2003/7/5

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 7 章 憐憫

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 それから数分後。ジニーは台所のテーブルに向かって座り、ラベンダーの手紙への返事を書こうとしていた。書き始めてはみたものの、ドラコに関する質問にどのように答えればいいのか、まったく思いつかないことに気付いた。同じ屋敷で暮らすようになってしばらく経つけれど、ドラコとジニーのあいだには共通点が皆無に近かったし、顔を合わせることもほとんどなかった。書くべきことはあまりない。とうとう、ジニーは便箋を丸めて捨てた。今はやめておこう。


「おはよう」
 ドラコが戸口から声をかけて入ってきた。つい、いつもの習慣で自分の朝食を作りかけてから、ふと手を止めて考え込む。ジニーに作ってもらうべきか、それとも自分がやるついでにジニーの分も作ろうかと尋ねるべきか。結局、ドラコは最初の案を採用した。
「ほら、やってくれよ」


 ジニーはうなずいて、朝食の準備を始めた。ふたりとも黙ったままだった。まもなく用意ができて、ジニーは自分とドラコの分の温かいオートミールの入ったボウルをテーブルに置いた。ふたりは黙々と食べていたが、やがてジニーが口を開いた。
「お仕事は、どんなかんじ?」


「取るに足らないものだ」


「どういうこと?」


「たとえぼくがいなくなったとしても、誰も気付かない。もちろんポッターは例外だ。あいつは他人のおせっかいばかり焼いているからな。やたらと気にかけているふりをして」
 ドラコはスプーンを口に持っていきながら、つぶやくように答えた。


「本当に気にかけてるのかもしれないでしょ?」


「今時、マルフォイ家の者を気にかけるやつなどいないさ」
 ドラコはオートミールをかき混ぜながら言った。
「誰も訪ねて来ない、手紙だって来ない……」


「でも、わたしは気にかけているわ」
 ジニーは慎重に言ったが、自分でも本心かどうかわからなかった。ただ、友好的でありたかったのだ。


「いいや、それは違うな。きみは、自分が気にかけていると思っているが、それはきみの仕事の拠点がここだからだ。ここに来るまでは、ぼくのことなんか考えもしなかっただろう? そうじゃないか?」
 敵意を持った言い方ではなかった。ドラコは冷静を保っていたが、とても真剣に考えていることがわかった。


「ええ、たしかにそうね」
 ジニーは認めた。


 ドラコは、ためらいがちにオレンジをむき始めた。皮に爪を立てて剥がしはじめたかと思えば手を止めることを繰り返す。そのうち突然、完全にやる気をなくしたようにオレンジを置いた。あともう一皮をめくることがあまりにも困難で、まだその時期ではない、とでも言うように。オレンジはテーブルに置かれていた。手はまだその上で宙に浮いていた。


「あなたのこと、お気の毒だと思ってるのよ」
 ジニーは静かに言った。傷つけるつもりはなかった。親しみを込めた誠実な言い方に聞こえることを願っていた。が、ドラコの顔を見上げると、暗くなっていた。


「ぼくが気の毒?」


「わたしが言いたかったのは……」


 ドラコは感情を爆発させた。
「ぼくのことなんか、知りもしないくせに!」


「わたしは……!」


 首を振ったドラコはブリーフケースを引っつかんで、荒々しく部屋から飛び出していった。言い争いに対応できず、対立する者同士の一方であることを恐がる、小さな子供みたいに。自分が勝ったような気になったまま立ち去りたかったのだ。


 ジニーはテーブルの上のオレンジを見つめた。嫌な気分だった。それから、段々と怒りが込み上げてきた。あんなふうに怒鳴られる筋合いはない。ドラコはとんでもなく、おとなげなかった。
(何様だと思ってるの?)
 苦々しく、ジニーは考えた。
(あのひとは、プライドが高すぎるのよ!)


 二時間後、ドアのベルが鳴った。どうかドラコではありませんように、とジニーは祈った。仕事を辞めさせられて戻ってきたのだったり、もっと悪くすれば、すっかり酔っ払って船乗りみたいに汚い言葉を吐き散らしていたりするのではないかと恐れたのだ。しかし覗き穴から見てみると、そこにいたのは少々苛々しているらしい、中年の男だった。ジニーがドアを開けると、その男はすごい勢いで中に入ってきた。


「なんでしょうか?」
 ジニーはどうにか声をかけた。


 男は振り向いてジニーを見た。
「わたしは家を間違えてはいませんよね?」


「ここはマルフォイ屋敷ですよ」
 こう言っただけで、ジニーはなんだか自分が偉くなったような気分がした。


「おお、よろしい、よろしい。あなたは従姉妹ですかな?」


「いいえ、ここの使用人です」
 偉くなった気分はしぼんでいった。


「こんなふうにあなたを巻き込むのは申し訳ないのですが、お金の入った封筒など託されたりはしていませんか? あるいは、代わりになるような家具を指定してあるとか?」
 男は尋ねながら、丸っこい指でためらうように頭の禿げた部分を掻いた。


「おっしゃる意味がわからないんですけど」


「わたしはこの家の財産の一部を差し押さえにきた、魔法省の者です。かなりもう期限が過ぎているのでね」
 男は、そこでいったん言葉を切った。
「わたしはキャラウェイと申します」
 キャラウェイ氏は、汗でテカテカしている顔を神経質にハンカチでぬぐった。
「こちらとしても、何度もマルフォイ家の方々を、その、わずらわせるのは不本意なのですが」


「そんな借金があるなんて、まったく聞いていませんでした!」
 ジニーはキャラウェイ氏に向かって言った。


「残念ながら、あるんです。実のところ、あまりにも返済が遅れているので、すでにここの家具の大半は押収済みなんですよ。どうやら、あなたはここで働き始めてまだ日が浅いようですな」


 ジニーは首を振った。マルフォイ家がここまで苦しい状況にあると気付かずにいたことに、忸怩たるものがあった。


「なんと申し上げたらよいのか。お邪魔しましたな。マルフォイ夫人に、わたしが来たことをお伝えください。たぶん、いらっしゃらないのでしょうね?」


「ええ、お留守です」
 ジニーは嘘をついた。ナルシッサは朝からずっと寝込んでいたのだ。窓が開いていたせいではないかと、心配だった。風邪を引いたのに違いない。ナルシッサがそんなに簡単に風邪を引くのなら、きっとルシウスだって!


「では、失礼しますよ」
 キャラウェイ氏はよたよたと戸口を出て、マルフォイ家からの戦利品を携えることなく、"姿くらまし" で魔法省へ帰っていった。


 ジニーは、自分の耳が信じられない思いだった。マルフォイ家は、グリンゴッツの口座から超過引出しをしていたのだ! ウィーズリー家よりもひどいではないか! それは痛快であると同時に、恐ろしいことでもあった。ジニーはかつてないほどにドラコをかわいそうに思い、早く帰ってきてくれたらいいのにと願った。そうしたら、仲良くなれるようにがんばってみよう。