2003/7/5

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.



第 7 章 憐憫

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 とうとう天井を完璧に修理しおえて、さらには一晩中ルシウスにわずらわされることなく過ごせたため、目が覚めたジニーは微笑みを浮かべずにはいられなかった。上半身を起こして満足気に伸びをする。足を床に下ろすと、水溜りの感触があった。びくっとして見ると、床の上に雨がふり込んでいた。机のほうを見ると、そちらも雨水が溜まってびしょびしょになっていた。


「そんな!」
 窓が開ききっており、スカーフのカーテンがうねるように室内に向かってたなびいていた。スカーフの陽気な黄色が、机の上の水溜りをかすめるごとに水分を吸い込んで、見ているあいだにも暗い色合いに変わっていく。


 ジニーはスカーフをつかみ取って、ぴしゃりと窓を閉めた。そしてあわだたしく清潔な衣服に着替えて、髪を二本の三つ編みにまとめるのもそこそこに、廊下に出て走りながら次々とドアを開け、ほかにも窓の開いている部屋がないか調べていった。


 突き当たり近くまで進んだが、今のところジニーの部屋と同じようなことになっている窓はなかった。やがて、ドラコの部屋の前にたどりついた。いくつかドアを数えた向こうには、ナルシッサの寝室もある。ジニーはためらってから、ゆっくりとドラコの部屋のドアを開いた。室内は暗く、やはり窓が開いていたが、ジニーの部屋とは反対側に面しているため、机の上に雨がふり込んでいることはなかった。ただその代わり、夜のあいだに書類が床に撒き散らされていた。


 ジニーは考え込んだ。ドラコのプライバシーを尊重してこのまま放置しておくべきか、それとも書類を拾い集めて、ドラコには何も言わずにいればいいのか。結局は好奇心に負けて、ジニーは膝をつき紙片を拾って重ねはじめた。すると、信じられないものが目に入った。ドラコは書き物をしていたのではなく、絵を描いていたのだ! 実に、とても上手なジニーのクロッキー画だった。絵の中のジニーはベッドで横になっており、その身体のまわりで髪がうずまいている。そして、仔猫がまどろんでいるときのような、温かくくつろいだ幸福感をかもしだしていた。色は、ただひとつのものにしか塗られていなかった。ジニーの髪。炎のように赤く混沌として、荒々しく腕をつたって流れ落ちていくように描かれたその髪からは、ジニー自身では思いもよらなかったような激しさと情熱が見てとれた。髪の緋色はかげりのある茶色に溶け込み、さらにその先では金色の渦となって波打っていた。


 紙の下のほうへ目をやると、隅のところに「女性習作 042」と書きつけてあった。突然、ジニーはがっかりした気持ちが胃のあたりでわだかまるのを感じた。自分はドラコが描いた唯一の女の子なんかではなく、四十二番目なのだ。今までにもドラコは、絵を描いていた。ほかの女の子の。それでも、絵に描こうと思うくらいには気に留められていたらしいと知って、暖かい気持ちになった。


 次の絵に目を移す。クラッブとゴイルを描いた一連の素描画があったが、すべて日付はとても古く、ホグワーツ在学中のものばかりだった。絵に添えて、ドラコは自分用のコメントを書き込んでいた。「ゴイルはゲロを噴き出しそうに見える。顔の表情を修正すべし」とか「クラッブはにきびが多すぎて今は全部描けない。後で加えることにする」とか。


 ジニーの唇の上を微笑が横切って、頬をつり上げた。じきに、その微笑は全開の笑顔になっていた。作品はすべて、鋭い観察眼に基づいていた。ドラコがこれほどまでに、ものごとの細部に対する洞察力を備えており、また視覚的な芸術を通しての感情表現に長けていようとは、思いもしないことだった。黒々とした固い描線を指でなぞりながら、ジニーはこれを描いていたときのドラコの、強い意志を持った顔を想像してみた。


 ドラコに最も近しい友人ふたりを描いた作品がいくつか続いたあとは、書物に没頭しているブレーズ・ザビニの絵があらわれた。それから、スリザリンの蛇の輪郭を半分ほど描いたもの。次に、非常に巧みなスリザリンの紋章の絵が数枚。すべて、とてもていねいに描かれており、いかにドラコが自分の所属する寮に愛情と敬意を抱いていたかがよくわかる。パンジーの絵が何枚かあった。その中でも最後のニ、三枚は色彩画だったが、ドラコはあまりこの少女を魅力的に描いてはいなかった。目はうつろで、今度の口紅の色はなんにしようか、という程度のことしか考えていなさそうだ。またパンジーの目のあたりの線はぼんやりと暗く、そのせいで、反撃しようとしている蛇を思わせる、へきえきした表情になっていた。顎と下唇を突き出してにらみつける顔は、もうちょっとでネアンデルタール人、という風情だ。


 ジニーは、これらの肖像画に書き込まれたコメントにも目を通した。「パンジーはあのしかめっ面をやめないと、そのうち皺になるぞ」、「こっちにウィンクしてくるのをやめないと、ぴくぴく引きつった顔に描いてやる」。


 さらに見ていくと、作品群はちょっと嫌なかんじに方向転換した。悪意のこもったマンガ風のハリーの似顔絵では、眼鏡がまるで巨大なフクロウの目のようだ。それに、今にも周囲の人々を嫌な気持ちにするために泣きわめきはじめそうな、ふにゃふにゃした涙目になっている。額の傷は本物より鋭く長くギザギザしていて、ハリーを最もよく表す特徴として、前髪から突き出すような勢いに描かれていた。鼻も本物より細長くて、小さな鼻孔がいかにも陰険そうだ。書き込みには「ポッター」とあり、その横には、絵を描いた本人だけがわかればよいと言わんばかりの秘密めいた小さな文字で、さらに言葉が書き足してあった。「生き残るはずでなかった男の子」。


 ジニーはこの絵がまったく気に入らなかったので、重ねた紙束の一番下に回した。次の絵も、あまり気持ちのよいものではなかった。ハーマイオニーの似顔絵だったが、髪の毛の描かれ方が、荒れ狂う竜巻かみすぼらしい回転草(タンブルウィード)でしかないみたいだ。目は大きく攻撃的で、その上の眉はぼさぼさだった。唇はまるで男の子のもののようで、ほとんどの女性に見られる上唇のふたつの山がなかった。これには「穢れた血 1」と書き込んであった。「穢れた血」の絵は、ほかにも何枚かあった。このカテゴリーに入る、さまざまな生徒たちが描かれていた。


 ふたたび、ジニーは自分の絵を見た。やっぱり、これが一番いい。ドラコがどんなコメントを書いているか読もうと裏返してみる。意地の悪い言葉を予想していたが、大したことは書かれていなかった。ただ「肩の曲線に表情あり」それに「眠りながらわらうのは、ふつうのことか? 確認すべし」とだけ。ジニーは、またしてもやさしくにっこりした。


 そのとき、ドラコが眠ったまま身じろぎした。ジニーは少しのあいだ、車のヘッドライトに照らされた鹿のように、じっとドラコのようすをうかがった。ドラコはなんだか、ケンカをした後の少年聖歌隊員みたいに見えた。いつものように整髪料で固められていない髪はくしゃくしゃで、やわらかくカールしている。そして、その寝顔には笑みが浮かんでいた。要するに、眠りながら微笑うのは、まったくふつうのことなのだった。









タンブルウィード (tumbleweed)
なんかこういうものらしい。西部劇でおなじみ……って、そうなの?