2003/7/23

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 11 章 素描

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 ドラコが勢いよく入ってきたとき、サミュエル氏はフロントデスクでせっせと救済措置依頼の願書を積み重ねていた。瞬間的に、サミュエル氏はマルフォイ家の息子が何やらひどく感情を高ぶらせていることを見てとった。きびきびと歩いていて、まるで重要な仕事上の会談で舌戦の直接対決をしにいくような雰囲気だ。ヒョウを思わせる大股の歩き方は、いつもの反抗的なふてくされた態度とはまるで違った。


「おはよう」
 サミュエル氏は、ドラコの背中に向かって言った。


 ドラコは立ち止まって、この華奢な老人に初めて気付いたように振り返った。
「ああ、そうか。おはよう」


「話があるんだ、坊ちゃん」
 サミュエル氏は呼びかけた。
「もっとこっちにおいで」


 ドラコは従ったが、気の進まないようすだった。
「なんだい?」
 サミュエル氏の机のそばまで来ると、ドラコは問いかけた。気難しげな目が、サミュエル氏の目をまっすぐに見つめていた。


「わしがこの辺で聞いた話を、ちょっとあんたの耳にも入れておいたほうがいいと思ってな」
 サミュエル氏は言った。
「言っておかないと、後味の悪い思いをしそうで」


「あんまり聞きたくないような気が……」


「聞きなさい。絶対に知っておいたほうがいい。信じておくれ。あんたの職は、もう風前の灯火のようなものなんだよ」


ドラコは肩をすくめた。
「それはもう知ってるさ。何を大げさな」


「今はまだ若いから気が短くなっておるかもしれんが、いつか後悔することになる。あんたにはこれからの可能性がある。頭だっていいし、若くて男前。立派な理由で名を知られるようにだってなれる。悪い理由ではなしにな」


 ドラコは首を振った。
「ハリー・ポッターには、報告書を大臣に提出する勇気なんかないよ」


「では、知っておったのか」
 サミュエル氏は言った。
「ハリーはすでに草稿をまとめおわったよ。ここにあるのがそれだ」
 羊皮紙の巻物を手に取って掲げる。
「わしは校正を命じられた。そのあとは、判を押して発送準備をする」


「つまり、あいつはそれを出すつもりでいるのか?」
 疑がわしげに、ドラコは尋ねた。


「いや、まだそう決めたわけではない。あんたが何か失敗をしでかす瞬間までは、ハリーの机の上に置いておくことになっておる」
 サミュエルは思慮深そうに首を縦に振った。
「もしわしがあんたなら、ちょっとでも規律を乱すような行動は差し控えるね」


「もしあんたがぼくなら、絶対にぼくが背負ってきた苦難に耐えられたはずない」
 ドラコは、無作法にささやいた。
「失礼。ぼくには書類を何度も積み重ねなおしたりするだけじゃない、本当の仕事があるんだ」


 サミュエルは頭を振った。ドラコは揶揄するように同じ動作をして、部屋を出た。せかせかと書類整理室に入り、自分の席のある作業スペースを目指す。そこはフクロウたちが、そこかしこと騒がしく飛びまわっている真っただ中にあった。手紙を届けに来るもの、届けにゆくもの。灰色の羽毛や羽根が、ドラコの周囲のほこりっぽい空気の中を舞っていた。


 ドラコは深呼吸をして机の前に座り、周囲を見渡して誰もいないことを確かめた。それからゆっくりと頭を下げ、ひんやりとした木の机の上に、額をつけた。これが父親の手だと想像してみる。本当に長いあいだ、ドラコは父の導きに従ってきた。頭の上に手を置かれて。父もあるじもいない今、自分だけでは身動きがとれなかった。


 ヴォルデモート卿。完全に死んでしまって、今はもう、この世のどこを探してもいない。かの御方の痕跡は、片鱗さえなかった。闇の魔術はごく普通に、歴史の一部として学校で教えられている。ドイツのナチス時代みたいなものだ。もはやいかなる意味においても、崇め奉る対象ではなくなっていた。教科書の中の数行にすぎない。


 ドラコはぎゅっと目をつむった。無駄だったのか、何もかも。意味などあるのだろうか、自分のこれまでの人生、あれらすべての訓練、上腕の闇の印には。自分は存在すらしないものの追従者として、永遠に消えない烙印を押されているのだ。今のドラコは、この地上で苦労してあくせく働きつづけることの意義をも疑わずにはおれなかった。こんなのは、意味を持たない余分な灰色のカードが一枚、一組のトランプの中に混ぜ込まれているのと変わらなかった。