2003/7/17

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 9 章 哀悼

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 ドラコはふたたびハリー・ポッターのオフィスに呼び出されていた。今回はどこまで外面を保てるか、自分でも予想がつかなかった。今朝のルシウスはずっと金切り声をあげつづけていて、そのせいで引き起こされたさまざまな騒動のおかげで、ドラコはまだ新しい白いズボンの膝にコーヒーをこぼしてしまったのだ。ジニーは顔を紅潮させてそこいらじゅうを駆けずりまわり、朝食を作ろうとするのと、ルシウスに何の物語を話して聞かせるか考えるのとを同時にやっていた。オフィスに入って行くと、美味しそうな匂いがただよってきた。誰かがクッキーを焼いて持ってきたらしく、ハリーはそれを賞味しているところだった。仕事中のハリーのところに、ハーマイオニーが訪ねてきていたのだろうと推測することはそう難しくはなかった。


 ハリーが顔を上げて、ドラコに気付いた。そのとたん、ハリーの顔には恥ずかしそうな落ち着きのない表情が浮かんだ。
「ドラコ」
 立ち上がったハリーは、手を差し出した。


 ドラコはハリーの手をじっと眺めた。その内部の骨がゆっくりと、しかし確実に砕けていったならば、どんな音がするだろうかと想像しながら。友好的な握手が交わされることなどありえないと悟ったハリーは、そのたくましく少しだけずんぐりとした質実剛健な指を、ためらいがちにドラコ・マルフォイから遠ざけた。

「今度は何に文句をつける気だ、ポッター?」
 無造作に手をポケットに突っ込み、ドラコは尋ねた。


「まあとにかく、座れよ」
 ハリーは椅子を勧めた。


「立ったままのほうがいい」
 ドラコはそう答え、ハリーの机の前に威嚇するように立ちふさがってやった。その態度は、きちんとした姿勢を保つのもわずらわしいというふうで、一貫してずいぶんと無頓着だった。役職の上では、ハリーはドラコの立場を左右する権限を持っていたが、ドラコの立ち居ふるまいは、まるで自分のほうがボスでハリーが家来であるかのようだった。


「前々から話しておこうと思っていたことが、いくつかあるんだ」
 ハリーはマニラ紙でできたフォルダーを取り出して開いた。中から、たくさんの書類ばさみが出てきた。


「仕分けする書類が増えるのか?」
 ドラコはつぶやいた。


「これは……」
 厚さ半センチメートルはある紙の束の上をハリーはバンと叩いた。
「……ぜんぶ、ここ一年のあいだに届いた、きみへの苦情だ」
 ハリーの顔は、このゆゆしき事態に悩ましげだった。ドラコのほうには、そんな表情は片鱗さえ現れていない。


「何の言いがかりをつけるつもりなのか、わからないな」


「言いがかりなんかじゃない」
 ハリーは椅子に深く座りなおして、大きく息を吸った。
「ちょっと読み上げてみようか?」


「せいぜい読み上げるがいいさ」
 ドラコは落ち着かない気持ちになってとうとう着席し、ハリーと目の高さを合わせた。これがドラコに我慢できる精一杯の、ハリーとの腹を割った一方通行でない対話に、最も近い状態だった。


「読むよ。『重要な仕事上の会合に関するメモが、まったく届きませんでした。後になって、わたしはそのメモを書類整理室のゴミ入れの中に発見しました。そこにいたドラコ・マルフォイという若者はどうしようもなく、救いがたいほど傲慢でした』……引用ここまで」
 読み終わったハリーは眼鏡ごしに、まるで幼稚園の先生が園児をおどかそうとしているような表情でドラコを見やった。ドラコは左側の眉を上げた。


「それを書いたのはあの二階にいる変人野郎に違いないな」
 ドラコは悪びれもせず、自分の手の爪を見下ろしながら応えた。きれいに整えられ、注意深く手入れされた爪だ。仕事やストレスで疲弊しているからといって、だらしのない身なりをするところまで落ちる気はなかった。
「あいつはしょっちゅう自分の書類の上にコーヒーをこぼしておいて、悪いのはぼくだと言うんだ。あいつが、自分の腹にさえぎられて机の上の書類も見えないほどのデブなのは、ぼくのせいじゃない……」


「ごほん!」
 ハリーは鋭く咳払いをして、話をつづけた。
「こういうのもある。『ブリーフケースが妙に軽く感じられたので調べてみたら、長期にわたって準備してきたマグル製品目録が紛失していました。書類整理室内の、わたし専用の郵便物投入口に入れておいたものです。これを作成するには、何ヶ月もの作業が必要でした。わたしは書類室のあの悪党めが雨の中に叩き出されて尻餅をつくさまをこの目で見たい。そしてこの手でボコボコに……』まあ、これ以上読む必要はないか。根本的な主旨はわかるよね」


「大体、マグル製品なんて気にするやつ、いるのか?」
 ドラコは声を揺るがせないように努めながら所見を述べた。
「おまえの彼女をちょっと締め上げれば、あいつらが知りがっていることなんか何でも吐くだろうに」


 ハリーの顔は恐ろしいほど赤くなったが、それでもまだ逆上はしなかった。侮蔑の言葉をぶつけ合って争うのはハリーのやり方ではない。彼は言い返す代わりに心のなかでぐっとこらえた。真剣に警告するような視線を投げかけることはしたけれど。
「こういった投書が、続々と来てるんだ。頻繁に遅刻したり、断りもなく休んだりするのはまだわかる。でも実際に働いているときまでいい加減だというのは……」
 ハリーは頭を振った。
「まったく理解に苦しむよ」


 返事をする前のほんの一瞬、ドラコの顔は嬉々としたほくそえみによって、ぴくりと動いた。
「魔法使い心理学の授業を取っておけばよかったんだよ、ポッター。穢れた血に目を釘付けにしている暇があったんならな」


 ハリーは硬直した。
「きみは、すごく危ない橋をわたっているんだぞ」
 ささやくように言う。
「個人的な事情から、きみを解雇するとぼく自身にも跳ね返ってくるものがある。きみはそれを承知しているんだ。それでも、この苦情の投書をぜんぶ魔法省大臣に――ぼくの上司に、提出することは簡単なんだよ」


「大臣にとってはどうでもいいことじゃないのか?」
 ドラコは横柄に問いかけた。


「どうでもよくないさ。受け取った苦情はすべて報告書にして提出するように言われている。ちょっとばかり人員を整理しようという話が出てるんだ」
 ハリーはドラコに向かって羽根ペンを振った。
「この苦情のうち一通でも大臣の目に入ったら、きみは間違いなくクビだね。そうなったらもう、ぼくの一存ではどうにもならない」


「なるほどな! おまえとしては、そうなったほうがホッとするんだろう?」
 ドラコは息巻いて立ち上がった。
「額に傷があるからって、自分のまわりの人間すべてを思いどおりに動かせるつもりでいるのか。ぼくがもっといい仕事に就きたいと思っていないとでも? いいや、そうじゃない……」
 ハリーの机の上からブリキの鉛筆立てをつかみとったドラコは、それを部屋の反対側に投げつけた。鉛筆の木片と羽根ペンの羽毛が、床に散らばった。


「言動を慎まないと……!」
 ハリーも大声になった。
「後悔するぞ! あと一回、いいか、あと一回でも間違いがあれば、このファイルを大臣に提出してやる」


 ドラコの目が、憎々しげに細められた。ドアを開けて外に出る。ハリーと自分のあいだが木の板で仕切られたとたん、ドラコはドアにのほうに向き直り、怒りにまかせて手で下品な仕草をした。
「不愉快だ」
 ひどく高ぶった神経と動揺で自分の心がぐしゃぐしゃになっていくのを感じながら、ドラコはささやいた。
「おまえの何もかもが、不愉快なんだ」