2003/9/4

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 17 章 最初の衝突

(page 2/2)

 モリー・ウィーズリーは食卓についた皆のために、ミートローフを気前よく切り分けて、最初にナルシッサの分、次にドラコの分、それから夫と自分自身、ロンにも一切れ、そして最後にジニーという順で配った。全員が沈黙していた。時計がそっと時を刻む音でさえも、脅威的なほどに大きく感じられる。この音には、アーサー・ウィーズリーの額に浮き出た血管が脈打つようすや、ナルシッサの指がトントンとテーブルを叩く規則正しい音に通ずるものがあった。


 引越しのあと、ジニーは家族を脇へ呼んで事情を説明したのだった。善良な両親であるウィーズリー夫妻は、ふたりとも表立ってジニーを叱りつけようとはしなかったが、心の内ではカンカンに怒っており、このようなめぐり合わせに耐えなければならないほど自分たちは何か悪いことをしただろうかと考えていた。モリーは曖昧な笑顔で、アーサーに話しかけた。
「いたずら専門店はどうでした? お父さん」


 アーサーは魔法省を定年退職して、フレッドとジョージのいたずら専門店を非常勤で手伝っていた。彼は微笑んで、肩をすくめた。
「まあまあかな。インク噴出ガム包装紙を五十枚という注文があったよ。今晩はどこかの母親が山ほどの洗濯物に囲まれていることだろうね……」


 モリーはホッとしたように笑い声をあげ、ロンもそれに倣った。ジニーも微笑を浮かべた。マルフォイ家のふたりは、石のように黙りこくったままだった。ドラコはようやく身動きして、自分の前に置かれたミートローフを切りはじめた。今のところ、ウィーズリー家とマルフォイ家のあいだには、食べ物が手渡されたときの儀礼的な感謝の言葉以外には、まったくなんの交流もなかった。


「あなたもいたずら専門店に行ってみない? ミスター・マルフォイ」
 ジニーがドラコに向かって言った。


 ドラコはジニーのほうを見て笑みを浮かべたが、そこで自分の母親の渋い顔を目にして、慌てて陰鬱な声で返答した。
「時間があればね」


 ロンが苛立たしげに咳払いをした。
「で、マルフォイ家の面々がそれぞれ一部屋ずつを使っているあいだ、ぼくたちは全員一部屋に固まって寝ることになるわけか?」
 ロンの目が、ジニーの目を食い入るように見つめていた。


「な……なんとかなると思うわ」
 ジニーは大きな声で言った。


「ふうむ。味付けに塩と胡椒しか使っていないミートローフなんて、初めてよ」
 ナルシッサが口を開いた。


 モリーの顔が赤くなった。
「そりゃあ、フランスから輸入したお高いハーブなんてものはありませんからね……」


「謝る必要はないぞ、モリー」
 アーサーが言って、マルフォイ家のふたりを険しい表情で睨みつけた。
「郷に入りては郷に従え、ですよ。我々がお宅のご立派な晩餐に招かれたとしたら、あれこれ不満など言わずにいただくでしょうに」


 しばらくは苦々しい沈黙がつづいた。ドラコが立ち上がって、咳払いをした。
「ごちそうさまでした」


「どういたしまして」
 弱々しい笑みとともに、モリーが応じた。
「お皿は流し台に持っていってくれる?」


 ドラコは、少々たじろいだようだった。背後にある台所の流し台をちらりと見てから、自分の皿に目を落とし、こんなことはいつもやっているというふりをしようとしている。ジニーはドラコの居心地悪そうなようすを見てとって、とっさに立ち上がり、自分の皿と一緒にドラコの皿を手に取った。
「いいのよ、わたしもちょうど食べ終わってお皿を流しに持っていくところだったから」


 まだ半分残っているミートローフをドラコの皿で隠しながら、ジニーは流し台のところに行って、二枚の皿を水につけた。ドラコは退室して、自分にあてがわれた部屋に入っていった。


 つづいてナルシッサも立ち上がった。
「ごちそうさま。おやすみなさい」
 そう言って(皿はテーブルに置いたまま)退室していく。


「おやすみなさい」
 モリーはそう応えたが、口には出さない怒りで眉間に皺が寄っていた。マルフォイ家の者たちがいなくなると、モリーはジニーに顔を向けて「かわいそうに」という表情を浮かべた。
「あの人たちは、いつもあんなふうだったの? 指一本上げやしない。ああ、もてなしてくれる相手に向かって手を上げるようなことはするかもしれないけれど?」


「ナルシッサはいつもあんなかんじだけど、ドラコはそんなにひどくないのよ。今はちょっと、気おくれしてるんだと思うわ」


「気おくれ?」
 ロンが鼻で笑った。


「ドラコに声をかけてあげて。少しだけでいいから」
 ジニーはロンに言った。
「同級生だったじゃない」


「よくそんなこと言えるな? 在学中、あいつがどれほどの糞ったれ野郎かということを、ぼくは家への手紙にだっていつも書いてただろう」
 ロンは腹立たしげにささやいた。


「ロン!」
 モリーが聞きとがめて、目を見開いた。


「実際、おまえがどうしてあいつらを家につれて帰ってきたのかってこと自体、ぼくにはわからないね。破産しようがどうしようが、関係ないじゃないか。そろそろ人生の厳しさってやつを経験してもいい頃だ」


「もうやめなさい、ロン」
 モリーはさらに叱りつけた。
「アーサー、あなたからも言ってやってちょうだい!」


 アーサー・ウィーズリーはしかし、黙ったままだった。内心ではロンに同意していたのだ。ただ首を振り、ジニーに向かって言った。
「どうなんだろうね。どうやったら彼らとここで、うまく共存していけるだろうか――そもそも、いつまでいるんだね?」


「アパートが見つかるまでよ。そうね、一ヶ月くらい?」
 家族の面々の気難しい表情を見て、ジニーはたじろいだ。


 モリーは不安げに自分の皿に目を落とし、咳払いをした。
「ジニー、母さんは寝たきりの男の人や、年配の女性が相手ならなんとかやっていけるかもしれない。でも、ドラコのことが怖いのよ。あの目をごらん、人殺しのような目じゃないの。あの子は好きにはなれない。まったく、少しも。ええ、どうしたって」


 ジニーは首を振った。
「お母さんには、わからないのよ。なんにも危ないことはないって、わかっていなかったら、ここに連れてきたりするはずないじゃないの。ドラコは暗くなってるけど、ひどい人ではないわ。今はもう」


「ここに馴染んできたら、わかるもんか。今までは惨めすぎただけで、ここで暮らしはじめたら一気に元通りさ」
 ロンは言った。


 ジニーは唇を噛んだ。


「なんだよ? 本気で、ドラコをハリーに変身させられるとでも思っていたか?」
 ロンはさらに言った。


「今すぐお黙りなさい! 子供みたいに言い争いをして!」
 モリーが皿を手にしたまま、顔を紅潮させて立ち上がった。
「お客さんたちのことは、きちんともてなしてあげましょう。でも同時進行で、彼らにいいアパートを探してあげてちょうだい、アーサー」


「誰が住むアパートなのかは大っぴらにしないでほしいの!」
 ジニーが口をはさんだ。


「そうだろうとも。アパートに引っ越すなんぞ、とんでもなく恥ずかしいことだものな」
 アーサーは苦々しくつぶやいた。


「一ヶ月が終わるまでハリーのところに泊まりに行っちゃ駄目かな?」
 ロンは母親に向かって訴えた。
「最近はほとんど顔を合わせる機会もないしさ……」


「いけません、ロン。今ここで、取り決めをしておきましょう。みんなが自分のとるべき行動を忘れないように」


 アーサー、ジニー、ロンはテーブルの上に身を乗り出して、モリーの言葉を待った。


「とにかく――何がなんでも絶対――ドラコから目を離してはならないわ」
 モリーは言った。


「お母さん!」
 ジニーは頬を紅潮させて声を上げた。


「ジニー、あなたはルシウスの世話でずっと二階にいることになるわね。約束してちょうだい、ドラコが何か妙なそぶりを見せたら即刻、母さんに言うこと」
 モリーは言葉をつづけた。
「言い訳は受け付けませんよ。帰ってきたら子供たちがみんな殺されていて、わたしたちの家の上空に闇の印が浮かんでいるなんてことはごめんですからね」


 ジニーは首を振ったが、結局は同意せざるを得なかった。


「第二に……」
 モリーはつづけた。
「できるだけ早く、彼らにアパートを見つけなければ。それまでは、誰も気の休まるときがないわ。安い物件を、順番に交代で探しに行きましょう。ありがたいことに、わたしたちは知り合いが多いから、きっとなんとかなるはずよ」


「ナルシッサのことはどうする?」
 アーサーが尋ねた。


「もしまた眠ったまま歩き回るようなら……本人にはっきり言ってやるしかないわ。何も見ずに、いつまでもよろよろとうろつきまわるのを許せるほど広い家じゃありませんもの。それから、最後になったけれど――できるだけ礼儀正しくね。今だけは割り切って、ウィーズリー家がマルフォイ家と比べて決して品位のうえで劣っているわけではないとわからせてやりましょう。でも彼らのために、ただ働きすることはないのよ。礼節は守っても、彼らがやるべきことまで肩代わりしては駄目」


「わたしは仕事で……」
 ジニーは口を開いたが、すぐに遮られた。


「彼らに住むところや食べるものを与えるのは、おまえの仕事じゃないだろ。そもそも、もう賃金だってもらってないんじゃないのか?」
 ロンが尋ねた。


 ジニーは気まずい思いで肯定した。


「いや、待てよ。ドラコは、別のやり方でおまえに支払いをしているのかもしれないよな?」
 悪意たっぷりに、ロンはつづけた。


「ロン!」
 モリーはテーブルの上をバンと叩いた。
「心にもないことを言うんじゃありません。ジニーがそんな、男の人に自分を利用させるようなことをするなんてあり得ないわ。絶対に」


「でもほら、顔が真っ赤じゃないか」
 ロンは言った。


「それはだって……だって、兄さんが意地悪だからよ!」
 ジニーは言い返した。


「さあ、もうそこまでにしなさい! ロン、二度とそういう話を持ち出すんじゃない。自分でも信じちゃいないくせに。ジニーがそんなことで、自分の家族に嫌な思いをさせたりするはずがない」
 アーサーが言った。
「これからすぐに、日刊予言者新聞を見てみよう。アパートの広告が載っているかもしれないから」


「じゃあお願いしますね、お父さん」
 モリーは賛同してうなずいた。
「あなたたちはもう寝なさい。ジニー、明日はドラコに近所を案内してあげなさいね。だからちゃんと睡眠をとって。ロン、あなたもよ」


 ロンは呆れ顔になった。
「母さん、ぼくはもう子供じゃないんだよ」


「あら、でもやってることは子供みたいよ。さあ、行きなさい」
 モリーはもう笑顔を取り戻していた。ロンは首を振って、母親の頬にキスをした。モリー・ウィーズリーに接していると、誰も長いあいだ怒りの感情を保ちつづけていることはできなかった。それは暖かい雰囲気の身体つきのせいかもしれないし、あるいはふっくらとした頬や、開けっぴろげな笑顔のせいかもしれない。それとももっとほかの、モリーの内面にある何かのせいだろうか。とにかく、好意的にならずにはいられないのだった。