2003/6/9

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 4 章 炉辺

(page 3/3)

 ジニーはそこはかとなく動揺した気持ちのまま、引き返して台所に戻った。転んだときにドラコが手を貸してくれなくても、それほど驚きはしなかった。そんなことをするには、彼は高慢すぎる。けれども、席をすすめるくらいはしてくれるのではと考えていた。お金持ちというのは、そういう――座れと命じて、お酒の相手をさせたりする――ものだとずっと思っていたのだ。


 台所にたどりつくと、ジニーは手早く二人分のココアを作った。それから、そこを出るついでに食器棚の上にあった古くてかび臭い茶色の毛布を取って、さっきの部屋に戻った。室内に入ると、ジニーはココアの入ったカップをドラコに差し出した。


「温かいものを飲んだほうがいいわよ」


 ドラコはぼんやりとうなずき、ワインを置いてココアを手に取った。


「そ……それと、毛布を持ってきたの」
 このとき、ジニーの心には母性本能が押し寄せていた。彼女は、母親のような役割を果たすことが好きだった。長年のあいだ、兄たちの後をついてまわってセーターを着ろだのコートのボタンを留めろだのと注意してきた経験により、いつのまにかぴったりと身についてしまった性質だった。


 ドラコは毛布を受け取ったが、広げて身体を覆うことはせずリクライニング・チェアの上の自分の傍らに置き、高さを利用して肘掛がわりに使った。ジニーはその右隣のカウチに腰を下ろして、尋ねた。
「どうして、もっと外に出ないの?」


 彼女はドラコの顔を懸命に見つめて、表情を――何らかの反応のしるしを――見てとろうとしたが、そこには何もあらわれなかった。彼はふさぎ込んだまま凍りついていた。もしかして、すでにワインを飲みすぎていて、頭がガンガンしているのかもしれない。ジニーは今まで、大酒を飲んだ人はどちらかと言えば騒がしくなるものだとばかり思っていたのだけれど。


「もっと外に」
 ドラコは鸚鵡返しに言って振り向き、初めて真正面からジニーと目を合わせた。このひとは本当にとても哀しい目をしている、とジニーは気付いた。
「出るって、どこへ? どれくらい? 留守中にもし何か起こったらどうする?」


「わ、わからないけど。とにかくあなた、とっても憂鬱そうに見えるんですもの」
 返事をしながら、ジニーは恥ずかしさで顔がほてるのを感じた。


 ドラコはリクライニング・チェアの足元の床に熱いココアを置いて、ふたたびワインを手に取り、ぐびりと一口飲んだ。
「哀れみなんか要らない」


「わ、わたし、哀れんでるわけじゃないのよ! 親身になろうとしてるだけ。お気の毒だと思って……」


 さらに一口、怒ったようにワインを飲んだドラコは、ふいに感情を噴出させた。
「そうさ、ぼくだって気の毒だと思うよ! ポッターが父を殺す絶好の機会を逃がしたのは気の毒なことだった! 父が毎日のように千回もの死を経験しながら、自分の反吐と屈辱のなかで横たわっていなければならないのだって、気の毒なことさ!」
 彼が声を震わせ、射るようなまなざしをふたたび炎に向けると、先ほどと同じ光がその瞳に宿った。グラスを空にして立ち上がると、ドラコはマントルピースから乱暴にシャルドネ・ワインの壜を取り、もう一度グラスを満たした。


 部屋の中は爆発的に暑くなっていたが、ジニーの身体は震えた。


 ドラコはマントルピースの上に手を乗せ、ジニーに背を向けた。暖炉のほうを向いた彼の身体を金色の光が縁取っていた。やがて、彼は言った。
「昨日のうちに、あの状態を見せることは本当は避けたかった。怖かっただろう。その……その前に父に会わせておくべきだとは思ってた。でも……」


「ううん、もういいの。気持ちはわかるわ」


 彼は今度はためらいなくグラスを下ろした。
「きみの目には、ぼくたちはみんな、さぞかし愚かに見えることだろうね」
 ささやきは、ジニーにというより、彼自身に向けられていた。
「ひょっとしたら、そこいらじゅうで噂されているのかもしれない。あんなに尊大でお高く止まって威張りちらしていたあのマルフォイ一族が……なんて」
 彼はリクライニング・チェアに歩み寄って、どさっと座った。
「巷の笑いものなんだろうな、今では」


 ジニーは、どう返答していいのかわからず、突然、不安を感じて部屋から出て行きたくなった。酔って気難しさを増したドラコの言動は予想がつかなかった。


「母のことも、忘れないうちに謝っておくよ」


「あら、お母様は別に何も……」


「母は、何もかもうまく行っているふりをしたがるんだ。今でも、一族が世界中の富を手にしているように思ってる。母は……」
 彼はグラスの縁を、自分の前にあるコーヒー・テーブルに軽くぶつけた。
「……現実に向き合おうとしない」
 言葉に合わせて、彼はさらにグラスをぶつけた。その金属的な音が、ふたりの耳の中で反響した。
「絶対に、負けを認めようとしないんだ」


「じゃあ、あなたから援助を求めればよかったんじゃない? 魔法省は、戦争の犠牲になった人たちに救済金を出していたのよ。助けてもらえたはずだわ」


「マルフォイ家の者は……」
 ドラコは、鋭く言い返した。
「……他人の助けなど請わない」


 その言葉は、おもりのように空中にぶらさがっていた。ジニーには、わけがわからなかった。たった今ドラコは母親が現実に向き合おうとしないと訴えていたばかりなのに、次の瞬間には、自分でも助けを得ることを拒絶するなんて。


 彼は、苦々しく笑いはじめた。
「さあ、これでもうぼくたちがみんな狂っていると思っただろう?」


「あの……」


 彼はさらに笑い声をあげた。後になっても、その声は夜じゅうずっと、ジニーの耳について離れなかった。
「そうかもしれない。きっとぼくたちは本当に、狂っているんだ」









「シャルドネ (Chardonnay)」
フランス東部コートドール原産の葡萄を使った辛口白ワインだそーです。そうなのか。
15 歳の作者さんよりもワイン知識の乏しい自分が悲しいぜ。