2003/6/20

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 6 章 修復のとき

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 ジニーは立ち上がって、手紙を届けるために階上に赴いた。ドラコの部屋のドアはぴったりと閉じられており、ジニーはためらった末にノックをした。応答がなかったので、ゆっくりとドアを開いて中を覗いてみる。


 ドラコの私室を見るのは、これが初めてだった。ジニーがここに来て以来、この部屋のドアは常に固く閉ざされていたからだ。壁は一面灰色とわびしいかんじの白で、ヴィクトリア調の悪趣味なレース模様の壁紙に覆われていた。部屋の隅にある銀色の台がついた背の高いランプには、オフホワイトのシェードがかかっていた。また四柱式ベッドがあり、その柱の木材は白樺の樹皮の色だ。寝具は意表をついていた――深みのある紫色のシーツに、分厚い白色の上掛けが重なっている。枕は白地にみぞれが降ったような灰色の縦縞が入ったものだった。


 ドラコはぴんと背筋を伸ばして窓際の机に向かい、作業に没頭していた。熱心に書き物をしているようだったが、ジニーはとりあえず思い切って近付きながら、声をかけて自分の存在を知らしめた。
「お邪魔してごめんなさい。でも手紙が来てるの」


 ドラコは苛立たしげに顔を上げた。
「見せて」


 ジニーはドラコの前に封筒を置いた。


「ああ、クラッブとゴイルからだ」
 封筒を裏返して開けながら、ドラコは言った。手紙を引き出したが、そのまま二つ折りにする。
「何、見てるんだよ」
 その声には、意地の悪い尊大さがあった。
「ほかにやるべきことはないのか」


 ジニーは赤くなった。
「奥様からは特に何も言いつかってないわ」


「じゃあ、用事をやろう」
 ドラコは椅子を後に押しやって立ち上がった。
「ついて来い」


 ジニーはドラコの後につづいて、廊下を進んだ。巨大なガーゴイル像の置かれた中央通路を途中まで横切ったところで、ドラコは足を止め、北の棟のほうに曲がった。
「ここで待ってろ」


 見ていると、ドラコは北の棟に向かって歩いていった。廊下の端にドアがあった。少し開いている。ドラコはそのドアを引いて開けた。ふたたび扉が閉ざされるまでのあいだに、本がいっぱいつまった本棚が並んでいる室内がちらりと見えた。


 ドラコは数分間、その部屋の中で過ごしていたが、やがて一冊の本を手に持って出てきた。
「この部屋へのドアを開けたか?」
 腹立たしげに尋ねる。


「いいえ」


「誰かが中に入ったんだ」
 はっきりとカンカンに怒っているのがわかった。
「実際には、ここ数日のあいだに何度か入られてる。段々、頻繁になってきてるんだ。本当にきみじゃないのか……?」


「わたしじゃないって、言ってるじゃないの!」
 ジニーは叫び返した。
「結論に飛びつく前に、理性で考えなさいよ、ほんとに! あなたのお母様かもしれないでしょ!」


「母はあそこには足を踏み入れない。そもそも北の棟を封鎖したのは母だ」
 ドラコはそう言ってジニーの横をかすめて通り過ぎ、ふたたび前に出た。
「警告しておく。今は証拠がないが、もしあそこに入り込んでいる現場をぼくが押さえたら、後悔することになるぞ」


 ジニーは不安げに身を震わせた。
「ところで、その本は何なの?」


「天井の修繕がしたかったんだろ?」
 ドラコは振り向いてジニーを見た。怒りの痕跡はすべて消え去って、今はもうもとの無関心な表情に戻っていた。


「ああ」
 ジニーはうなずいた。


 ドラコは本を手渡してジニーの肩をポンと叩いた。それから引っ込めた手を、ジニーが見ていないときに、ズボンにこすりつけてぬぐった。そのあいだにジニーは本を開いて、適切な呪文を見つけ出していた。
「これ……わたしがひとりでやるの?」


「そうだ」
 というのがドラコの返答だった。
「おやすみ」
 この時点で、すでにジニーは自分の部屋の中に追い込まれていた。ジニーが見つめるなか、ドラコはドアを閉めてもとの方向へ廊下を去っていった。ジニーはふたたび手元の本に目を落としてため息をついた。魔法をかけ終わるのは、いつになることやら。唱えるのに三十分もかかる呪文なのだ。なんとなく、ジニーはドラコが天井の修繕を一緒にやってくれればよかったのにと思っていた。どちらかというとこれは男性の仕事ではないだろうか。


 しかしジニーはくじけることを自分に許さなかった。一瞬後には、もう呪文を唱え始めていた。ドラコの助けなんか要らない。ナルシッサの助けだって。そして彼らのうちどちらのせいでだって、絶対に落ち込んだりなんかしてやるものか。