2003/9/13

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 18 章 感謝

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 ジニーはドラコの部屋の入り口で立ち止まって、ドアをノックした。ドラコはベッドの上に座り、こちらに背中を見せて窓のほうを向いていたが、ノックの音を聞くと、書いていた手紙を乱暴な手つきで封筒に入れ、振り返った。彼はその封筒を引き出しに押し込み、ばたんと閉めた。


「どうかした?」
 ジニーは尋ねた。


「いや、なんでもない」
 ドラコは作り笑いを顔に貼り付けて返答した。


「なんでもないなら、出かける支度をして。今日は近所を案内してあげる」
 ジニーは言った。


「今日はあんまり出かける気分じゃないんだが」


「正確に言えば、わたしと出かける気分じゃないってことじゃないの?」


 ドラコは黙り込んだ。


「それとも、こうかしら? この近所を歩きまわる気分じゃない。なぜなら、この辺にはたまたま、お屋敷が全然ないから」


「ほっといてくれよ」
 不平がましく、ドラコは言った。
「きみのやることなすことに、ぜんぶ付き合う必要はないだろ?」


「じゃあ、あなたも何かやってよ。母が、あなたくらい背丈があれば廊下の天井の蜘蛛の巣を払う手伝いができるだろうって言ってたわ」


「椅子に乗ればいいじゃないか」


「あなた身体の具合、悪かったっけ?」
 ジニーは声高に言った。
「わたしの知るかぎりでは、完全な健康体だったはずだけど。さあさあ、わたし、ものすごく忙しいの。十分間手伝ってくれるだけでも、とってもありがたいわ」


 ドラコは立ち上がり、ジニーのうしろに続いて廊下に出た。ジニーは羽箒をドラコに渡して、天井を指差した。
「血のめぐりをよくするには、昔ながらのやり方でお掃除をするのが一番なのよ」
 そう言って、立ち去っていく。


 ドラコは棒の先にきちんとそろえてくくりつけられた、羽根の束を見下ろした。脳裏にぼんやりと、マルフォイ家のメイドがこういうものを使って自分の部屋のたんすを掃除していたことが思い起こされた。それが今、ドラコ自身の手に中にあるのだ。まるで風変わりな剣か何かを振りかざしているようだ。ドラコは羽箒を掲げて天井を掃き、蜘蛛の巣を絡めた。蜘蛛の糸が羽箒にまとわりついた。埃にまみれた糸は、もう粘り気を失っている。


 廊下の向こう側まで目をやって誰もいないことを確かめると、ドラコは杖を取り出して除去の呪文を唱えた。あっという間に、廊下の蜘蛛の巣はすべて消失した。彼は廊下の床に腰を下ろして背中を壁につけ、これ以上の仕事を課せられないうちに釈放されることを願いつつ待った。


「ドラコ?」
 どこかで聞いた声が、いきなり呼びかけてきた。


 ドラコはハッと目を開いた。廊下の向こう側の端に、ラベンダーが立っていた。さりげなく、ロンの腕に自分の腕を絡めている。
「この目で見たんじゃなかったら、絶対信じられないわ」


 ロンはため息をついた。
「隠すつもりはなかったんだ、ラベンダー」
 ロンが手を離すと、ラベンダーは腕を身体の脇にぱたんと下ろした。
「ドラコは、ええと、今日うちの母に話があって訪ねてきたんだ。ほら、ジニーが彼の家で働いているだろう? それがらみで、母と相談したいことがあるそうなんだ」


 ドラコは立ち上がってうなずいた。
「そう、実のところ、そろそろ帰ろうと思ってたんだ」


「手にハタキ持って?」
 ラベンダーが眉を上げた。


 ドラコは自分の手にある掃除用具を、今初めて気づいたというように見下ろして、そのまま床に落とした。
「ああ、これは床に落ちてたんだ。なんとなく拾ってしまった」
 再び嘘をつく。


 ロンはそわそわとしはじめていた。
「トイレを借りたいって言ってたじゃないか。ほら、行けよラベンダー」


 ラベンダーはうなずいてから、疑わしげにドラコに視線を投げかけ、バスルームに入っていった。ロンは水の音で会話が聞こえなくなるまで待ってから、口を開いた。
「さっさとここから消えろよ、ドラコ。ラベンダーはものすごく口が軽いんだ……」


「じゃあ、なんでここに連れてくる?」
 ドラコは声を荒げた。
「家まで我慢させろよ」


 ロンは首を振った。
「女性を大事に扱うってことを知らないんだな、おまえは。デートでどうふるまうかなんて、考えたこともないんだろ? 女の子と出歩いたことなんて、ないんじゃないか?」


 ドラコは自分の顔がほてるのを感じた。
「おまえこそ、何も知らないくせに」
 そうは言ったものの、ロンの言葉は実は核心をついていた。ドラコは、女の子とどこかへ遊びにいったことはなかった。


「行けよ!」
 バスルームのドアノブの回る音を聞いて、ロンは声には出さず口の動きだけで指示した。


 ドラコは一番近くの部屋に姿を隠し、ドアを閉じた。身体の向きを変えると、そこには裸の背中をこちらに向けたジニーがいた。薄手の白いスリップが腰から脚を覆っているだけだ。ドラコは息を殺して、大慌てで周囲を見回し、ジニーがこちらを向く前にどこか隠れるところがないかと探した。結局、クローゼットに逃げ込んでじっと待つ。


 ジニーは掃除をしやすい服装に着替えていた。長い髪は束ねて頭のてっぺんに結い上げ、ちょうど素朴な茶色のセーターを頭からかぶっているところだ。ジニーの体型は、それほど悪くはなかった。腰と胸が張り出しているうえに、ゆったりした服を着ていることが多いので太り気味でバランスの悪い印象があったが、今こうしていると、決して太っては見えなかった。


 ドラコが目をそらしているうちに、ジニーはスカートを履きはじめたが、手を止めて考え込み、その後クローゼットに近づいてきた。別のスカートを出すつもりだ!


 その瞬間、ドラコはつくづく、いつものシルバーグレイのスーツや緑色のタイを身につけていなくてよかったと思った。ジニーの衣装はみんな陽気で明るい色合いなので、まるでバラ園の雑草のように目立ってしまったに違いない。今着ている白いシャツとカーキ色のズボンは、壁の色やウェディング・ドレスにうまく溶け込んでいた。ドラコは、ウェディング・ドレスをじっと見た。襟の裏のタグに、"モリー・オブレナン" という名前が記してあった。モリー・ウィーズリーが結婚式で着ていたドレスだ。きっと、ジニーにも受け継がれるのだろう。


 ドレスの袖の滑らかな絹地の上に、ドラコは手を滑らせた。


 ジニーが洋服をかきわけると、数着のワンピースが押し寄せてきて、ドラコを壁際に追い込んだ。ジニーは黒いズボンを手に取って立ち去った。ドラコはほっと息を吐いた。


 ジニーは室内のものを少し片付けてから、外に出て行った。ドラコはドアが閉じられるまで待ってから、クローゼットを出た。服が皺くちゃになっていた。もう一度クローゼットの中を振り返ってみる。ロン、ジニー、アーサー、モリーの洋服が、今はすべてこの一つのクローゼットにまとめられていた。ベッドを三台も入れたため、室内はほとんど床が見えないほど手狭になっていた。


 ドラコは廊下に出て、隣の部屋から出てきたようなふりをした。ロンとラベンダーはもういなかったが、ジニーはそこに立って、わざとらしい笑顔で羽箒を見下ろしていた。
「蜘蛛の巣、ずいぶんきちんと払ってくれたのね」
 にやりと笑って言う。
「ちょっと努力するだけで、とってもきれいになるでしょう?」


 ドラコは肩をすくめた。
「ああ、そうだな」
 まだ頬に血が上っているのが自分でもわかった。もしも、ジニーの部屋で見つかってしまっていたら、どうなっていたことか。変態だの痴漢だのと際限なく非難されつづけたことだろう。


「おなか空いたでしょ」
 ジニーはズボンのポケットを探った。
「ほら」
 紙切れを手渡してくる。
「レストランのビラが入ってたの。ここ行ってみない?」


 ドラコはビラに目を通した。
「宅配はあるのか?」


 ジニーは噴き出した。
「ずいぶん人嫌いになっちゃって! わたしがあなたのところの付添婦だってことは、もうみんなに知れわたってるのよ。一緒に出歩いてたって、誰も気にしやしないわ。第一、あなた他人にどう思われるかを気にするような人だった? 以前はなんだって笑い飛ばしてたくせに、今ではすっかり自意識過剰なのね」


 ドラコは不機嫌な顔になった。
「ちょっと訊いてみただけじゃないか……」


「じゃあ息の無駄遣いはやめれば」
 ジニーは笑った。
「行きましょう?」


 ようやく、ドラコは首を縦に振った。
「わかったよ」