2003/7/11

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 8 章 進歩

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 その日の夕方、ジニーはきっかり六時に夕食の支度に取りかかった。十五分も経たないうちに、準備はすべて整った。決して贅沢な食事ではない。大きな肉だんごが三つにレッド・ソースをかけたもの、そしてスパゲティ。六時半に三人分の皿をテーブルに持っていくと、ドラコはすでに着席しており、ただひとこと「やあ」と挨拶してから食べ始めた。


 静かに考え事をしていたいという互いの気持ちを尊重し、ふたりは黙って食事をした。ちょうどジニーが食べ終わる頃になって、ナルシッサが降りてきた。まだだぶだぶの古いナイトガウンを着たままで、灰色の筋が混じった縮れ毛はうしろでまとめて三つ編みにしてあった。ナルシッサは台所に入ると、魔法オーブンの上の棚の一番上に置いてある、眠り薬を手に取った。
「とんでもなくひどい一夜を過ごしたのよ」
 誰にともなく、ナルシッサは述懐した。


「大変でしたね」
 ジニーは言った。


「そう思ってもらわないと困るわ」
 ナルシッサはジニーのほうへ顔を向けて厳しく睨みつけた。
「気が狂いそうなくらい頭がガンガンするし、喉だって本当にヒリヒリするの。それもこれも、あなたが窓を開けたりするからに決まっ……」


「彼女じゃないよ」
 ドラコがフォークを下に置いて言った。


「どういうこと? じゃあ、あなたのせいなの?」
 矛先が息子に変わったとたん、ナルシッサの声には柔らさが混じった。どんな母親の心にもある、自分の息子は証拠の如何にかかわらずいつも無実だと信じる気持ちが、明らかにナルシッサのなかにも存在した。


「ぼくでもない」
 ドラコは答えた。
「ぼくは、まじないかもしれないという説はあながち的外れでもないような気がしてきている」


「まったく」
 ナルシッサは憤慨して腰に手を当てた。
「あなたがウィーズリー家の者の肩を持つ日が来ようとは夢にも思わなかったわ」


「別に肩なんか持ってないさ」
 ドラコははっきりと苛立ちをつのらせていたが、それでもその声は驚くほどしっかりしていた。
「その辺の人間を適当に指差して、なんでもかんでも責任をかぶせるのはフェアじゃない」
 フォークを回してスパゲティをからめ、口に持っていく前に、さらに考えて付け足す。
「ぼくも原因を調べてみるつもりだ」


 ナルシッサはうなずいてから、眉を上げてジニーを見た。
「あなたが台所の窓を開けているところを、わたくしはこの目で見ましたよ。たった二日前のことだわ。それに、あなたの部屋の窓はいつも開いているじゃないの」


「まあ、奥様ったら!」
 ジニーは笑い声を上げた。
「ご自分の家の窓を一度も開けたことがないとおっしゃるんですか?」


 ナルシッサは眠り薬を一気飲みしてから、テーブルについて食事をはじめた。
「大人の言うことを疑って反論するのは無作法なことよ。子供は、ただそこにいればいいの。意見を出す必要はありません」


 ジニーは眉をひそめた。十八歳の自分は、もうちゃんと大人だと思っていたのだ。でもそれ以上、言いつのることはしなかった。どのみち、それほどしないうちに全員の食事が終わり、ナルシッサは鼻をぐずぐず言わせて目をうるませながら、寝室に戻っていった。残されたふたりの耳に、しばらくはナルシッサが咳き込みながら室内を歩き回る音が聞こえていたが、そのうち家の中はしんと静まりかえり、お互いの存在があるだけになった。


 ドラコはテーブルの上に肘をついて片方の手で顎を支え、何やら陰謀の相談でもささやくような挑発的なしぐさで身を乗り出したが、実際にはこう言っただけだった。
「ぼくの絵を見てたね」


「ほんとにごめんなさい。紙の束が机から落ちてたから、ただ……」


「別にいいんだ」
 ドラコはぎこちないながらも謝罪の意志があることを示そうと努めており、最終的にはその試みを、本当に心からの微笑でしめくくった。その笑みは、ドラコの顔から陰鬱さをぬぐい去った。


 ジニーは、ドラコがもう怒っていないとわかって、嬉しく思わずにはいられなかった。一口、お茶をすすってから、ティーバッグをカップから引き出し、受け皿の上に置いて上からスプーンをぎゅっと当てる。袋の中の黒い粉末が押しつぶされて、濃い茶色の液体がスプーンの真ん中のくぼんだ部分に集まった。


「わたしが、あなたのことを知らないって言ってた件だけど」
 上目づかいになってドラコと目を合わせながら、ジニーは切り出した。目を合わせておくことは、ふたりのあいだに信頼関係を築くにあたっての、重要な要素だ。チョコレート・クッキーの上にはちみつがかかったような、ジニーの暖かい茶色の瞳には、用心深い遠慮があらわれていた。
「わたし、知りたいの。あなたのこと」


 いたずらっぽい笑みがドラコの顔に浮かび上がり、そのとたん、彼は仲間たちと共謀して悪ふざけばかりしていたホグワーツ時代をほうふつとさせた。
「本当?」


 ジニーは真剣にうなずいた。


 ドラコの表情は、厳しく真面目なものに変わった。
「それは、入手した情報を微に入り細にわたって、ポッターとグレンジャーに報告できるように?」


「違うわ!」
 ジニーは席から腰を浮かせて声を上げた。肘が椅子の背もたれにぶつかって大きな音を立て、それを見たドラコは顔をしかめた。ジニーは当惑した顔で腕をさすりながら、言葉をつづけた。
「そのほうがいいなら、何もかも秘密にしておくつもりよ」


 ドラコは座ったまま、黙って考え込んでいたが、やがてテーブルの上にあったワインの壜をつかみ、自分の空のグラスに中身を注ごうと傾けた。瞬く間に、ジニーの手が伸ばされてグラスの縁を完全に覆った。指は少し震えていたが、ジニーの声には揺るぎがなかった。
「お願い、飲まないで」


 ドラコは壜を持ったまま座りなおした。悲痛な表情が、その顔にあらわれていた。その目は、外に見える霧のかかった秋の空より、心もち暗い色合いだった。
「ぼくに、どうしろと言うんだ?」
 ドラコは尋ねた。


「あなたには、話し相手が必要だと思うの」


 ドラコは食い入るように、いつもの容赦のない冷酷な目で、あらゆる観点からジニーを値踏みするように見つめた。それから窓の外の、薄く広がった雲の切れ目から漏れ出ようとしているぼんやりとした太陽の光に視線を移す。ドラコの瞳の中央の黒っぽい部分がわずかに広がった。笑いをこらえようとしているに違いない、とジニーは思った。


「きみは、ぼくの頭がおかしいと思っているんだね」
 笑うのを我慢しているせいで喉ぼとけを小さくひくつかせながら、ドラコは言葉をしぼり出した。


 ジニーはどう返事をしていいのかわからなかったので、非常に当り障りのない答えを選択した。
「そんな判断ができるほど、わたしはあなたのことを知ってるわけじゃないわ。あなた自分でもそう言ってたじゃない」


 ドラコは冷笑を浮かべた。
「ここまで徹底して、友好的な態度を崩さずにいられる人間がいるとは驚きだな」


 ジニーは切り返した。
「ここまで完全に、生まれてこのかたずっと、陰険で憂鬱な態度を崩さずにいられるひとがいるのも異例のことよね」


 ドラコはワインの壜に栓をしながら立ち上がった。
「きみはウィーズリーにしては頭がいいね。おやすみ」
 そう言うとワインを棚に戻して伸びをし、シャツのボタンを外しながら、部屋を出て階段を上っていく。


「おやすみなさい」
 ジニーはその背中に向かって生返事をしながら、今の言葉に隠された真意はなんだろうと考えていた。ドラコは、ジニーの差し伸べた手を受け入れる気になったのだろうか。まだ意地を張っているのだろうか。もうジニーとは金輪際、話なんかするものかと思っているのだろうか。それとも、ジニーと話をしたいと思っていることを認めたのだろうか。


 ジニーは羊皮紙を一枚取り出して、再度ラベンダーへの手紙を書きはじめた。しばらくじっと紙面を眺めて、一番上のところに「ラベンダーへ」と走り書きをする。突如として、目の前の紙がおそろしく空虚に思えた。どうやっても、何もないところから言葉を引っ張り出すことは、とうていできそうにない。羽根ペンを紙の上でさまよわせてから、ドラコを説明する言葉をいくつか、書き付けてみた。手の動きはためらいがちで、文字をくねくねと曲げてみたり強調してみたり、たわむれに文字の形や大きさを変えてみたりと、なんだか時間稼ぎをしているみたいだった。


 結局、ジニーは手紙を半分に折って、前のと同じくゴミ箱に投げ入れた。まだドラコについて判断を下すには、知らないことが多すぎる。しかしその一方では、頭の中から別の声が、もうとっくに判断は下してしまっているのではないかと問いかけてきていたのだった。