2003/6/20

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 6 章 修復のとき

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 窓がガタガタ震えるほどの金切り声が耳をつんざいたのは、午前四時半のことだった。ジニーがマルフォイ屋敷に来て四日目。今のところ、ナルシッサと顔を合わせることは、ほどんどなかったし、ドラコはまるでからっぽの容器が歩いているようで、ろくに挨拶もせずすれ違っていくばかりだった。ベッドから這いおりると、厚手のウールの寝巻きを着ていたにもかかわらず、ひどい寒さで自分が真っ裸であるように感じられた。ジニーは髪をうしろできゅっとまとめてポニーテールにした。前の晩、痙攣したルシウスの下に挟まれた髪の毛を引っ張り出そうとして、大変な思いをしたからだ。身体の向きを変えると、戸口のところに、黒っぽい人影が立ちふさがっているのが目に入った。


 とっさに、ジニーは悲鳴をあげそうになった。が、すぐにそのすらりとした姿がナルシッサのものであることに気付いた。吐き出す息とともに、ナルシッサは言った。
「主人が……」


「わかってます」
 責め立てられたように感じて、ジニーはナルシッサの横を通り過ぎた。ナルシッサの目は閉じられており、無言の怒りをこらえているように思われた。


「ふん」
 ナルシッサは、陰気な声をもらした。


「すみません」
 ジニーは絶望的な気持ちで言葉を継ぎながら、恥ずかしさに頭を上げることもできないまま、廊下を急いだ。ルシウスの部屋のドアを押し開くと、彼はまたしてもベッドカバーでぐるぐる巻きになって、初めて目にする場所であるかのようにすごい勢いで室内を見回していた。


 ジニーもつられて部屋の中を見回し、ぎょっとして目を見張った。すべての窓が大きく開いており、カーテンが激しくはためいていたのだ。ルシウスはと言えば、身体を引きつらせて咳き込んでいた。
「まあ!」
 ジニーはあえぐように言って、バタバタと窓を閉めていった。その騒音により、軒下で眠りについていた鳩やフクロウがみんな目を覚まして、夜空に羽ばたいていった。


 ルシウスはまだ泣き妖怪(バンシー)のように悲鳴をあげつづけていた。眼球が裏返り、外からは黄ばんだ白目だけしか見えなくなっている。
「しぃっ!」
 ジニーは必死でささやきつつ、ベッドカバーを引き剥がした。
「いったい、この家はどうなってるんですか?」
 無力感に捕われながら、ルシウスに向かってジニーは泣き声になって言った。ルシウスはひび割れた唇を開いたが段々と静かになってきたようだった。その目の焦点がジニーに合わせられた。


「ポッターは――生かしておく価値がない」
 ルシウスは口ごもりながら言った。脳の神経のどこかがが偶然ふとつながって、その無益な舌に、忘れ去られていたメッセージを送り込んだようだった。
「ポッター……」
 目をぼんやりとにごらせて沈黙する。


 ジニーは身震いしながら、ルシウスを別の寝巻きに着替えさせ、ベッドの傍らに座って語りかけた。自分の声が、自らとルシウス、両者のすりへった神経を落ち着かせるように思われたのだ。まず、コーンウォール地方のある欲深なピクシーについての面白おかしい物語。それから、自らの秘められた障害をものともせず、子供たちに知識を伝えつづけた、ある心やさしい狼人間の物語。話し終えてからさらに思い返して、ジニーは付け加えた。
「かわいそうなルーピン先生……最後の年にまた戻ってきて、わたしたちを教えてくれたんです」
 ジニーは自分の話の内容に夢中になってきていた。まさに言葉が口をついて出てくるようだった。
「あのときはみんな、どんなにわくわくしたことか。特にハ……」
 ここで言いよどむ。
「まあ、とにかく、みんなです」


「本当に? みんな?」
 男性の声で、返答があった。


 ジニーはハッと我に返った。まじまじとルシウスを見たが、彼はやはりじっと沈黙したままだった。振り返ると、ドラコがそこにいた。ジニーの愛読書に出てくるロマンティックな登場人物みたいに、戸口にたたずんでいる。その立ち姿や外見もまた、あの手の小説を連想させた。パジャマの前がはだけて表情豊かな鎖骨が覗き、屈折した瞳が暗がりのなかで輝いていて、ほとんど陳腐なくらいだ。もちろんその一方で改めて考えてみると、青白くて痩せ気味のドラコはロマンス小説のヒーローとしては失格なのだけれど。性格がすごく破綻しているし。その破綻具合は主として、不機嫌だったり陰鬱だったりする顔つきにあらわれている。また、近付いてきたドラコを見ると、今の彼はそれだけでなく、おそろしく困惑しているようだった。


「部屋の空気を入れ替えた?」


「いいえ。すごく不思議なの。ミスター・マルフォイのお世話をしにきたら、窓が全部、大きく開けてあって」


「本当にきみじゃないんだな?」
 ドラコは苛立ったように尋ねた。


「わたしが何をしたっていうの?」
 ジニーはつっけんどんに言った。声を鎮めて付け加える。
「奥様に言われたことはできるだけ守るようにしてるのよ」


「前にもこんなことはあったか?」


「わたしの知るかぎりでは、ないわ」


「なるほど……」


「あなたはどうなの?」


 ドラコは素早く首を振った。早すぎるほどだった。
「いいや、ない。だからさ、ほら、変なんだ」


 ジニーはふたたびルシウスを見た。本当にこのひとは、みなが思っているように動けないのだろうか。そもそも、病んでいること自体でさえ、偽りなのかもしれない。しかしまた反面、それはきわめてあり得なさそうなことでもあった。大変な苦しみを味わいつづけているふりをしても、得になることは何もない。マルフォイ一族に、内外からの憐憫と恥辱をもたらすだけだ。


 話題はドラコの誘導で、唐突に変えられた。
「話をするのが上手いんだな」


「だといいけど」


「さっきのルーピンの話――ぼくも一応あのときは、なんだか痛ましく思ったんだ」
 さっと表情が硬くなる。
「同時に、嬉しくもあった。そのせいでポッターが不幸になったからな」


 ジニーはため息をついた。
「いいかげん、水に流そうとは思わないの?」


 ドラコは答えず、ただ窓のそばに行った。曇り空から突然降り始めた霧雨に目を向けるその姿が、青みを帯びた静謐な光に照らし出された。


 ジニーはさらに言葉を続けた。
「変えられないものはあるけど、いったん乗り越えてしまえば楽になっていくわ」


 ドラコは欄干に手を置いて、目の前の窓ガラスに額を付けた。乏しい光のなかで、その頬をひとすじの涙がつたうのが見えた。ジニーはただひとこと、「おやすみなさい」としか言わなかった。ドラコはうなずくことで応じた。自己嫌悪と自己憐憫にとらわれているようすを、ジニーに見られたくなかった。ジニーにも、ほかの誰にも、知られる必要のない感情だった。









"ロマンス小説のヒーローとしては失格"
海外のロマンス小説では、ヒロインの相手役の定番パターンは胸板が厚くて
日焼けした(あるいはもともと肌の浅黒い)タイプらしいです。