ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜Dracordia (by LittleMaggie)Translation by Nessa F.
第 8 章 進歩(page 1/2)
その日の夕方、ジニーはきっかり六時に夕食の支度に取りかかった。十五分も経たないうちに、準備はすべて整った。決して贅沢な食事ではない。大きな肉だんごが三つにレッド・ソースをかけたもの、そしてスパゲティ。六時半に三人分の皿をテーブルに持っていくと、ドラコはすでに着席しており、ただひとこと「やあ」と挨拶してから食べ始めた。 静かに考え事をしていたいという互いの気持ちを尊重し、ふたりは黙って食事をした。ちょうどジニーが食べ終わる頃になって、ナルシッサが降りてきた。まだだぶだぶの古いナイトガウンを着たままで、灰色の筋が混じった縮れ毛はうしろでまとめて三つ編みにしてあった。ナルシッサは台所に入ると、魔法オーブンの上の棚の一番上に置いてある、眠り薬を手に取った。 「大変でしたね」 「そう思ってもらわないと困るわ」 「彼女じゃないよ」 「どういうこと? じゃあ、あなたのせいなの?」 「ぼくでもない」 「まったく」 「別に肩なんか持ってないさ」 ナルシッサはうなずいてから、眉を上げてジニーを見た。 「まあ、奥様ったら!」 ナルシッサは眠り薬を一気飲みしてから、テーブルについて食事をはじめた。 ジニーは眉をひそめた。十八歳の自分は、もうちゃんと大人だと思っていたのだ。でもそれ以上、言いつのることはしなかった。どのみち、それほどしないうちに全員の食事が終わり、ナルシッサは鼻をぐずぐず言わせて目をうるませながら、寝室に戻っていった。残されたふたりの耳に、しばらくはナルシッサが咳き込みながら室内を歩き回る音が聞こえていたが、そのうち家の中はしんと静まりかえり、お互いの存在があるだけになった。 ドラコはテーブルの上に肘をついて片方の手で顎を支え、何やら陰謀の相談でもささやくような挑発的なしぐさで身を乗り出したが、実際にはこう言っただけだった。 「ほんとにごめんなさい。紙の束が机から落ちてたから、ただ……」 「別にいいんだ」 ジニーは、ドラコがもう怒っていないとわかって、嬉しく思わずにはいられなかった。一口、お茶をすすってから、ティーバッグをカップから引き出し、受け皿の上に置いて上からスプーンをぎゅっと当てる。袋の中の黒い粉末が押しつぶされて、濃い茶色の液体がスプーンの真ん中のくぼんだ部分に集まった。 「わたしが、あなたのことを知らないって言ってた件だけど」 いたずらっぽい笑みがドラコの顔に浮かび上がり、そのとたん、彼は仲間たちと共謀して悪ふざけばかりしていたホグワーツ時代をほうふつとさせた。 ジニーは真剣にうなずいた。 ドラコの表情は、厳しく真面目なものに変わった。 「違うわ!」 ドラコは座ったまま、黙って考え込んでいたが、やがてテーブルの上にあったワインの壜をつかみ、自分の空のグラスに中身を注ごうと傾けた。瞬く間に、ジニーの手が伸ばされてグラスの縁を完全に覆った。指は少し震えていたが、ジニーの声には揺るぎがなかった。 ドラコは壜を持ったまま座りなおした。悲痛な表情が、その顔にあらわれていた。その目は、外に見える霧のかかった秋の空より、心もち暗い色合いだった。 「あなたには、話し相手が必要だと思うの」 ドラコは食い入るように、いつもの容赦のない冷酷な目で、あらゆる観点からジニーを値踏みするように見つめた。それから窓の外の、薄く広がった雲の切れ目から漏れ出ようとしているぼんやりとした太陽の光に視線を移す。ドラコの瞳の中央の黒っぽい部分がわずかに広がった。笑いをこらえようとしているに違いない、とジニーは思った。 「きみは、ぼくの頭がおかしいと思っているんだね」 ジニーはどう返事をしていいのかわからなかったので、非常に当り障りのない答えを選択した。 ドラコは冷笑を浮かべた。 ジニーは切り返した。 ドラコはワインの壜に栓をしながら立ち上がった。 「おやすみなさい」 ジニーは羊皮紙を一枚取り出して、再度ラベンダーへの手紙を書きはじめた。しばらくじっと紙面を眺めて、一番上のところに「ラベンダーへ」と走り書きをする。突如として、目の前の紙がおそろしく空虚に思えた。どうやっても、何もないところから言葉を引っ張り出すことは、とうていできそうにない。羽根ペンを紙の上でさまよわせてから、ドラコを説明する言葉をいくつか、書き付けてみた。手の動きはためらいがちで、文字をくねくねと曲げてみたり強調してみたり、たわむれに文字の形や大きさを変えてみたりと、なんだか時間稼ぎをしているみたいだった。 結局、ジニーは手紙を半分に折って、前のと同じくゴミ箱に投げ入れた。まだドラコについて判断を下すには、知らないことが多すぎる。しかしその一方では、頭の中から別の声が、もうとっくに判断は下してしまっているのではないかと問いかけてきていたのだった。 |