2003/6/16

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.



第 5 章 罪悪感

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 その夜、ドラコは二回、眠りを妨げられた。一度目はジニーがルシウスの部屋に入って世話をするのが耳に入ったせいだったが、二度目に聞こえたのは、何かとりとめのない、廊下を行ったり来たりする足音のようなものに過ぎなかった。これもまたジニーだろうと思い込むことで、ドラコは自分の疑惑をごまかそうとした。しかし翌朝になってふたたび目を覚ますと、自室の窓が開いていた。ドラコは窓を開け放すことを恐れていた。そんなことをしたら冷気が入ってきてしまう。ほんの少しの冷えでも、ルシウスにとっては命取りになるかもしれないとナルシッサは言っていた。だからカーテンをぴったりと閉ざし、すべての窓を閉めきっておくように命じられていたのだ。ジニーが、自分の部屋の空気を定期的に入れ替えていることには、気付いていた。また、ジニーのところでは窓がしょっちゅう開いていて、部屋中にいつも暖かく優しい光が満ちていることにも。しかしジニーは大体において部屋のドアを閉めたままにしていたので、問題にはしていなかった。


 起き上がって伸びをすると、ひどく頭痛がした。何杯のワインを飲んだのか、思い返して数えてみると、四杯に上っていた。前に飲んだときより、二杯多い。朝食を抜こうかと考えたが、胃が抗議をするかのように音を立てた。どちらにせよ吐いてしまうだろうということはわかっていたが、とにかく朝食をとらないと、ずっと後まで腹の鳴る音に悩まされることになるだろう。


 いったい、こうやって繰り返しこの窓が開いているというのは、どういった類の超常現象なのだろうかとドラコはいぶかしみながら窓を閉めた。この屋敷は、なんだかおかしい。特に北の棟。閉鎖してもうずいぶんになるというのに、最近になって誰か――あるいは何か――がそこを訪れているような痕跡があった。北の棟を立ち入り禁止と決めたのはナルシッサで、ナルシッサほど決まりに厳しい人間はいないから、除外していいだろう。ジニーは勝手なことをするには "いい子ちゃん" 過ぎる。自分でないことはドラコ自身が一番よく知っている。ルシウスはそもそも動けない。と、いうことは、この家には、果たしてどんな得体の知れないよそものが住み着いているのだろうか。ルシウスの身体を乗っ取った亡霊だけでなく、本物のお化けがいるのだろうか。


 ドラコは顔をしかめて、パジャマを脱ぎ捨てた。昨日とは別の灰色のスーツ(灰色のスーツは一週間分、七着ある)に着替えてから部屋を出て廊下を歩いていく。ジニーのようすを確認しに行ってみたが、早い時間だったのでまだ起きていなかった。眠りのなかにあってさえ、ジニーは信じがたいほど純粋で、まったく快活に見えた。束ねていない長い髪が身体にまとわりついている。少し丸みのある体つきと血色のよい肌のせいで、子供のような愛敬を感じさせた。


「そんなふうに見ていると目が痛くなるわよ」


 振り返ったドラコは、ナルシッサもまた起き出してきていたことを知った。強い視線を向けて、ナルシッサは言った。
「仕事に行けば」


 ドラコは肩をすくめた。
「行くさ」
 廊下を進んでふらつきつつ階段を下り、自分自身が亡霊であるかのように感じながら、ドラコはそそくさと台所に入って、テーブルの上にある小枝細工の籠から林檎をひっつかんだ。じっとそれを見て、食欲と吐き気を天秤にかけてみる。


 林檎を持ったままバスルームに入り、ドラコはトイレの傍らの床に座り込んでタイルの壁に頭をもたれかけさせた。林檎をかじると、それが胃の中に落ちていく感触がわかる。直後に、不快感が身体を突き抜けた。むりやり林檎の残りを食べてから、ドラコはトイレの上に身をかがめ、磁器製の便器の中にワインと林檎がすべて逆流していくのを見つめた。


 喉が焼けつくように痛み、目がうるんだ。
「ちくしょう」
 ささやくように、ひとりごちる。
「ああ、ちくしょう」
 立ち上がって、まだむかつきを感じながら、ドラコは鏡を見た。鏡に映る自分は疲れ果ててうんざりしていた。魅力的な細おもての顔を縁取るブロンドの髪が、先端のほうでわずかにカールし、額にかぶさって波うち、耳のまわりに絡みついている。深呼吸をして手を洗い、ドラコは仕事に向かった。最近になってどんどん飲酒の回数が増えているという事実については、敢えて考えないようにして。