2003/8/2

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 13 章 解決策

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 面白い手紙だった。あまり長文ではない。興の乗るままにたっぷり数ページにわたって書きつづけるのがラベンダーの常だから、これは異例のことだ。ジニーはもう一度手紙を広げて、便箋から立ちのぼるきつい香水の匂いを意識しながら、再読した。



ハーイ、ジニーちゃん!


 マルフォイは自分で考えたりしないわ。両親があいつの代わりに考えてやるのよ。とにかく、今はあまりたくさん書かずにおきます。どうやらマルフォイ屋敷ではなかなか珍しい体験をしてるみたいね。本当にあなたが自分で書いてるように、それほど大変じゃないならいいんだけど。嘘は駄目よ! こんなはずじゃなかったってことが出てきたら、わたしに知らせて。すぐにそっちに行って、助け出してあげるから。


 とにかく、今は詳しくは書きませんが、これだけ言っておくわ。わたし、あなたをびっくりさせるつもりなの。


ラベンダーより



 どのようにびっくりさせてくれるつもりなのかは、見当もつかなかった。しかしラベンダーがいつも、とんでもないことを思いつきがちなのは事実だ。もし今回もそんなことだったら。ジニーは、面倒なことにならないよう祈るしかなかった。


 部屋から出て、マルフォイ邸の中央廊下に敷き詰められた深紅の絨毯に足を乗せるなり、ひんやりとした隙間風を感じた。ジニーは即座に廊下を突き進んで、その出どころである部屋に駆け込んだ。それがナルシッサの私室であることに気付いたのは、入ってしまってからだった。


 ここに来たのは初めてだった。近付くことすら禁じられていたのだ。ジニーは思わず後じさりをしたが、それでも室内のようすは目に入った。ナルシッサはベッドに横たわって、しきりに寝返りを打っていた。おそらく、冷気のせいだろう。


 巨大な天蓋ベッドの左側にある窓が大きく開いており、カーテンが荒々しくはためいて、ナルシッサの顔から数インチしか離れていないシーツの上をかすめていた。部屋全体は、まるで古い映画から抜け出してきたようだった。壁には繊細なレースのカーテンや真珠で飾られた鏡がかかっており、色の薄い木の床の上には、羊の毛皮の敷物があった。そこらじゅうのものに、金色の縁取りや真珠と象牙の装飾が施されていた。室内は徹底して中間色で統一されていた。冷たい灰色を帯びたものから、ほとんどわからないほどの黄色がかったものまで、あらゆるものがさまざまな色合いの白だ。


「まあ」
 知らず知らずのうちに、ジニーは息を吐いていた。鏡台の上に、磁器製の人形が並んでいる。人形たちの鮮やかに彩色された顔やカーニバルの衣装が鏡に映りこみ、実際以上にたくさんの人形があるような錯覚を生み出していた。どの人形もみんな、とてもきれいで陽気に見えたが、それと同時に、どこか不安を誘うところもあった。ガラスのうつろな目玉は何も見ていないようでいて、すべてをじっと見てとっているようでもあった。


 ジニーは音を立てないよう爪先立ちで、窓を閉めに行った。もしも今この瞬間にナルシッサが目を覚まして、ジニーが開ききった窓の枠に手をかけているところを見たら、目がまわるほどのスピードでこの家から追い出されてしまうに決まっている。ありがたいことに、幸運はジニーに味方した。ジニーが部屋の外に出てドアを閉めても、ナルシッサはまだまどろみつづけていた。


 ジニーは廊下を進んで階段を下り、そのまま台所に向かった。ドラコは夕食を取りおわって、暖炉の部屋に行っていた。暖かい炎のまわりをうろついて、自分を外側から暖めようとしているのだろう。内側には冷たさがたくさん詰まっているくせに。


 ジニーは台所に足を踏み入れて、息を呑んだ。目の前でラベンダーが、心もとなさそうに周囲を見まわしていたのだ。
「ラベンダー! いったいこんなところで何してるの?」
 ジニーは叫んで、それから、ささやきに近いところまで声を低めた。
「あなたがここに来るのは、すごく困るの……!」


「ああ、ジニーったらうるさいんだから」
 ラベンダーは言った。
「せっかく "姿あらわし" ができるっていうのに、使わないでどうするのよ?」


 ジニーは、うらやましさに胸がうずくのを自覚した。ほかの者たちにはうまく習得できた "姿あらわし" を、ジニーは一度も成功させたことがなかったのだ。とにかくどうしてもできなかったので、魔法薬学と変身術で特別にがんばることによって成績を埋め合わせるしかなかった。


「ラベンダー、聞いて。今すぐ "姿あらわし" で家に戻ってちょうだい。でないとすごく怒るわよ」


「あなたは、誰に対しても怒ったりできない子よ」
 ラベンダーは返答して、それからにっこり笑った。
「ねえ、わたし、あなたに喜んでほしかったんだから。わたしに会えて嬉しくないの?」


「もちろん、会えて嬉しいわ」
 ジニーには、自分がほだされていくのがわかった。ラベンダーに向かって怒りをぶつけても、どうせ無駄なことだ。


「よしよし」
 ラベンダーは、厚くマスカラを塗った睫毛に縁取られた目を下に向けた。
「マルフォイ家の大邸宅を、わたしも見てみたかったのよ。ドラコはどこにいる?」


「ドラコには会わせられないわ。ナルシッサに告げ口されたら、わたしはクビよ!」


「そんなにピリピリしなくていいじゃない」
 ラベンダーは悠然と台所を出て、隣の部屋に入った。この部屋の壁には、何枚もの写真が飾られていた。ほとんどが、マルフォイ一家を写したものだ。夫婦の結婚式からドラコの卒業式まで。
「彼ったら全然、笑顔を見せないのね。減るもんじゃあるまいし」


 ジニーは頭を振った。
「何かわたしに言いたいことがあるんじゃないの? 理由もなく来たはずないもの」


「わかったわよ」
 ラベンダーの紅い唇がとんがった。
「言うわ。数日前、あなたのお兄さんにばったり会って……」


「どの兄?」


「ロンよ、決まってるじゃない!」
 ラベンダーは目をぐるっと動かした。
「とにかく買い物してたらたまたま彼に出会ったの。わたしたちがどんなにうまが合ったか、もう信じられないくらいよ。彼って本当に、かわいい人ね。そう思わない?」
 ラベンダーはふと思いついたように手鏡を取り出して覗き込んだ。
「ねえ、赤ってわたしに似合うかしら?」


「素敵よ」
 ジニーは言った。
「当ててみせましょうか。ロンと付き合いはじめたんでしょう」


「あなたには何もかもお見通しね」
 ラベンダーは相好を崩し、ジニーの頬に軽くキスをするふりをしてから、つづけた。
「わたしたちが姉妹になったら、最高に素敵じゃない?」


「もう結婚を考えてるの?」
 ジニーは大声で言った。声を低くしておくことなど、完全に念頭から消えていた。
「大体あなた、シェーマスと付き合ってたんじゃなかった!?」


「そんな古い話? とっくに終わってるわ」
 ラベンダーはウィンクをした。
「ロンは夕食に誘ってくれて、わたし、とっても素晴らしいひとときを過ごしたの。彼ってほんとにチャーミング。最初のデートでこんなに楽しかったことなんて、ものすごく久しぶりだったのよ。ところでそういえば、あなたに彼氏ができないのは、不思議よね」


「単純に、そんな暇がないんだと思うわ」
 ジニーは答えた。


「そんな暇がないんだと思うわ」
 ラベンダーはからかうように口真似をした。
「オールド・ミスになっちゃ駄目よ、ほんとに。マクゴナガル先生を見なさい。あれこそ、お気の毒というものだわ」
 ラベンダーは棚から置物を一つ手に取って裏返し、底の部分にまだ残っていた値札のシールを調べた。
「思ったとおり。これ一個で、一週間の食費が出るわよ」


「ラベンダー、あなたとロンのことはすごいと思うんだけど、ほんとにそろそろ……」


 ラベンダーは下唇を突き出した。
「もう追い出すつもり?」


「わたし……」


 突然、別の声が会話に加わった。
「これを意見の一致と言わずしてなんと言おうか」


 ふたりのほうへ歩いてくるドラコを見て、ジニーは胃袋が膝まで急降下したような気分になった。思わず「どこから出てきたの?」と叫びそうになったのを抑え、ラベンダーをちらりと不安げに見てから、口を開いた。
「か――彼女は、今ちょうど帰ろうとしてるところだったの。そうでしょ、ラベンダー?」
 そう言いながら、肘でラベンダーの肋骨のあたりをそっと突く。


「痛っ。気をつけてよ」
 ラベンダーはつぶやいて、視線を上に向け、睫毛をぱさばさと動かしながら、目の前のドラコ・マルフォイの全身を眺めた。
「まあ、すっごく久しぶりね! 元気にしてた?」


(ラベンダーって時々、とってもわざとらしくなれるのね)
 ジニーは内心、考えた。


「まあな」
 ドラコは応じた。ラベンダーを見て、怒るよりもまず驚いているようだった。
「ここで何をしている?」


「わたしに重要な知らせがあったの。本当に緊急の用事で」
 ジニーは口ごもりながら言った。


 ラベンダーはドラコから目を離さなかった。まるで、彼がどんなに美形だったか今まで忘れていたというふうだった。ドラコが自分の近況を尋ねたと思ったふりをして、ラベンダーは言った。
「わたしのほうはね……そう、忙しくしてたの。今はトレローニー先生と一緒に働いてるのよ」


「そうなのか?」
 ドラコは困惑して、ジニーのほうを見ながら言った。


「ラベンダー、そろそろ時間じゃないかしら」
 ジニーはほのめかした。


「もう、わかったわよ!」
 ラベンダーは怒りのまなざしをジニーに投げかけた。
「いいわ、じゃあ、お時間取らせて悪かったわね、ふたりとも……」
 ドラコに色っぽく微笑みかける。
「……わたしだって、用事や人と会う予定があるの」
 杖を取り出し、ラベンダーは "姿あらわし" の術を使った。身体の周りの空気が炎の上のそれのように揺らぎ、次の瞬間、姿が消えていた。


「よくあんなのを我慢できるな?」
 ドラコはジニーに顔を向けた。


「よく知ってみれば、そんなに悪いひとじゃないのよ……待って! あなた、わたしに怒ってないの?」


「あれと友達をやらないといけないというだけで、罰としては充分だろう」
 ドラコは笑った。
「どっちみち、ぼくはもう寝に行くところだ。今は疲れてるから、どうでもいい」


「えーと……おやすみなさい」
 ジニーは言った。


 ドラコはのんびりとした歩き方で階段を上り、自分の部屋に入っていった。ジニーは不審に思わずにはいられなかった。今日のドラコは、異様に物分りがいい。まさか、隠しておいたアルコール類を発見したのでは? でもそんなことはあり得ない。ずっと一階にいたのだから。


(もしかしたら、ちょっとは明るくなってきてるのかも。むかしみたいに、ふざけたことを言うようになったし)
 先日の夜のドラコの思いやりのある態度も思い出して、ジニーは突然、自分は何かを成しとげたのかもしれないと感じた。ドラコをふさぎ込んだ状態から、ほんのわずかだけ浮上させることができたのだ。大きな変化ではなかったが、それでもこれは確実に、正しい方向への一歩だった。いずれ、ジニーのことを友達として認めてくれる日だって来るかもしれない。もう少し心を開いて、いくらかは悩みを打ち明けてくれるようにだってなるかもしれない。


 問題に立ち向かう覚悟が定まれば、ドラコは自分から助けを求めることができるだろう。必要なのは、たったそれだけのことなのだ――自分が問題を抱えているという事実を直視すること。その時点でもう、差し延べられた手に向かって、足を踏み出したことになるのだ。好むと好まざるとにかかわらず。


(ナルシッサにもドラコにも絶対に知られてはいけないのは、彼らを助けてくれるようにわたしからハリー・ポッターにお願いをしたっていうこと。まだ時期尚早だわ。特にドラコにとっては。きっとカンカンに怒るわね)
 ジニーはただ、ドラコが今の機嫌のよさを保ちつづけてくれることを願った。最終的には絶対に、そのほうが彼にとってもいいはずだ。


 前向きな考え方が、すべてのことに対する解決策。最初にそう、ジニーはドラコに話した。ジニーは、内側から心が晴れやかになっていくのを感じた。
(ところで――ロンとラベンダーですって! これを当たり前に思えるようにならなくちゃいけないのね!)
 ジニーは微笑みながら階段を上り、自分の部屋に向かった。