ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜Dracordia (by LittleMaggie)Translation by Nessa F.
第 16 章 臆病者(page 1/2)
二週間が過ぎた。ナルシッサの眠りながら歩きまわる癖はいまだ治らず、かえって頻繁になっていたが、これが異変の原因だということがはっきりしてからは、ジニーもドラコも心穏やかに過ごしていた。今となっては、何もかもつじつまが合った。窓が開かれること、ナルシッサが眠り薬を愛用していること、さらには、ナルシッサが折に触れてよろよろとジニーの部屋にやってくるという、謎めいた現象でさえ。ジニーは黙ったまま暖炉の部屋の二人掛けのソファに座ってドラコの左肩より少し上の空間を無表情に見つめながら、これらのことについて考えをめぐらせていた。 絵を描いているときのドラコが、すすんでお喋りをすることはめったになかった。自分だけの小さな世界に入り込んでしまうのだ。絵筆と彼自身とイーゼルしか存在しない世界。彼の周囲に引かれた目に見えない境界線を踏み越える権利は、誰にもない。そんな夜長を、ジニーはほかにやることもなく、結局は自分のほうからもドラコを観察しながら過ごすことになるのだった。ジニーの目に映るドラコの顔は、ただ整っているというより、むしろ威厳があると言いたいものだった。王子に相応しいような顔立ちだ。金髪には、濁った色合いがまったく混じっていない。本当に白に近く、クリスマス・ツリーの装飾に使うきらきらした糸を思わせる、繊細なブロンドだった。暖炉の炎の光が反射して、今夜は赤味がかった輝きを帯びている。好みの顔であることを、ジニーは認めざるを得なかった。緊張を解いて絵を描いているときのドラコは、ふだんほど刺々しい表情はしていなかった。 「今、どこ描いてるの?」 ドラコは顔を上げてジニーを見た。生気に満ちた瞳がきらめいてジニーの視線とかち合う。そのまま数秒間が過ぎてから、返答があった。 目だけを動かして視界の片隅で、ジニーは白いレースの襟を見下ろした。突如として、そこにある皺を伸ばし、ほつれた糸を裏側に押し込みたくなった。自分の首に注がれるドラコの視線が、皮膚の上に焼きつくように感じられた。 「髪は塗りおわった?」 「見てないのか?」 「ちょっとは。でも、いつも壁に向けて置いてあるから、ちらっとしか見えなかったの」 「髪は仕上がったよ」 ジニーは肩をすくめた。 ドラコは立ち上がって絵を回転させ、ジニーのほうへ向けた。絵の全体を目にしたジニーは、その見事さにはっと息を呑んだ。ドラコの筆によるジニーは、まるで華麗な火の女神か何かだった。髪は豊かに鮮やかに、実に炎や黄金を紡いだように描かれ、溶岩のごとくうずまいて流れている。大きな目は、一度見たら忘れられないほど写実的で、あらゆる光を反射してきらめいていた。白く滑らかな肌には、ほのかに黄色い輝きが加わって、本当に暖炉の前に座っているようなかんじが出ていた。絵の中のジニーは、見る者に向かって招きかけるような視線を向けており、これから無数の物語を聞かせてくれそうだった。 「気に入ったか?」 「すごいわ!」 「まだ描き上がってはいないんだ。ベルベットの押しつぶされたところが、それらしくない」 「本物のわたしより、きれいだわ」 ドラコは返答に困って、自分の膝を見下ろした。下を向いていると、その目は睫毛に隠れてジニーからは見えなかった。 「悪い意味で言ったんじゃないの」 「悪い意味には取らなかった」 ジニーはうなずいた。 「いいや」 ジニーはため息をついた。 「きみには、それ以上のものがあるんだ」 「どういうこと?」 「その鼻の上向き具合――楽観的だ」 「あらまあ、それはどうも」 「きみの髪は、太陽のコロナみたいだ」 「それはよかったわ……」 「実際、ぶち壊しにしているのではなく、修復しているんだという実感があるよ。ここを売りに出したこととか。先祖代々ここで暮らしてきたけど、とにかくもうほかに方法は……」 ジニーはどうしていいのかわからないまま、ドラコの手を撫でた。 「母も、助けを必要としていると思う。でもたぶん、一番助けを必要としているのは、ぼくだ」 「たまにグラス一杯くらいなら、飲んでもいいと思うわ」 ドラコは笑みを浮かべた。 「ちょっとは、うっとうしいということかも」 「ここに来てから、一生分の狂気沙汰を見てしまったと思ってるんじゃないか?」 「ここに来ずに、家で過ごしていたほうがよかったとは思わないわ。物事が変化していくのを目の当たりにするのは、いいものよ」 「でも、内心では本当に嫌な気分なんだ」 「ちょっとした行き詰まりなんかじゃないわ。ほんとよ。それに、あなたは家族のために一番いいことをしているんだと、わたしは思う。多少は噂になるかもしれないけど……」 「……いずれはみんな、忘れてしまう」 「あなたたちがわたしの家に滞在していることは、誰にも知られないようにするわ」 「そう希望するよ」 「あなたの口からその言葉を聞くのは、いいかんじだわ――"希望"」 もう一度、目が合った。ドラコはとても近いところにいて、それと同時に、とても遠いところにいるようにも思われた。ふたたび彼の上から、真の感情や考えを閉じ込めて通さない壁のような、目に見えないヴェールがかけられていくのが感じられた。 ジニーは赤面した。 「いかにもマルフォイ的だけど」 ジニーは笑った。 「笑顔? なんだっけな、それは?」 知らないうちに、唇が触れ合っていた。最初は、違和感があった。合わないパズルのピースを無理矢理につなげようとしているような。次の瞬間、すべてが正しいところに落ち着いた。とても軽い、空気のようなキス。一秒もたたないうちに、ドラコが唇を離した。ジニーは、どちらから先にキスをしたのか、思い出せないことに気付いた。覚えているのは、突然ジニーをドラコに、ドラコをジニーに引き寄せた、不可思議な磁石のような力だけ。 ジニーは、ドラコがそっと吐き出した息が自分の顎にかかるのを感じた。それから突如として、心臓を氷柱で貫かれたように、現実感がドラコに押し寄せた。 呆然として、ドラコは立ち上がった。ジニーはその手を取って、引き止めようとした。ドラコは振り向いて、自分の髪に手を入れてかき乱した。 ジニーはやっとのことでうなずいた。 部屋から走り去ったジニーの胸の中で、心臓が怒りに揺れていた。もしかしたら本当は、ドラコはジニーを憎からず思っているのかもしれない。もしかしたら、感情を偽っていたのかもしれない。でも、もしそうだとしても、ドラコは意気地なしだ。女の子にキスしておいてから、あんなことを言うなんて! 嘘でも本当でも、意気地なしであることには変わりない。あるいは、もっと悪くすれば、考えなしの無神経。 しかしそれでは、お腹のなかで虹が砕け散って無数の破片となり、その一つ一つのギザギザの縁がひらひらと舞って、今にも外に出て行こうとしているような気持ちなのは、なぜだろう? |