2003/7/19

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 10 章 笑い声

(page 1/3)

 次の朝、ワインもジンもトニックもすべて封を切らずに手付かずのまま定位置にあるのを確認して、ジニーは喜ばしく思った。つまり、ドラコは夜のうちに呑んだくれたりはしていないということだ。今日もジニーは、屋敷内の誰よりも、特別に早起きしていた。なぜなら、こっそり外出して出勤前のハリーをつかまえたかったからだ。ハリーと話し合いたいことがあった。


 壁の時計は三時四十五分を指していた。まだしばらく時間に余裕がある。時計そのものにも興味を引く点があった。一対の目があって、眠たげにまばたきしているのだ。時計のまぶたが完全に下りると、ふたたび目が開くまでのあいだに秒針が逆回りに動く。そのためこの時計は毎朝少なくとも十分は時間がずれていたが、マルフォイ家ではわざわざ新しい時計を買う気はないようだった。


 ドラコは体内に時計が埋め込まれでもしているのではと思うほど、もとからそのつもりの日を除けば一分と遅れることなく、毎朝かっきり六時に起きてきた。ジニーは段々、ドラコはハリーに対する嫌がらせでわざと遅刻しているのではないかと考えるようになっていた。単なる言葉での応酬から、一線を越えさせるために。何らかの形でフラストレーションを解消する必要があって、それを身体を張ってやっているのだ。


 時計がまたしてもまぶたを下ろして細目になり、秒針は今にも逆回りしはじめそうに、落ち着きのないようすでそわそわとした。ジニーは時計を眺めるのをやめて、ラベンダーへの返事を書くことで自分の創造性を試してみることにした。今頃、ラベンダーはジニーがマルフォイ家で毒でも盛られたに違いないと思っているかもしれない。



ラベンダーへ


 トレローニー先生とのお仕事が気に入ってよかったわね。あの授業、本当に好きだったものね。そろそろ、こちらの状況をお知らせしておかねばと思って書いてます。つまらない手紙になってしまったらごめんなさい。わたしは時々、本当に抽象的な話に逸れてしまいがちなの。


 マルフォイがどんなことを考えているんだろうって、本気で思ってみたことあった? つまり、彼はいつもお馬鹿な性格の歪んだ子供だったのはたしかだけど。それに学校では失敗ばかりしてたし。バックビークに噛まれたときだってすごく大げさに騒いだりして。周りの人たちをからかっていたときもそうよ。まるで自分がギリシャ神か何かみたいな態度だったわね。


 とにかく、ここ最近、彼はちょっとわたしと話をするようになってきています。まだ心から打ち解けたとは言いがたい状態ですが。彼は、すごく内向的に閉じこもっているように思います。ほら、覚えているかしら、あなたが一度デートした、あの恥ずかしがりやの男の子みたいに。彼は思ったほど馬鹿ではありません。ちょっと秘密のことなので詳しくは書けないけど、学校がないあいだ、闇の魔術以外にも実はけっこうまともなことをやっていたのよ。


 時々、彼の両親の育て方が、厳しすぎたのではないかと思います。今、あんな恵まれた子供はいなかったのにって思ってるんじゃない? わたしが言ってるのは、お金の話じゃないの。心の問題です。もしも、もっと違う人たちが彼を育てていれば、わたしと彼は友達だったかもしれません。つきあってさえいたかも。見た目はけっこういいでしょう? わたしったら、なんてことを書いているの、信じられない。でも彼の両親が、彼をあんな嫌な子になるように育てたから、そうなってしまっていたの。それに、闇の魔術だのなんだの、あれも両親のせいなんじゃないかしら。わたし、彼をかばっているわけじゃないのよ! どんな育て方をされようとも、自分でちゃんと判断することもできたはずだものね?


 それだけじゃなく、彼は夏休み中にも、習い事をしなければならなかったの。夏休み中よ! 信じられないくらいひどい話でしょう? でも話を聞いていると、どうも彼はそれが気に入っていたみたいです。でもまあ、たしかに主席で監督生だったわけだし。スネイプ先生の後押しによるところが大きかったとはいえ、いくらかは脳味噌もあったのでしょうね。


 羊皮紙一枚ぜんぶ、マルフォイの話題で埋めてしまったなんて自分でも信じられません。今ちょうど、彼のことが頭にあるの。これを書いている今はとても朝早い時間で、ここはとっても灰色で寒々としていて、ほかのことを考えるのは難しいのです。そうだ、スノウグローブを持ってたことある? わたしは五年生のとき、クリスマス・プレゼントとしてハリーからもらいました。数週間前にそれを見つけたんだけど、すっかり埃まみれで灰色になってしまっていて、表面もざらざらでした。でも埃をぬぐったら、前のように輝きはじめました。マルフォイも、そんなかんじかもしれません。周りにたくさん灰色のものがくっついているけど、奥のほうのどこかに、まだ光っているものがあるのです。


 はいはい、もうドラコの話はやめるわ。まだスペースが残っているので、ここで働くのがどんなふうかということを書きます。付添婦の仕事は、そんなに大変ではありません。ただし、夜中にルシウスの世話をしつづけないといけないのを除けば。これはちょっと恐ろしいの。噂は本当だったわ。ルシウスはまったく自分では動けず、すっかりおかしくなってしまっています。時々、本当に生きているんだろうかと思うことすらあります。自分でも、生きているのかすでに地獄に落ちているのか、わかっていないのかもしれません。


 ナルシッサとは顔を合わせたり合わせなかったり。このひとは心気症気味なのではないかと思います。眠り薬をたくさん飲んで、一日のほとんどを眠ってすごしていたりします。ドラコは家にいるあいだはナルシッサと言い争いにならないように、うまくあしらっているかんじです。ナルシッサはドラコの飲酒をちょっと疑問視しているし、ドラコはナルシッサの眠り薬をちょっと疑問視しています。でもドラコは、両親に対してはすごく素直なの。奇妙なくらい。待って、もうドラコのことは書かないつもりなんだった。わたし、あなたに言うよりも自分に言い聞かせているみたい。


 それから、些細だけど、不気味なこともあります。たとえば、一日中、窓が好き勝手に開いたり。いったい、どういうことなんだか、さっぱりです。あらもう書くところがなくなっちゃった。じゃあね。ハグとキスを込めて、ジニーより



 ジニーは手紙をじっと見直して、ほぼ書き間違いはないと確認してから、マルフォイ家のフクロウに託した。自分のフクロウはいなかった。マルフォイ邸に住み込むことになったときに、つれて来なかったのだ。マルフォイ家のフクロウは、いつも台所か家の周辺で待機していた。いないのは、定期的に食べ物を獲るためにどこかへ行くときだけだった。ふだんはずっと、眠っていた。


 ジニーはフクロウが窓から飛び立って遠い空の向こうの雲の中へ消え去っていくのを見つめた。それからため息をついて伸びをし、フルー・パウダーを取り出した。そろそろハリーのところを訪問する頃合だ。向こうの暖炉から飛び出した瞬間にハリーの不名誉な場面や恥ずかしい場面に出くわさないことを祈るのみだった。









心気症 (hypochondria)
「実際には病気でないのに心身の不調に悩み、重い病気ではないかと恐れる状態(『広辞苑』)」だそうです。
そんな用語、知ってました? 私は知らなかった。15 歳よりも語彙の少ない××歳(涙)。