2003/7/26

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 12 章 最愛の母

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 どれくらい長いあいだベッドに身体を投げ出してすすり泣いていたのかはわからなかったが、すでに窓の外の空は暗く、木々のあいだから円い月がくっきりと見えていた。頭がずきずきした。ジニーは一瞬だけ上半身を起こして、開いたままの机の引出しから、清潔なハンカチをもう一枚つかみとった。お腹が鳴っていた。夕食を取り損ねてしまったうえに、すっかり疲れきってしまっていた。


 誰も怒らせるつもりはなかったのに。正直、ジニーは自分が彼らの助けになっていると確信していたのだ。けれど実際には、自分と彼らのあいだに壁を作っただけだった。ジニーの色鮮やかな服装、元気が出そうな食事の献立や個人的な嗜好は、彼らにとっては腹立たしいものに過ぎなかったのに、ジニーは気付きさえしていなかったのだ。


「ああ、もう!」
 指先の感触で、パステル・イエローのワンピースに穴が空いているのに気付いた。突然、ジニーはこの服が嫌になった。腰を細く見せ胸元を目立たせないデザインの、かわいらしいワンピース。とても気に入っていたので、ことあるごとに着ていた。今は身体からむしり取って投げ捨ててしまいたい。ぐいっと引っ張るとボタンがはじけ飛んで次々と床に落ちていくのがわかった。固い木の床にしたたる金色の小さな涙だ。


 白いスリップとブラジャーだけでよろよろと部屋の中を歩きまわり、ジニーはナイトガウンを探した。ふんわりとしたコットン・キャンディのようなブルーの、持っているなかで一番おとなしい衣類だ。でも今のジニーの気分には、これでさえも明るすぎるかんじだった。とにかくそれを着てベッドの上に座り、膝を立てて抱え込んだ。


 十八歳にして、ジニーはいつもみんなの力になりたいという意欲に燃えていた。誰かの相談に乗るのも得意だった。ハーマイオニーだって、ハリーとのあいだに生じたちょっとした問題や行き違いのあれこれをしょっちゅうジニーに打ち明けて相談してきたものだ。そもそも最初にジニーがハリーに惹かれたのも、たぶんこの性質のせいだったのだろう。ハリーは本当に英雄そのもので、その人生には障害や予想外の展開が山積みだった。迷ったときのよりどころとなってあげられるような女の子が、ハリーには必要だとずっと思っていた。


 でもその女の子は結局、思慮深くて実際的な考え方を持つハーマイオニーだった。明るく快活なジニーは、いつも男の子には人気があった。でもハリーから目を移せるようになった頃には、ほとんど手遅れだった。ハリーの卒業後、ジニーに残されたのは七年生の一年間だけだった。何人かデートをした相手もいたけれど、誰もしっくり来なかった。ハリー・ポッターのおかげでヴォルデモートがいなくなって、何もかもがお菓子の国みたいだった。みんなの人生も、完全無欠なものに戻っていった。


 少なくとも、最初はそういうふうに思えた。しかしそのうち、世の中は荒廃していった。ヴォルデモートに追従していた者たちは免職され、破滅に追い込まれ、魔法界から見捨てられた。自殺者の数が跳ね上がった。世捨て人のように閉じこもってしまう者もいた。突然、傷を負った者たちの世話をする介護者の需要が増えはじめた。ジニーは、これこそが自分にぴったりの仕事だと思った。でも一年が終わる頃には、何もかもが低迷していた。ジニーは看護師になりたいと申し込んだが、職を求める女の子の数に対して求人の数はあまりに少なく、まともな仕事を見つけることなど不可能だった。


 マルフォイ家に来ることになったとき、それは一見不運だけれど実は喜ぶべきことなのではないかと感じられた。これは踏み入ったことのない未知の世界への挑戦だ。そしてジニーは、ドラコを改心させるという、愚かしくもロマンティックな考えを抱くようになっていたのだ。それは、大勢の女の子たちが夢見ていたことだった。ドラコは冷酷で反抗的で美形で、決して物事の中心にはいないのに、目を引かれずにはいられない男の子だったから。でも、今になって考えると、何もかも馬鹿みたいだ。マルフォイ家を変えることなどできない。ちょっとくらい活気をもたらすことはできたかもしれないけれど、最終的には、ドラコは必ず母親の側につくだろう。


 ジニーは、すでに流した涙が頬の上で冷たくなっていくのを感じた。いつのまにか泣き止んでいたのだ。ゆっくりと横になり、壁に顔を向ける。これから、どうすればいいのか。遅かれ早かれ、ナルシッサは機嫌が悪くなり次第、ジニーをクビにするだろう。そしてドラコも職を失い、彼と母親は外に出て他人に恵みを乞うよりも、誇り高く死んでいくほうを選ぶのだ。どこかへ行ってしまうとか、ひょっとしたら盗みを働くことさえあるかもしれないが、決して助けを求めることはしないだろう。


 やはり何を言われようともがんばって仕事をつづけるしかない。彼らにジニーの気力を打ち砕くことなどさせない。ナルシッサはジニーを真っ二つにへし折ってやったと思っているかもしれないけれど、ジニーは今までの倍の決意を固めた。これがジニーの夢だったのだから。今度こそ本当に誠実に、誰かの、あるいは一家全体の手助けをして、その生活を軌道に乗せるということが。


 これからはもっと慎重にならなければ。あからさまな変化はいけない。こっそりと水面下で、ことを運ぶのだ。ハリーともっと話し合って、避けられない結末をなんとかもう少し先延ばしにする方法を考えよう。


 やることは見えてきた。そしてジニーには行動を開始する覚悟ができている。




 ノックの音が聞こえた。ジニーはすでに、まどろみかけていた。起き上がってドアを開けると、ドラコが立っていた。ジニーよりも数インチは背が高い。手にはジニーの分の夕食が入った皿を持っていた。しかも温めなおしてあった。
「母が寝るまで待たないといけなかったんだ」
 ドラコは謝った。


「どうしてこんなことしてるの?」
 ジニーはびっくりして尋ねた。
「ああ、そんなのどうでもいいわ」
 皿を受け取って、その場でフライドポテトを一切れつまみ食いする。


 ドラコは室内に入って灯りを点けた。目を細めて明るさに慣れるのを待ってから、ジニーに向かって言った。
「母は気が立っていただけなんだ。本気で言ったんじゃない」


「本気だったと思う」
 ジニーは応えた。
「でもありがとう。それとも、実はお酒のありかを探りに来ただけだったりして?」


 ドラコは面白そうに首を振った。
「いいや。心配するな。そんなに簡単に賭けに負ける気はないぞ」


「ふーん」
 ジニーは皿を見下ろした。ナルシッサの言葉が脳裏によみがえってきた。


「おい、あんまり深刻に受け止めるなよ。な? 食事はすごくいいと思う」


「ほんとに? 全然不満ない?」


「正直言うと、朝食のベーコンかな。ちょっと胃にもたれる」


 ジニーはうなずいた。
「わかった」


「とにかく、家の中に風を通すのだって、そんなに悪い考えだとは思ってない。曽祖父が吸っていたようなのと同じ空気を吸いつづけるのにも飽きてきてたし」


 ジニーは頬が熱くなるのを感じながらうなずいた。


「それから前にも言ったけど、きみが来てからここは生き生きして色鮮やかになった。きみはいい使用人だ」


「うれしいわね」


「当面は母にきみを解雇させたりはしないよ。ぼくは料理が下手なんだ。たとえきみが、半分ウィーズリーであとの半分が頑固な山羊だったとしてもな」


「それを聞いてホッとしたわ」


「さて、これからが本題だ。ワインをグラスに一杯というのは、数に入るか?」
 ドラコは尋ねた。
「いつも夕食後には一杯、飲むんだ」


「あなた、まだお酒を飲む年齢じゃないのよ」
 ジニーは叱りつけた。
「それから、ええ。数に入るわ」


 ドラコは肩をすくめた。
「きみも損をしてるんだぞ。ぼくを酔っ払わせたら、気が付いたときにはきみと一緒に、駆け落ちか何かしているかもしれないのに」
 ウィンクをしてそのまま部屋を出て行く。


 ジニーは少しのあいだ、誰もいなくなった戸口を凝視したまま、自分の心臓の高鳴りを聞いていた。今のはなんだか、『恋する魔女たち』シリーズの中の一節みたいだった。まるで口説き文句。でもその一方で、ドラコはずっとジニーのことを、見下したように使用人だとかウィーズリーだとか呼んでいた。
(なんて人なの)
 ジニーは考えた。
(ドラコは冗談ばっかり言ってるんだから。きっと今頃、自分の部屋で笑っているかも)
 あるいは、もしかしてドラコはジニーのほうが自分に好意を持ちはじめているのではないかと、ほのめかしていたのだろうか。


 ここまで考えると、ジニーはお腹の中で蝶が舞い踊るような落ち着かなさを感じた。
(そんなの馬鹿げてる。そういう意味で言ってたんじゃないといいんだけど。大体、そんなことでからかうなんて失礼だわ。でもわたし、彼のことなんか好きじゃないもの。だから、からかっても無駄なのよ)


 突然、ホグワーツ時代をやりなおしている気分になった。グリフィンドール寮の部屋で女の子たちがお喋りする声が、耳もとによみがえった。くすくす笑ったりささやいたりして、誰が誰を好きで、誰と誰がお似合いか、なんてことを言い合っている。今晩は、あまりにもいろんなことがあった。ジニーはもう頭の中に浮かんでくる小さな声に耳を傾けるのをやめて、眠ってしまうことにした。


 明日、考えよう。









"まだお酒を飲む年齢じゃない"
あああ、突っ込み入れてもいいですかー。アメリカなら飲酒が許されるのは
21 歳からなので、たしかにドラコ 19 歳は飲んじゃいかんのだが、
イギリスの場合は特定条件下では 16 歳、それ以外では 18 歳から飲酒 OK らしいよー。
(ちなみにこの小説の作者さんはアメリカ在住)
法律関係なく、ただ単に「酔っ払うほどオヤジじゃないでしょー」って
意味に、そのままとっておけばいいんだけどね。