2003/6/16

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 5 章 罪悪感

(page 2/4)

「遅刻だ」
 ハリーは哀れむようなまなざしをドラコに向けながら、事務的に言った。


 ドラコはにらみ返して、気にしていないふりをしながら応えた。
「悪かったな。でもたった十分だろ……十分ですよ」
 体内で、胃袋が跳ね回っているかんじだった。仕事なんか最初から休んでしまえばよかった、とドラコは思った。


「職務をちょくちょく離れないといけないことは、こちらも承知しているつもりだ。家庭の事情があるということは聞いている。ただ……ものすごく苦情が来てるんだ。仕事に集中してないだろう。書類の仕分け先が間違っていたり、時には手紙が捨てられてしまっていたり……」


 ドラコは、ハリー・ポッターの机を見た。オフィスの仕事机としては模範的な、完全無欠に片付いた机だった。片側に置いてある未決書類ボックスにはまったく何も入っておらず、提出書類ボックスのほうには、完璧に仕上げた書類が縁まで積み上げられている。すべての業務が記入された卓上カレンダーもあった。机のもう片側ではカラーペンやふつうのペン、鉛筆などが取り揃えられて小さなかわいらしいトレイに入れられ、まっさらな紙の束の上に乗せてある。そして正面中央にある金色のネームプレートに―― "ハリー・ポッター" の文字。ハリーは魔法省では大物として扱われていた。おそらく、もっとも権力があり影響力を持つ職員のひとりだろう。ドラコから見れば、運がいいだけの嫌味男に過ぎないが。


「……それだけじゃない。勤怠記録を見てもかなりいいかげんだね。おまけに言いわけが、馬鹿げたものや無礼なものばかりだ。美容のために睡眠が必要だったなんてふざけてみたり、ここの女性秘書が、その、体格がよすぎるので周囲を迂回して通り過ぎるだけで一時間もかかってしまったなんて言ってみたり」


 ドラコは笑みを浮かべた。
「真実は耳に痛いものですから」


「たしかに、真実は耳に痛いものらしいね」
 ハリーは厳しい目つきでドラコを見た。
「マルフォイ、なぜだ? 自分の仕事が大事じゃないのか? 収入が必要なくせに、シフトを増やしてほしいと言うことも、昇進の申請をすることもない。明らかに、きみは仕事なんかどうでもいいと思ってる」


 そんな言葉は聞きたくなかった。特にポッターから、それも日曜日に。魔法省の職員のうち、日曜日にも出勤しなければならない者は、ほんのわずかだった。ハリーはずば抜けて優秀なうえ、仕事中毒だから汗ひとつかかずに日曜日も働いている。ドラコの場合は、ただ単に最も面倒くさい担当をやらされているだけだ。


「こんなことは言いたくないんだけど……せめてもう少しでも、今後は気を引きしめてくれないと、きみを降格せざるを得ないかもしれない」


「降格?」
 思わず、口から言葉が飛び出した。
「これより下の仕事なんてあるのか? なんだよ、それは――膝まで糞まみれになるような仕事か?」


「聞けよ。ぼくだって不本意なんだ。きみがとてもつらい経験をしたことがわかってるから……」


「心にもないことを言うな」
 怒りをあらわにして、ドラコはさえぎった。


 ハリーは首を振った。
「誰もかれもみんなが、とにかく自分を攻撃しようとしていると思い込んでるのか? 力になりたいと考えている者だって……」


「おまえが? 力に?」
 ドラコは吐き捨てるように言った。
「おまえの力だけは、何があったって絶対に借りたくないね」


 ハリーの顔に血が上った。ハリーは目に見えて苛々してきていると同時に、落ち着きをなくし、うしろめたさをつのらせていた。ドラコには、ハリーが自分を解雇することなどあり得ないということがわかっていた。そんなことをするには、ハリーの良心にのしかかる罪悪感が大きすぎる。


「下がっていいよ」
 ハリーはため息をついた。


 ドラコは退室した。廊下に出るなり、ふたたびトイレに駆け込み、たっぷり一時間はそこで過ごした。身体じゅうを駆けめぐる殺してやりたいほどの憎しみと、胸の悪くなるような苦痛の波に押し流されないように、自制心を保とうと努めながら。どんなことがあっても、ハリー・ポッターの助けを借りたりなんかするものか。それくらいなら、自殺したほうがマシだった。