ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜Dracordia (by LittleMaggie)Translation by Nessa F.
第 16 章 臆病者(page 2/2)
その夜、すすり泣くようなルシウスの低い声が、ジニーの耳に届いた。ジニーはベッドから飛び起きて、ルシウスの部屋に駆け込んだ。ルシウスは目を瞑ったまま、掛け布団の下でしきりに寝返りをうっていた。何か恐ろしい悪夢を見ているのかもしれない。ジニーはベッドに走り寄って、引き出しから小さな薬壜を取り出した。 暗闇の中で、薬をスプーンですくう手が震えた。かさかさになったルシウスの唇を、指でゆっくりとこじ開けると、うめき声がして、喉の奥からぜいぜいと呼吸の音が聞こえた。ルシウスの口にスプーンの先端を入れると、くすんだ茶色の液体がこの亡霊ののたうちまわるように動く舌をつたい、食道を滑り落ちていった。 「おやすみなさい」 背後に立っていたのは、ドラコだった。 ジニーはドラコの手から自分の手を引き抜き、思いっきり平手打ちをしてやりたいと思った。こんなふうに黙って近付いてくる権利は、ドラコにはない。あんなことがあったあとなのに。しかしお腹や心臓や脳から湧き上がってくる感覚は、何か別のことを伝えてきており、ジニーの身体は千々に乱れる感情の渦を無視してただ直感に従い、ドラコについて行った。 「そろそろ、見せておくべきだと思ったんだ」 どこへ連れて行かれているのか、最初はよくわからなかったが、やがてガーゴイルの石像が見えてきた。ドラコは杖でガーゴイルを軽く叩き、完全に消失させた。 ジニーはドラコの後につづいて、北の棟に向かった。ドラコはあの禁じられた部屋に入って行き、ジニーもそっと足を踏み入れた。室内は、屋敷の秘密めいた通路よりもさらにずっと暗かったが、しばらくしてジニーは、床に小さく反射する月明かりを目に留めた。光は、窓から射していた。ただ一つの窓で、牢屋のように縦格子がついていた。 見たかぎりでは、延々と本棚がつづくばかりの部屋だった。しかし目が慣れてくると、ジニーははっとした。壁から、拷問器具や武器がぶらさがっている。また、呪術に使う禁制の材料の入った壜がいくつもいくつも並んでいた。ぎっしりと本棚に詰まっているのは、闇の魔術に関する書物だ。棚には、たくさんの毒薬も置かれていた。 ドラコの顔を見ると、何かを思い返しているようすだった。 そして部屋の隅では、デスイーターの装束が二人分、ガラスのケースに入れて置かれていた。ジニーはたじろいで身を引き、光の射しているところに立った。身体が震えていた。 ドラコはジニーのほうに向きなおった。影の中に身を置いたままだったが、鼻と顔の輪郭が光に照らし出されていた。 ジニーはうなずいた。 「怖いか?」 ジニーはもう一度うなずいた。 「怖がらなくていい」 「今でも恐ろしいわ」 「本当に恐ろしいことのやり方を、ぼくはここで学んだ。デスイーターたちが時々、マグルを捕らえて死ぬほどの拷問にかけたりしていたことは知っているだろう。ここでもたまに、そういうことが行われたんだ。入信の儀式として、ぼくはそれをしなければならなかった。つまり、自分から拷問を開始することができるように、ならなければいけなかった」 ジニーは苦しげに呼吸をした。 突然、ドラコがどことなく悪魔のように見えはじめた。突然、その眉の傾斜具合が悪魔の角を模しているように、陰気なしかめ面が悪意に満ちた嘲笑に変わっていくように思われた。 「しなければならなかったんだ。それが間違っているという感覚さえ、なかった。ぼくは……ぼくは、それを相手に苦痛をもたらすこととしては、捉えていなかった。自分自身を強くするための行為として捉えていたんだ」 「ひどいわ」 ドラコが近づいてきた。目に涙が浮かんで、かすかに光っていた。 「今でも、力を得るための手段のようなものだったと思ってる?」 「いいや」 「本当のことを言って」 「本当だ」 「ドラコ……」 「ぼくは、臆病者だ」 ゆっくりと、ドラコはシャツのボタンを外し、片袖を脱いで肩をあらわにした。そこには、闇の印が刻み付けられていた。 「話して」 「本気か?」 「あなたについて、知っていることが増えれば、わたしはもっと……理解できるようになるわ」 「ごめん……さっきのこと」 「臆病者が一生に味わう死の恐怖は数千回、勇者が経験する死はただ一回」 「母はここに来て、この期に及んでも闇の魔術の呪文を練習していた。まあ、杖は持ってきていなかったから、何もできはしなかったんだが、それでも徘徊しては、この部屋に入ってきていた。朝になって確認すると、呪文の本が開いていたり、いろいろな材料がぐちゃぐちゃに混ぜられていたりすることがよくあった」 「いいえ」 「ひどい臆病者だ」 ため息をついてジニーは応えた。 ドラコはジニーの手をとった。 |