ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜Dracordia (by LittleMaggie)Translation by Nessa F.
第 14 章 記憶(page 1/2)
その後のある晩も、ドラコは黙々と厳粛にジニーの絵を描いていた。金曜だったので、翌日にはジニーは家族のもとに帰れることになっていた。ジニーはそのことと、またハリーにどんなふうに話をすべきかということについて、思いをめぐらせた。今のところ、めぼしい進展はまったくない。ドラコはまだ援助を申し出られても、それを受け入れることはしないだろう。ジニーがもっとドラコに近付いて、友達になることさえできれば! しかしドラコに近付くことは、自分の首を危うくすることでもあった。ジニーがナルシッサの不興を買っていることは確実なのだ。 ドラコに使用人と呼ばれるのは、とりわけ、これまでの二倍の努力で友人、あるいは身内とさえ思ってもらえるように、最大限に働きかけたにもかかわらずそう呼ばれるのは、癪に障ることだった。 「おい、眉間に皺が寄ってるぞ」 「ごめんなさい」 「嫌なことでもあったのか? ラベンダーが知らせてきたことか?」 「ううん、なんでもない」 「なら、いいんだ」 ふいにジニーは、自分のほうから心を開いて、ドラコに自分の抱えている問題や考えていること、物事に対する見解について話して聞かせたらどうだろうかと思いついた。それにこれまでの人生のこまごまとした出来事でさえ。そうすれば、ドラコはジニーとのあいだの距離を、否応なしに縮めることになる。それほどいろいろと知り尽くした相手のことを、拒絶できる人なんているだろうか。 「彼に幸運を祈る」 「ラベンダーは今、トレローニー先生のところで働いているの。在学中から、あの先生の授業が本当に好きだったのよ」 「トレローニーのところで働くのは、ひどいものだろうな。明日の正午には転んで脚の骨を折るだの、来週には飼い犬がアイスピックで刺し殺されるだのと言われまくるに決まってる」 ジニーはくすくす笑った。 「くだらない」 ジニーはうなずいて賛意を示した。 ドラコは、先ほどまでのものと比べるとかなり華奢なかんじの細筆を手に取って、ジニーの髪の自然な艶の部分を引き立たせるために明るい薄黄色を含ませた。今一度、彼は自らを会話から切り離したようだった。今までもドラコは、これをとても巧みにやってのけてきた。ちょっとした動作をするだけで、これ以上会話を続けたくないとほのめかすことができるのだ。そのはぐらかされたという事実で、ジニーは意地になった。 「どこかに出かけていって、素敵な女の子にめぐり合いたいと思ったりしないの?」 「明日は買い出しに行く」 「そうじゃなくて、公園でぶらぶらするとか……」 「公園? いつ行ったって犬を散歩させているやつがいるじゃないか。犬どもが歩いた後の汚らしさといったら、信じられないよ」 「たとえばの話よ。カフェに行くのだっていいわ」 「いいか、ぼくは腕に女性をぶらさげていなくたって、生きていけるんだ」 「女のひとは、それだけのためにいるんじゃ……」 「わかったよ。じゃあ、女性は料理して掃除して、子供の面倒をみる」 「それは差別だわ!」 「でもきみの母親はそうしてきただろう? ぼくの母も。同じなんだ。どんな母親も同じさ」 ジニーは黙り込んだ。ドラコも五分ほどのあいだ、何も言わず絵を描きつづけた。厳かな沈黙は、これからどうするのかという思いによって重くなっていった。どちらが先に口を開くのか。何を言えばいいのか。どんな問いかけをする? とうとう、ジニーが口火を切った。 「ぼくと一緒にいて耐えられる女性なんかいない」 「あなたって、ひどい悲観主義者だわ」 「生きていればいろいろと悟ってくるものだ」 ジニーの目を描きおわってはみたものの、ドラコは実際にその目がたたえている柔らかい暖かさを、あまり写し取れていないことに気付いた。代わりに、蜂蜜のような色調と小さなタンポポ色の斑点を加えて、少し明るめに描きなおした。髪はすでに仕上がっていたが、もう一度ジニーの髪を見つめる口実として、ドラコの筆は何度でもそこに戻って、文句のつけようのないカールの曲線の上をたどった。ジニーの目をじっくりと見るのは落ち着かなかった。さっさとその部分を仕上げてしまったのは、そのためだった。 「きみの一番いいところは、髪の毛だね」 「それはありがとう」 いきなり、ドラコは腕を伸ばしてその巻き毛を自分の手に取った。もはや我慢ができなかったのだ。ほんのりと色づいた指のひらの上で一本一本が見てとれるよう、つかんだ髪をゆっくりと広げる。健やかな赤、力強い茜色、ところどころに混じる金色の筋。目を上げると、ジニーの顔が真っ赤に染まっていた。 「触っていいか……?」 ジニーはうなずいた。 ドラコは立ち上がってジニーの横に腰を下ろし、顔や首のまわりの髪には手を触れず、二人がけのソファの背もたれの上に奔放に落ちかかっていた髪を手中におさめて、ゆっくりと指を通した。 ジニーは自分の頭のうしろに手を伸ばして、二つ縛りにするときのように髪を左右に分けた。そしてドラコに近いほうの髪の束を、まとめて手渡した。 ドラコは、ジニーの髪を三つ編みにしはじめた。思い出の渦に捕われたドラコの顔に、陰が差した。 「まあ、それは大変だったわね! お気の毒だわ!」 ふたたび、目が合った。ドラコは、何かを言いかけてやめたようすだった。 一呼吸置いて、ドラコはうなずいた。 「本当にお気の毒だわ」 「それから母はずっと子供を作る気になれなくて、そのあとは、欲しくてもできなかった。ぼくが甘やかされて育ったのは、たぶんそのせいだ」 「おやすみなさい」 |