2003/9/19

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 19 章 隔たり

(page 1/2)

《回想 〜ドラコ〜》


 外では、雪が降ったばかりだった。まだ皺の寄る間もない、下ろしたての毛布のようだ。ナルシッサの刺繍作品にこういうのがあった――目の覚めるような一面の白。ドラコは寝室のガラス窓に顔を押し付けた。息がかかると、ガラスの表面にはひんやりとした雲が描かれた。肩越しに振り返ると、戸口にほっそりとした人影が見えた。


「母上?」
 礼儀正しく、ドラコは問いかけた。


「一階に下りていらっしゃい、坊や」
 ナルシッサは淡々と言った。その声音のどこかに、いつものように朝食に向かうだけではすまない、何か意外なものが待ち受けているのだと思わせるところがあった。


「雪が降ったんだよ」
 ドラコは、曇ったガラスの上に指で "死のマーク" を描きながら外を眺めた。とにかくすばらしい気分だった。今日はドラコの誕生日、記念すべき十歳の誕生日だ。今までの一桁しかない年齢を卒業して、今日からは新たに家族の中で重要な位置を占めることになる。もう一人前の男だ。昨晩、ルシウスからそう言い聞かされた。いずれは家督を継ぎ、そしていつか父がこの世を去ったときには、母の面倒をみる。マルフォイ一族の男性は、短命であることが多いのだ。


「ええ、そうね」
 ナルシッサは応えた。
「雪かきの呪文はちゃんと覚えている?」


「うん」
 ドラコは得意げに笑った。


「下に行きましょう」
 ナルシッサが、手を差し出した。


 ドラコはたじろいだ。こんなふうに開けっぴろげに愛情を示されるのは、ふだんでは考えられないことだ。しかし、頭の中は今日が誕生日だということでいっぱいになっていた。ドラコは母の手の中に自分の手を滑り込ませ、一緒に階段を下って台所に入っていった。ルシウスはもう、テーブルに着いていた。その前にはブリーフケースが置かれていた。


「ドラコ」
 ルシウスは朝の挨拶代わりにうなずき、手振りで向かい側の椅子を示した。


「あ、そうだった!」
 ドラコは赤面して、紳士らしく母に座ってもらうために椅子をうしろに引いた。それからそこに立ったまま、両親がテーブルに招いてくれるのを待った。


「座りなさい」
 ルシウスは低い声で、怒ったように言った。


 ドラコはそわそわと落ち着かない態度で座った。
「ねえ、雪が降ったんだよ。外で雪だるま作りたいな」


「まったく馬鹿げたマグルの慣習だ。いったいどうして、純血の者のあいだで定着することになったものか」
 ルシウスはブリーフケースを足元の床に置きながら言った。
「ドラコ、外に出て、そろそろ新聞が来ていないか見てきなさい」


「はい……」
 ドラコはつぶやいて立ち上がり、玄関に向かった。どっしりした木のドアを引き開け、さらに外側にあるガラス扉のところから外を覗く。驚きのあまり、胃が急降下したような気がした。戸口の階段のところに、立派な木製のそりが置いてあったのだ。ドラコは呆気に取られた。何かの間違いに違いない。父がこんなおもちゃを許すはずがない! なぜってこれは、マグルの世界のおもちゃだ。誇り高き純血の者が手にしてよいものではない。ましてや、マルフォイ家の者が。


「どうだね?」
 ルシウスの声が低く響いてきた。


「目に入らなかったのかもしれませんわ」
 ナルシッサがそっとささやいた。


「あの子の目はわたしにそっくりだと誰もが言っているよ。マルフォイ一族の目が、あれを見逃すなどあり得ない」
 ルシウスは応えた。ドラコの耳に、父親がこっちに向かってくる足音が聞こえた。


「パパ!」
 ドラコは叫んだ。
「あれ、ぼくのなの?」


「今日が誕生日の男の子は、ほかにはいないと思うが」
 ルシウスはうっすらと微笑んだ。


「うわあ、すごいや!」
 ドラコはささやいて、そりを見下ろし、そこに刻まれた花のような意匠を指でたどった。
「信じられない。乗ってみても……?」


「もちろんだよ。雪が降ったのも、きっとこのためだろう」
 ルシウスは、ついに心底からの笑みを浮かべた。


 ドラコはそりに乗り込んで、前方に延びる凍った路面を見た。
「ありがとう」
 声を絞り出すように礼を述べる。


「泣くんじゃない」
 警告するように、ルシウスは言った。
「男が涙を見せても、いいことは何もない」


 ドラコはゆっくりとうなずき、外の道までそりを引いて行った。それからドアを閉めるために、玄関に戻った。そのとき、ルシウスの手が肩に置かれた。温かくやさしい感触。こんなふうにされるのは、めったにないことだ。ドラコはぎこちなく身を引いて、もう一度言った。
「ほんとに、ありがとう」


「誕生日おめでとう、ドラコ」
 ルシウスは言った。
「雪に足を突っ込まないようにな。せっかくのズボンが台無しだ」


「わかってる」
 ドラコは応えて、ふたたびそりに向かおうとした。
「あれ、ママは……!?」


「ここよ、ドラコ」
 ナルシッサがルシウスの肩越しに顔を覗かせた。
「こっちに来て、コートを着なさい」


 ドラコは階段を駆け上がって母親の手からコートを奪い取り、ふたたびそりに飛び乗った。
「もう行っていい?」


「ええ、わたくしはここで見ているわ」
 ナルシッサが手を振るなか、ドラコは丘の斜面を滑り降りて雪の吹き溜まりに向かっていった。ドラコは髪を振り乱し、頬を真っ赤に染め、本当に嬉しそうな笑みを浮かべていた。それを遠くから見つめていたルシウスは、目をそらし、ナルシッサに顔を向けた。ナルシッサの灰色のナイトガウンと、ルシウスの灰白色のビジネス・スーツが、ひしゃげた花弁のように風に吹かれてはためいていた。


「男にしては、ずいぶん感情の起伏が激しい。弱い子に育ててしまったのではないだろうか?」
 ルシウスは問いかけた。


「お誕生日くらい、楽しく過ごさせてあげましょうよ」
 ナルシッサは言った。
「来年の誕生日はホグワーツで迎えることになるんですもの。一年丸々を一緒に過ごせるのは、今が最後ですわ」


「そうだな」
 ルシウスはため息をついた。
「ただ一人の子供が、男の子でよかった。女の子では、闇の帝王のしもべとしてはあまり役に立たない」


 ドラコがまた階段を駆け上がってきて元気いっぱいに叫んだ。
「ねえ、見た? 見た? ぼく、あの雪山をやっつけたよ」


「見ていましたよ」
 ナルシッサは誇らしげに言った。


「入信の儀式が待ち遠しいな。その頃までには、弱さを克服させよう。感情が豊かすぎるのはよくない」
 ルシウスはナルシッサに向かってささやいた。


「まだ五年も先よ。きっと、自慢できる息子に育ちますわ」
 腹部に手をやって、ナルシッサはため息をついた。
「わたくしたちに授かった、たった一人の子ですもの……」


「さあ、また風邪を引いてしまうよ。中に入ろう」
 ルシウスが言った。ふたりは家の中に入っていった。戸外では、ドラコが血のように真っ赤なコートをはためかせながら、そりを持ち上げてふたたび丘を駆け上っているところだった。満面に笑みを浮かべて。