2003/6/9

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.


第 4 章 炉辺

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 ジニーは周囲を見回して、自分のいる場所を確認した。そこはずっと使われていない古い暖炉がある、地下の部屋だった。この階の部屋はすべて空室で、かつては絵がかけられてあったところの壁に黒ずんだ斑点が散っていた。暖炉のまわり一帯と、堅木張りの床の数メートル離れたところに、薄く煤が積もっていた。コートをいっそうしっかりと身体に巻きつけて、ジニーは地上への長い階段を上り、一階に出た。


「ただいま戻りました」
 彼女は、誰かが一階にいれば必ず聞き取れるよう大きな声で言った。


 しかし返事はなく、建物がきしんだり揺らいだりする音が聞こえるばかりだった。ジニーは廊下を進みながら、ドアの横の掛け釘にコートを吊るし、黄金色がかったショールをたたんで腕にかけた。忍び足で台所まで行って中をのぞいてみたが、誰もいなかった。


 うんざりと溜め息をついて、ジニーはマルフォイ家のふたりがルシウスと自分だけを家に残して出かけてしまったのかもしれないと考えた。だがしんとした台所で耳をすませていると、どこからか炎のぱちぱちという音が聞こえてきた。そして、かすかな煙の臭い。


 火事!


 ショールをテーブルの上に投げ出し、ジニーは台所を走り出て、使う者のいない寝室や、テーブルが陰気に不気味な沈黙を守って鎮座している暗い晩餐室など、いくつもの部屋を駆け抜けた。はじけるような音は段々と大きく、激しくなり、臭いも強くなった。ブーツをはいた足が重心を失い、かかとがすべった。


 どさりと転げ込んだところは、居心地のよいこじんまりとした部屋の戸口だった。この家に来て初めて見る、完全に陰気で憂鬱とはいえない部屋だった。くらくらしながら顔を上げて、ジニーは室内を見渡した。壁はすべて赤味がかった茶色に塗られており、褐色のカウチとリクライニング・チェアが、暖炉を囲むようにあいだを詰めて置かれている。つまり、火事の危険などどこにもなくて、鉄格子の向こうでささやかな落ち着いた炎が燃えているだけだったのだ。


「大丈夫か?」


 ぎくっとして、ジニーは慌てて身を起こした。立ち上がると、リクライニング・チェア(背もたれがこちらに向いている)に人が座っているのを見てとることができた。ドラコが、いつもの陰気な灰色のビジネス・スーツと淡いブルーのピンストライプのシャツ姿で、こちらを向いてもの珍しげにジニーを見つめていた。


「平気よ」
 ジニーはもごもごとつぶやいて、花柄のスカートの皺を伸ばした。
「驚かせてごめんなさい。何か燃えてる音が聞こえたものだから、てっきり……」


「かまわない」
 ドラコはジニーの言葉をさえぎって、ふたたび火のほうへ顔を向けた。その手には血のように赤いワインが入ったグラスがあった。彼はグラスを自分のほうへ傾け、中の液体が片側に揺れ動くのを見つめたあと、今度はそれを暖炉のほうに向けた。グラスの中のさざなみが金色にゆらめいた。


 ジニーは、改めてじっくりと室内を観察した。この部屋はとても奥まったところにあった。おそらく、マルフォイ家の者たちがかつて栄華を誇っていた頃、他人の目を避けて家族だけがくつろぐための居間として設けられたものだろう。部屋の反対側の隅には古ぼけた黒いグランド・ピアノがあり、その上に小さい灰皿があった。煙草の灰の残りかすが入っていたが、たぶん非常に古いものだ。ただし、灰は室内のあちこちに散らばっていた。暖炉からの灰だ。四方の壁は全体的に色あせている――よく見れば、最初に思ったほどには鮮やかな色合いではなかったのだ。絵が一枚だけ、傾いた角度で暖炉の上の壁に飾られていた。最後のひと仕上げとしてそこに設置されたかのような印象だった。描かれているのはきわめて若々しいナルシッサで、なんと微笑みながら、小さな金髪の赤ん坊を抱きかかえている。その左側にルシウスがいた。非常にハンサムな、少しだけぼんやりと考え事に沈んでいるようにも見えるその姿は、ジニーが愛読している『恋する魔女たち』シリーズのロマンティックな陰のある登場人物を思わせた。


 ジニーの視線はふたたびドラコに引き寄せられた。彼はすっかり安らいでいるらしかった。座り込んでちびちびとワインを飲むさまは、あまりにも長い時間その行為を続けていたために、もはや彼にとってそれがなんの深い意味をも持たなくなっているかのようだった。じっと暖炉を見る目には、氷のようなきらめきが反射していた。彼のなかでは、炎は寒々しく、冷酷に燃えているのだった。彼は、よるべなく孤独に見えた。