ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜Dracordia (by LittleMaggie)Translation by Nessa F.
第 15 章 信頼(page 1/2)
土曜日の深夜、ジニーは寝付くことができないまま、ドラコのことを考えていた。一晩のあいだに何か恐ろしいことが起こったに違いなかったが、それが何だったのかは、想像もつかない。天井に映る指のような形の影をじっと見つめて、答えを探す。窓の外で木々が揺らいで、その影が白い天井の上に伸びているのだ。 胃が怒ったような音を立てた。一緒に買い出しに行くはずだったドラコは、一日中、陰鬱な放心状態といったかんじのものに落ち込んだままだった。いったい、彼の心の中からこんなに急速に悪魔を呼び出してしまう、どんな出来事があったのかは、いくら考えてもわからなかった。ほとんど楽しげと言ってもよかったほどの機嫌のよさが、あっさりと何かに取りつかれたような恐怖の混じった怒りの感情に変わってしまうなんて。結局、今日の夕食はナルシッサとふたりきりだったが、ナルシッサの険悪な冷たい視線がじっと自分に注がれるのを感じながらの食事は、一人で食べるよりも辛かった。 そのとき、自室のドアがきしみながらゆっくりと開く音が聞こえて、ジニーは全身を硬直させ息を詰まらせた。まぶたを震わせながら、なんとか薄目を開いてようすをうかがってみる。戸口には、ナルシッサが立っていた。薄いアクアマリンのローブはねじれたように身体に巻きついており、前のボタンはぜんぶ、かけ違いになっていた。よほど急いで着替えてきたのだろう。 不安のあまり、心臓が喉までせりあがってくるような気がした。ナルシッサは身体の向きを変えて、室内を見回していた。顔は影に隠れていた。銀色の筋の混じった髪の毛にさえぎられてその目を見ることができなかったので、視線がどこに向けられているのかも、よくわからなかった。 ナルシッサはジニーの机に歩み寄り、置いてあった紙の束を指で押さえて広げた。片手は窓枠に伸ばして欄干に触れたあと、それを軽く押し上げる。窓に鍵をかけてあるかどうか確認しているのだろう、とジニーは思った。 その後、ナルシッサは不満げな声をもらしながら、机の上の紙をパラパラとめくっているようだった。それからクローゼットのあるあたりに顔を向け、何かあるに違いないというふうにじっと見つめる。ジニーは、自分の心臓の音が大きくなるのを感じた。アルコール類はみんな、あそこに隠してあるのだ! ナルシッサに見つかったら、ジニーがマルフォイ家のお酒を盗んでいるのだと思われてしまう! マルフォイ夫人はさほど興味を引かれなかったらしく、無気力なため息をついて、わずかに足元をふらつかせながら部屋を出て行った。こんな夜更け 一夜明けて日曜日。ジニーとドラコは一緒にダイアゴン横丁の市場へ食料の調達をしに行くことになっていた。まぶたごしに光を感じながら、ジニーは仮病を使ってこのままベッドに留まるのと、ドラコに同行することで現実の危険に身を晒すのと、どちらのリスクを取るべきか検討してみた。 結局ベッドから起き上がり、ていねいにシーツをたたんでからシンプルなミントグリーンのワンピースに着替えた。そして最後のひと仕上げとして、髪をうしろでまとめて黄色いバレッタで留めた。戸口に向かい、部屋を出て階段を下り、ついに台所にたどりつく。 ドラコはすでに下りてきており、椅子に座って黒いブーツの靴紐を結んでいるところだった。 「できたわ」 ドラコは立ち上がって杖を出した。 「あら」 ドラコはジニーの目を見た。灰色の虹彩の中央の真っ黒い瞳孔の部分がジニーをまっすぐに貫いて、その奥の意識を読み取るように思われた。 「だったらどうだっていうのよ?」 「じゃあフルー・パウダーで行こうか」 「いいわ」 市場はさまざまな色彩、匂い、そして光景のるつぼだった。どこを見ても人がいたが、ほとんどが年老いた女性や使用人だった。日曜日だったので、多くの魔法使いたちは遅くまで寝ており、市場まで必要なものを買いにくるのは、各家庭のために働く者たちなのだ。ジニーが大きく息を吸うと、鼻からシナモンの香りが入ってきた。 「おや、気に入ったかい?」 「素敵ね」 ジニーの連れが目に入ると、女は一歩うしろに退いた。どことなく周囲と距離を置いたような雰囲気を持つこの長身痩躯の若者は、ほかでもないドラコ・マルフォイではないか。たかだか市場に来るだけだというのに、立派な青いスーツの上に優雅な外套を着込んでいる。 シナモン・スティックのワゴンから周辺のほかのワゴンへと、驚愕の表情が波及していくのを悟って、ドラコは暗くなった。そう経たないうちに、市場の人々のうち半数が、ドラコとジニーのほうを盗み見るようになっていた。値段の交渉や取り引きは続けられていたが、それらは控えめな打ち解けないようすで行われ、皆の目はちらちらとこの珍しいふたり連れのほうへ向けられるのだった。 「こっちにいらっしゃいな!」 「知り合いか?」 その女のワゴンの前でふたりが立ち止まると、女は展示ケースにかけてあった大判のスカーフをゆっくりと外した。ケースの中では、幾列ものきらきらと輝く婚約指輪や結婚指輪が、石や金属の種類ごとに分けて並べられていた。女は考え深げにジニーをじろじろと見て、ドラコに問いかけた。 ドラコの声音は、ひどく冷たく凍てついていくように思われた。 ジニーは貶められたように感じて、自分でも付け足した。 「あら」 ドラコは気色ばんだ。 すぐ近くに、調味料類を積んだワゴンがあった。ドラコは砂糖を手に取って、ジニーが持っていたバスケットに入れた。ジニーはワゴンの狭い天井からぶらさがっている、糸でつないだ赤唐辛子にすっかり夢中だった。 ドラコはジニーの顔を見た。 「もちろん」 「一本分、買おう」 「駄目だわ……」 ドラコは肩をすくめた。 「ねえ、どう感謝したらいいのか、わからないくらいよ」 「じゃあ手始めに、その嬉しさを抑えるようにしてくれ」 |