2003/7/19

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 10 章 笑い声

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 ふたりは今晩も、暖炉の前に座っていた。この部屋はいつしか、話し合いの場所になっていた。話題はいつも、差し迫った問題を回避してさまざまに移り変わった。世界の出来事や政策についてお喋りをしているうちに、友人と友情の話に流れ着いた。


「いつだってクラッブとゴイルがいたよ」
 ドラコは言った。


「わたしは、いつだって自分の友達みんなが大好きだったわ」
 ジニーは言った。
「あなたは、ふたりのこと大切にしてた?」


 ドラコは呆れたような顔をした。
「大切に? まるで、か弱いバラの花か何かみたいじゃないか!」
 懸命に考え込みながらつづける。
「あいつらはぼくのことに気をつけて、ぼくはあいつらのことに気をつけていた。あいつらはぼくのボディーガードだった。いつもぼくの意見を支持してくれた。その代わり、あいつらの家族はぼくやぼくの父を通じて、そこそこ有益なコネをいくつか得られた」


「今でもお話しする?」


「手紙ではね。ふたりとも今はプロのボディーガードなんだ。最近チェーンストアを買収した、大物の実業家に雇われてる」
 ドラコは一瞬、火から目を逸らしてジニーと視線を交わした。
「あいつらにはぴったりの仕事だ」


「わたしの部屋に来ない?」


「なんだって?」
 ドラコは座ったまま背筋を伸ばした。それは完全に環境が変わってしまうということだった。従来の暖炉のそばの気楽さがなくなるということだ。


「わたしがお友達からもらったものを見せたくって」
 ジニーは説明した。耳がほてるのが感じられ、ドラコが気付いていないことを祈った。どうしてそんなことが気になるのかは、よくわからなかったけれど、気にしているということは、自分の心臓の音で自覚できた。


「ああ」
 ドラコは肩をすくめて立ち上がった。
「ほかにやることもなさそうだし」


 今回はドラコが、先に立ったジニーのうしろについて歩いた。この状況はジニーに、初めてこの屋敷に来たときのことや、ドラコがジニーを部屋につれていって扉を閉ざす前に、どんなふうにジニーに屋敷の内部をざっと案内したかということを思い出させた。
「ついたわ」
 ジニーはドアを開けて先にドラコを通してから中に入った。


 ドラコは、ベッドの上の色とりどりのキルトを慎重に避け、足側のほうに畳んで置いてあった灰色の毛布の上に腰掛けた。こちらが、もともと備え付けてあった寝具だった。ジニーは床に膝をついて箪笥の引出しの中を探った。ナイトガウンやスリップをかきわけて取り出したのは、オルゴールの箱だった。


「ほら、これよ!」
 ジニーは膝をついたままベッドに摺りよってドラコの隣に座り、オルゴールのふたを開けた。中ではほっそりとした黒猫が台座の上に乗ってくるくる回っていた。そのうち猫はドラコのほうに向いて鳴き声を上げ、緑色の目をまたたかせた。それからゆっくりと回転が止まって台座が持ち上がると、その下は小さな小物入れになっていた。


「ラベンダーからだって」
 箱の内側に貼られた赤いベルベットに、ジニーとラベンダーの名前が金色の文字で刻印されているのに気付いて、ドラコは言った。


「そうよ」
 ジニーはそう言って、ふたを閉めた。


「きみたちが仲がいいとは全然思ってなかった」


「一番強い絆は、一番思いも寄らぬ相手からもたらされるものなのよ」
 少し間を置いてから、ジニーは言った。


 ドラコは声をあげて笑った。ずいぶんと久しぶりのことだった。同時にジニーはもう一度オルゴールのふたを開けた。今度は、猫は回りながらカンカンを踊った。その後、何が誤作動したのか猫は突然、脚を空中に蹴り上げたまま止まり、怒りの鳴き声をあげたあとは、まったく動かなくなった。
「あらまあ!」
 ジニーは言って、猫をつついた。猫は息を吹き返して、勝手に箱のふたを閉めた。


 それを見たジニーも笑いはじめ、なぜだかはっきりとはわからないまま、ふたりは声をたてて笑いつづけた。ドラコのほうに顔を向けると、彼は熱心な目つきでジニーを見ていた。いや、どちらかというと、今はまた結わずに下ろされているジニーの髪の毛を、ドラコは観察していた。
「また色彩画のモデルにならないか?」
 やがて、ドラコは尋ねた。


「アクリル絵の具はもう使わないんだと思ってたけど」


「でもきみを見たら、色彩しか浮かばないんだ。言っている意味はわかるな?」


 ジニーはゆっくりとうなずいた。


「きみをモノクロ画で描いても、そんなのは……きみじゃない」


「くすぐったいような気持ちだわ、ほんとに……」


「うぬぼれすぎるなよ。でないと、気取りまくった顔つきに描いてやる」
 ドラコはニヤリとした。


「やめてよ!」


「本当に、描こうと思えば描けるんだぞ。廊下に飾ってあるマルフォイ家の先祖の絵みたいにな」


 ジニーは笑った。


「まあでも、そんなに捨てたもんじゃなかったんだ、あの先祖たちは。マルフォイ家の者はみんな肩の上にしっかりした頭脳が乗っていたし、ビジネスに鼻が利いた。父の言葉だよ」
 ドラコは言った。


「自分についても、そういうふうに言えると思う?」


「いいや」


「あら、じゃあ……もし、あなた自身に何か色を塗るとしたら、どんな色にする?」
 ジニーは微笑みながら問いかけた。


「灰色」
 ドラコは恐ろしく真面目くさって言ったが、その後、また笑いはじめた。
「でも中には、赤唐辛子が入っているんだ」


「じゃあわたしは? わたしはどんな色?」


「黄色。マリーゴールドの真ん中よりも濃い色で、オレンジの筋が混じってる。それから、爆竹のような真っ赤」


 ジニーは自分の髪に触れた。


「違う違う。髪の色以上のことなんだ。きみがいるだけで、この部屋は色づいて生き生きするようになった」
 ドラコは部屋全体をぐるっと指差した。
「見ろよ。前はあんなに古ぼけて灰色だったのに、今では田舎の丸太小屋みたいだ。なんだか……明るくなった」


「わたし、あなたの部屋もそんなふうに模様替えしてあげられると思うわ。ぱっと鮮やかにしてほしい?」


 ドラコは眉を上げて、ジニーを見つめた。ジニーは彼が気を悪くしたのではないかと心配したが、彼が言ったのは別のことだった。
「ぼくの給料でか? ベッドの下の綿ぼこりも買えないくらいなんだぞ」


 ジニーは満足気な表情になった。なぜなら、ドラコが自分と自分の経済的な状況について、陰湿にではなく、微笑を浮かべたままで言及できるようになったのは、確実にひとつの進歩だと思ったので。


「何事にも、策はあるものよ」
 ジニーは指摘した。


「もしここでポッターの名前を出したら、あの黄色いスカーフをむりやり口に突っ込むからな!」


「ううん、違うわ!」
 ジニーは笑い声をあげた。
「解決策はね、前向きな考え方」


 ドラコは頭を振った。
「きみがあまりにもくだらないことばっかり言ってるから、まさにその裏で何かたくらんでいるんじゃないかと疑ってしまいそうだ」