2003/9/4

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 17 章 最初の衝突

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 ジニーには、ちょっとした秘密があった。マルフォイ一家がやってくるということを、自分の母親に伝えそびれていたのだ。言うつもりだったのだが、皺の目立ってきた母親の優しげな顔を見てしまうと、勇気が出なかった。これまでずっと自分を育ててくれてきた女性に対して、家族みんなの宿敵を自宅に招待しました、などとどうして言えようか。今日はもう大移動の日だ。ドラコは数少ない持ち物をまとめて、ウィーズリー家に運び込む準備を進めていた。


 荷造りが終わると、皆で台所に行って席についた。ドラコとナルシッサは向かい合っており、ジニーはあいだに挟まれて、小鳥のようにちょこんと座っていた。ナルシッサは胡散臭げに、お茶をスプーンでかき混ぜているジニーの横顔を睨みつけた。
「この引越しは、この子が思いついたのでしょうね?」


 その声音に含まれた不満そうな調子を感じて、ドラコは反射的に謝罪の言葉を発した。
「ぼくだって嫌なんだよ、母上。本当に。ここまで落ちぶれることになってしまって、本当にすまない」


 ナルシッサは唇をすぼめた。
「彼ら……ウィーズリーの者たちには、このこと……この恥ずべき事態を他人に口外するくらいなら頬の肉を噛み切ってしまうくらいのつもりでいてほしいものだわ」
 スプーンを回しているジニーの手に力がこもり、カップの縁がこすられてきしむような音を立てた。


「そんなにうるさくする必要がどこにあるの!」
 ナルシッサが叫んだ。


 ジニーは全身をこわばらせたあと、スプーンをカップから出し、テーブルの上に置いた。自己弁護の言葉は一切口に出さず、ただ怒りの気持ちが体内でふつふつと煮え繰り返るにまかせた。この数分をやり過ごせば、自分の本拠地に戻れるのだ。オートミールとも、隙間風の入る灰色の部屋とも、陰鬱な雰囲気とも縁が切れる。もし "隠れ穴" に移ってもマルフォイ家の者たちが陰気なままなら、もうこれ以上なす術はない。


 しかしドラコが、心の中の懸念が滲みでたような声ではあったが、はっきりと言った。
「こうするのが一番いいんだ。そのうち、ぼくの給料で家賃を払えるようなアパートを見つけるよ」


 ジニーは緩みそうになった口元を引き締めた。しばらく前にジニーは、ドラコの賃金を、ドラコ自身には知らせずに上げてくれるようハリーに頼み込んであったのだ。ドラコに支払われる金額は、毎週少しずつ増えていたが、微々たる変化だったので、ドラコは気づいていなかった。あと一ヶ月も経てば、ほとんど一階級分の昇進をしたのと同じくらいの給料になっているだろう。ハリーは影でこっそりと、大きな力になってくれていた。マルフォイの私生活についてほとんど何も伝えていないにもかかわらず、ドラコが変わってきているとジニーが言ったとき、ハリーはそれを信じてくれたのだ。


「これでもう、落ちるところまで落ちたわね。手に入れられたはずのものを何もかも失って。それとも、手に入るとわたくしが思い込んでいただけなのかしら。今やわたくしたちは、おめおめと屋敷をあけわたし、ウィーズリー家の者たちと一緒に暮らしはじめるというわけなのね」
 ナルシッサのけだるい声が、ジニーの耳に突き刺さるように思われた。


「おめおめとあけわたすというのは違います」
 ジニーは言った。


「なんですって?」
 ナルシッサがぎろりと見つめ返してきた。


「おめおめとあけわたすというのは違います」
 ジニーはもう一度言った。
「銀行に押収されるんです。もし奥様がここに残っておられたら、路頭に蹴り出されてしまうんですよ」


 ナルシッサの顔が憤りによって赤くなった。
「よくもまあ、わたくしに向かってぬけぬけとそんなことを言うわ!」


 これを聞いてドラコが顔を上げた。戸惑いと後ろめたさの混じった表情だった。


「これほどに卑しい身分の者が。三年前ならばわたくしの靴を舐めてきれいにする栄誉さえ与えられなかったでしょうに、今ここでわたくしに、捨て身になれと命令するのね。まるで自分が救世主か何かだとでも言うように」
 ナルシッサははき捨てるように言い、ハンカチを振り広げた。灰色の埃が舞い上がってジニーの周囲を取り巻き、目が痛くなった。


 ジニーは冷静に返答した。
「困ったことになっていらっしゃるのは、あなたですよ、ミセス・マルフォイ。窓を開けていたのが誰だか、ご存知なんでしょう?」
 ここで、眉をひそめる。
「そうですね、もしなんなら、教えてさしあげても……」


「やめてくれ」
 弱々しく、ドラコが言った。


「わたくしを脅迫するなんて!」
 ナルシッサは手を上げて、今にもジニーをひっぱたきそうにした。
「ドラコ、あなたからも言って……言っておやり。この子がいったい、わたくしたちにとってどれほど重要だというのか!」


「やめてくれ!」
 ドラコは、はじかれたように立ち上がった。女性陣はふたりとも、そちらに顔を向けた。ドラコはふたりの目を避けて、テーブルの上を見下ろしていた。
「いいか、どちらの言うことも正しいし、それと同時に、間違ってもいる。ぼくにどちらかの味方をさせようとするな。ぼくに……」
 ゆっくりとした喋り方だった。その声は痛々しく引きつっていた。
「……どちらかの……味方を……させようと、するな」


 ナルシッサが首を振った。
「なんとまあ!」


 ドラコがのろのろと上を向いて、影に隠れていた顔が徐々に見えてきた。最初は鼻先、次に額の表面、金髪の輝き、それよりもわずかに色の濃い眉。それから反り返った睫毛、そして波立つ海のような両の目。
「母上、もうひとつだけ言わせてくれ。ぼくがこの事態を喜んでいるとか、ジニーがぼくたちのために尽力してくれているのが、嫌がらせのためだとか思うのなら、悪いけど母上はまったく現実を把握できなくなってしまっているに違いないよ。世界中がぼくたちの敵にまわったわけじゃない。ジニーは――力になろうとしてくれているんだ。認めたくないなら仕方ないけど、思ったことを口に出すのは控えてほしい」


 ナルシッサはジニーを見た。
「あなたの蛇のような毒で、ドラコはやられてしまったわ。わたくしから息子を奪おうというなら、そうするがいい。でも……」
 ナルシッサの声がかすれて、目に涙があふれた。
「……マルフォイ一族の精神を滅ぼすことは決してさせない。決して」


 ナルシッサは立ち上がると、荷物を持って外に出てほかの者たちを待った。ドラコはルシウスの部屋に上がっていき、ジニーは台所に留まって後片付けをした。果たして、今後マルフォイ一家が心から幸せになれる日は来るのだろうか、とジニーは思った。