃないわ。過去の印象に捕らわれてるだけよ」


「過去の印象? 過去の仕打ちと言ってほしいね。あいつのせいで、どんなに嫌な思いをしていたことか! ハーマイオニーとハリーのことだって、いつも汚いもののように扱ってさ!」


「ロン、今はもう、むかしの彼とは違うわ」
 ジニーは言った。


「おまえは、あいつに言い寄られて舞い上がっているだけだ。魅力的で "ハンサム" だからな」
 ロンは目をぐるっと動かした。
「ラベンダーが言ってたぞ。おまえはべた惚れだって」


「そんな馬鹿な」
 ジニーは思わず叫んだ。
「ラベンダーにそんなこと言ってない!」


「言わなくたってわかるさ、そうだろ?」
 ロンは軽蔑するように言った。
「どう見たって、そのとおりじゃないか!」


「お母さん……」
 ジニーは言った。


 モリーとアーサーは顔を見合わせた。それから、モリーが言った。
「ジニー、今どんな選択をするかが、あなたのこれからの人生の良し悪しを左右するんだと言うことだけは理解しておいてちょうだい。あなたがドラコと一緒にいることに、その……馴染んできている……ことはわかるし、みんな彼を受け入れようと努力してるわ。でも母さんの希望としては、今からそのつもりでいてほしいんだけど、彼がここを出て行ったら、そのあとはもう……」


「そのあとはもう、何?」
 ジニーは尋ねた。


「もう二度と彼に会うことはないと思っていなさい。会うことは許さない」
 アーサーが答えた。