2003/7/23

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 11 章 素描

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 ドラコはキャンバス・ボードの上にジニーの姿をスケッチしていたが、ジニーはどうもじっと座っていることができなかった。しばらく描いていなかったので、キャンバスを伸ばし、古くなって固まった絵の具を出してきて準備を整えるまでには、それなりの時間がかかったのだとドラコは説明していた。絵の具は、ドラコが本来使っていたものではなく、質の落ちる予備のものだ。いいほうの絵の具セットは絵の先生と一緒に埋められてしまっていた。


 ドラコは決然とした表情を浮かべていた。水中の魚を見つめているワシのように。自分がどんなに大きな獲物を手にすることができるのかを心得て、今にも急降下しようとしている。先を尖らせた木炭を取り出し、ジニーの腰、胸、頭のある場所にそれぞれ円を描いて、ドラコは作業を開始した。


 暖炉からのパチパチいう音しかしない室内の沈黙が、重くのしかかってきていた。とうとうドラコは口を開いた。
「ジニー、きみは下層民の生活については知りつくしているんだろう。ぼくはこれから、どうすればいい?」


 悪気はまったくないのだということはわかっていたので、ジニーは下層民という単語については聞き流すことにした。それでも、"穢れた血" をはじめとする、かつてのマルフォイ家よりも社会的階級の低い者たちへのドラコの狭量さには、我慢のならないものがあった。ジニーは答えた。
「ほかの人たちと協調していくための第一歩としては、いいかもよ」


「ぼくの父は、他人に迎合しないことを高く評価し……」


あなたのお父様は……」
 ジニーはさえぎった。
「あなたのお父様があんなふうだったのは、ヴォルデモートのせいよ。お父様には向いていたのね。でも、ヴォルデモートはもういないの。当時なら、お父様があなたに刻み付けた性質は、あなたに力を与えたかもしれない。でも今は……」
 ここでジニーは言葉を切って、一番しっくり来る表現を探した。
「今はそのせいで、うまく行かないことがあると落ち込みやすくなってる」


 ドラコは懐疑的だった。彼は三つの円をつなぐ太い線を走り描きし、ジニーの背骨の曲線を作り出した。それからもう我慢できなくなった。丸みを帯びた力強い肩を描き、髪の毛を描き入れはじめる。この部分が一番好きだった。


「描くのはずいぶん久しぶりなんだ……」
 ドラコは話題を変えた。


「誰かほかのひとを描いたほうがよかったんじゃない? あなたのお母様とか」
 首をかしげて、ジニーは言った。

「こら、首を動かすなよ! 髪のところの光の当たり方が変わってしまった」
 ドラコは言った。
「うん、もうちょっと左……そう、その辺でいい。そんなふうにしていてくれ」


「お母様とか?」
 ジニーは返事を促した。


「いや」
 ドラコは微笑んだ。
「子供の頃からずっとつぶさに見てきてすっかり顔を覚えてしまったモデルじゃ駄目なんだ。それだけ長いあいだ知っている相手だと、頭の中の印象で描いてしまう。目で見て描くのでなく」


 ジニーはその返事に黙って考え込み、それから尋ねた。
「どうしてあなたって、誰かを信用するようになるまでに、こんなに時間がかかるの?」


 ドラコは目を上げてジニーを見た。
「ぼくは、きみを信用しているか?」


 それは考えたこともなかった問いだった。ジニーはいつのまにか、そのつもりでいたのだった。途端に、ジニーの頬は真っ赤になった。
「わたし……わたし、そうじゃないかと思ってたの!」


「ホグワーツにいた頃、ぼくが信用したのは、完全にぼくに忠実でいる意志のある人間だけだった。決して、ぼくの目の前からいなくならない人間」


「クラッブとゴイルね」
 ジニーは言った。


「あいつらはひたすらぼくを喜ばせることに身をささげていた。だからぼくは、あいつらを信用した。それでも、あいつらでさえ、ぼくのすべてを知っていたわけじゃない」
 ドラコはジニーの顔の細部を描き入れはじめた。目の位置には、黒い線だけをぼかして入れておき、それから鼻が頬に落とす滑らかな陰影を描く。ジニーの唇は、誘いかけるようにほころんで、暖炉からの光に照らされて光っていた。ドラコはその部分を描きかけて手を止め、それよりも首のほうに取り掛かることにした。


「そもそも、"穢れた血" とか言って嫌がるのはどうして?」
 ジニーは自分が口に出した言葉に身をすくませた。


「ぼくたちの同族とは言えないからだ。真の魔法使いや魔女じゃない」


「違うわ! そうじゃない。本当の理由を教えてあげる。親は子を育てるとき、自分たちの言うことが正しいとその子が信じるようにしつけるの。今までずっと、あなたのご両親は、ある種の人たちが悪だと信じるように、あなたを育ててきた。あなたはご両親の偏見と敵意を、そのまま受け継いだ」
 ジニーはこのことに考えをめぐらせた。実を言うと、この理由付けには弱点があった。なぜならこれは、ジニ―自身がマルフォイ家を厭い、決して関わりを持たないようにしながら育ってきたことに対する、弁明でもあったからだ。物心ついて以来、家族からも仲間たちからもマルフォイ家には関わるなと言われてきて、その信念をジニーはそのまま受け入れてきたのだった。


 ドラコは肩をすくめ、それからジニーの着ているものの細部を描きはじめた。
「ひとは、変われるものだろうか?」
 静かな声で、ドラコは問いかけた。


 ジニーはうなずいて、心の中で考えた。
(今まさにわたしの目の前で起こっていることが、そうかもしれないわ)